AE86の再来ともてはやされたのが不幸の始まり アルテッツァは悲運のアスリート
コンパクトセダンとしては重すぎた
前述のとおり、レクサスISはアルテッツァのデビューの翌年1999年から欧州での販売を開始。つまり欧州基準でのクルマ作りが必須となり、欧州の衝突安全基準に適合するように作られたため、ボディサイズのわりに重かった。 ハイパワーモデルのRS200でさえ210ps。そのパワーに1300~1400kgのボディは重すぎで、アルテッツァの弱点になっていた。クルマは速さではない、と言いながらもユーザーは「アルテッツァは遅い」と評判となった。これはサーキットを走ってどうこうという問題ではなく、街乗りでのダルさが指摘されていた。 AE86が軽量でヒラヒラするようなFRの走りが人気となっていたため、重いという時点で根本的にAE86とは違っていた。結果的に「AE86の再来を期待したのにガッカリ」となってしまったのだ。期待が大きかったことによる悲劇と言えるだろう。
FRのハンドリングは素晴らしかった
重いことがアルテッツァのネガになっているのは確かだが、裏を返せば、通常の日本仕様では省かれていたような補強などもふんだんに入っているため、当時の日本車ではボディ剛性はかなり高かった。 前述のとおりアルテッツァはアリスト、プログレとプラットフォームを共用しているわけだが、ホイールベース内に重量物を集中させ、前後のオーバーハングを極端なまでに切り詰めている。走行性能に直結する重量配分に気を配り、ヨー慣性モーメントを低減することでコーナリング性能を大きく向上させていた点は特筆。 アルテッツァは強固なボディ、しっかりとしたシャシーによりFRのハンドリングを楽しむことができたのは、クルマのプロ、ユーザーからも評価が高かった。
高回転型のエンジンは下がスカスカ
アルテッツァの売りは2Lで210psをマークする3S-GEエンジンだったが、NAエンジンの宿命でハイパワー化のためにはエンジンを高回転型する必要がある。RS200のエンジンは、22.0kgmの最大トルクを6400rpmという高回転域でマーク。今では低回転から高回転までフラットなトルク特製のエンジンが主流だが、当時は上は回るけど下はスカスカというスポーツエンジンも少なくなく、アルテッツァの3S-GEエンジンも低中速トルクが細かった。その影響で発進加速がダル。当時は信号待ちから発信する際に、軽自動車にも抜かれると言われていた。