強がらないで、休んでもいい──19年連続で自殺率ワーストだった秋田、当事者がつなぐ“命の糸” #今つらいあなたへ
“やらねばよかった” 心に残る未遂者の言葉
21年夏には、30代の男性から「死にたい、生きていかれない」とLINE相談が入った。どうやら新型コロナがらみで会社を解雇されたらしい。家も借りられず車中泊になり、食べ物も生活費も底をつき、あとは死ぬしかないと思ったのだ。佐藤さんたちはすぐに男性のもとに駆けつけた。ガリガリに痩せた男性に簡単な食事をさせ、生活保護の手続きをし、保証人なしで借りられるアパートを手配し、次のステップを踏めるようにした。
人が自殺するとき、抱えていた危機因子は平均四つといわれる。NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」が自殺で亡くなった1000人の「自殺に追い込まれたプロセス」を調査した結果、家庭、健康、経済・生活、勤務、男女などの問題によって複合的に追いつめられていくことがわかった。佐藤さんは言う。 「危機因子を把握して、ワンストップで解決する仕組みをつくりあげました。蜘蛛の糸の相談員が中心となって相談者の命を守るために必要な専門相談機関につなげていきます」 生活保護が必要なら自治体の担当者、多重債務ならば弁護士や司法書士、職探しが必要ならばハローワークを紹介し、極度に精神的に追い込まれている場合は精神科医の受診を勧める。 「要は死にたい人が死にたくなくなるようにするのだ」と佐藤さんは繰り返す。それは忘れられない自殺未遂者の証言があるからだ。ビルから飛び降りた男性が落下していく途中にこう思ったというのだ。“やらねばよかった”。佐藤さんは言う。 「つらくても人はやっぱり生きたいんですよ。だから死なせたくない。そのために何をすればいいのかを考えてやっていれば、自殺者は必ず減ると思っています」
「自殺をタブー視せず」秋田の自殺対策の強みとは
秋田県には自殺対策に関わる民間団体が約170、うち「蜘蛛の糸」のように自殺対策に特化した団体も50以上存在する。なぜここまで民間団体がくまなく根づいたのか。 佐藤さんは、「秋田魁新報などが民間団体の活動をつぶさにレポートして、それに市民が触発されて拡大した」ことを理由の1つに挙げる。秋田大学・自殺予防総合研究センター副センター長の佐々木久長さんは、民間団体の活動を支えた行政の役割も大きいと指摘する。2000年に当時の寺田典城知事が「自殺をタブー視しない。自殺は個人の問題ではなく社会の問題だ」と号令をかけ、民間団体を補助金などで支援する流れができた。 その結果、「蜘蛛の糸」のように全県をカバーする活動が充実する一方で、行政が中心となって地域住民を対象に「メンタルヘルスサポーター」を養成する活動も活発になった。それによって悩みを抱えた人、死にたいと思う人の相談に乗ることができる支援者が増え、住民主導で地域ごとに集まって何気ない会話を交わす、孤立を防ぐような居場所(サロン)が生まれていった。そんな民間団体の活動を応援してきた佐々木さんが話す。 「この二つの活動が車の両輪のように稼働するのが、秋田の自殺対策の強みです。われわれ研究者も地域に行って講演をしたり、自殺予防プログラムを実施し、検証・蓄積をしたりして次の対策につなげるのです」