「健常者」と「障がい者」のあいだにある「溝」をどう埋める? 現実に打ちのめされると同時に湧く、社会と自分自身への「怒り」
溝を埋めるために伝えあっていく「言葉」
祖父の記憶のないつばめはいろんな人から話を聞いていく。疎遠になっていた父に、伯母に。彼らは最初あまり協力的ではない。触れられたくない過去を、語りたくない経験を、悲しい思い出を護るために心を鎧で閉ざしている。伝えることを拒み、自分の中でだけ完結させてきた思い。けれどつばめに語るうちに、その鎧から彼ら自身が解放されていく。父親が語った「本当は、もっと話しかければよかった。拙い手話でもいいから、お袋や親父に」という言葉。溝は「そう簡単には超えられへんよ」と言っていた伯母の「どれほどこの時間を求めていたんやろうって思う」という変化。それは人と人との間の溝は超えられなくても言葉があればその溝はいつか埋められるんだ、という希望につながっていく。 そして疎遠になっていた祖母との再会の場面。お土産として持参したブランケットへの〈可愛いね〉という祖母の手話を見た瞬間、つばめによみがえった数々の優しい思い出たち。読みながら自分の中にも温かい風が吹きこんできた。つばめがどれほど愛されていたか、ただそばにいるだけで幸せを感じた、祖母のその優しさに一緒に包まれた気がする。 誰かに伝えたいという気持ち、伝えようとする思い、そのひとつひとつを丁寧に受け取っていく。 過去から届いた言葉にできない思いの、その向こう側から未来を照らす光を背に、私たちはこれからも歩いて行くのだろう。 一色さゆり(いっしき・さゆり) 1988年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒 業。香港中文大学大学院美術研究科修了。2015年、「神の値段」で第14回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞して、翌年作家 デビューを果たす。主な著書に『ピカソになれない私たち』、『コンサバター 大英博物館の天才修復士』からつづく「コンサバター」シリーズ、『カンヴァスの恋人たち』など。近著に『ユリイカの宝箱 アートの島と秘密の鍵』などがある。
久田 かおり(書店員・インフルエンサー)