対馬で起きた「JA共済」22億円超の不正流用事件に、開高健ノンフィクション賞を受賞した作家が抱いた“違和感”とは
長崎県対馬市のJA職員が2019年2月、後に22億円超にまで膨れ上がる共済金を不正に流用した疑いをかけられた直後に亡くなった。すべての責任は職員に負わされた。だが、果たして巨悪は一人でなせるものなのか――。その真相に迫った『対馬の海に沈む』の取材を始めるきっかけとなった“違和感”について伝えたい。(ノンフィクション作家 窪田新之助) ● 劇的な死を遂げた日本一の営業マン JA対馬で起きたこの事件を知ったのは、2022年8月に上梓した『農協の闇(くらやみ)』を執筆している最中だった。 JAの共済事業には過酷な営業ノルマがあり、それをこなせない職員は自爆営業(営業目標を達成するために自分や家族の名義で不要な共済を契約すること)をしてきた。自爆せずに済ませようと、一部の職員は顧客に不適切な契約をさせる。あるいは自爆した金を取り戻すため、横領に手を染める。『農協の闇』でそんな不正のカラクリと、職員や組合員たちの苦しみを告発するため、各地の不正事件を調べる中で見つけたのがJA対馬のそれだった。 報道によると、同JAの職員だった西山義治は11年から共済金を不正に流用していた。その手口は、顧客に払うべき共済金を自身や親族の口座に入れたり、事故を捏造(ねつぞう)して共済金を架空請求したりするというものだった。それが発覚して責任を追及され始めた矢先、彼は自ら運転する車で海に飛び込んで亡くなったという。 同書に事件の内容を所収しようかと思ったものの、一見して簡単には扱えないことに気づき、すぐに諦めた。それは、西山の死が劇的だったからというだけではない。彼はほかのJA職員と違って、ノルマをものともしないような営業実績を上げてきた。それゆえ、全国で毎年数人だけにしか与えられない「総合優績表彰」を12回も授与されていたのだ。 おまけにJAの関係者らによると、その営業実績は「総合優績表彰」においても、ほかの受賞者を大幅に引き離すほどだったという。 人口がわずか3万人程度の国境の島で、いったいどうやって日本一の営業マンになれたのか。そのことと、巨額の不正の間には何か関係があるのか。そもそも22億円超という巨額の不正は一人でできるものなのか――。次々と浮かぶ疑問の先には、『農協の闇』で解き明かした不正の構造だけでは片づけられない、そしてまたうかつに触れてはいけない、別の大きな闇が潜んでいる気がした。