伊那谷楽園紀行(14)どこにでも面白い人はいると信じて
時々、ふと考える。 あの時、温泉に入りたいと思わなかったら。高遠「さくらの湯」が見つけられなかったら。休憩室で『長野日報』を手に取ることがなかったら……。 もう、会社も続かなくてなにか別の仕事で、ただ生活に追われていただけではないか。汗だくになって稼いでも、会社は回らず、銀行から受けた融資の返済ばかりを考えていた時、人生の先のことは考えることもできなかった。かつての青春時代のことを振り返り、後悔を重ねることもあった。 でも、伊那に住む今は、未来を考えることができる。 あと、何年、この仕事をできるのだろう。 決してバラ色の未来が待っているわけでないとしても、伊那に住むからには長生きしなければならない。貯金も乏しくとも、それが気にならない満足感が、ここにはあるのだから。 「ただ、冬の寒さだけはまだ慣れない……」 それでも、伊那からは離れがたい。 (この章、終わり)