【単独インタビュー】レアンドロ・エルリッヒが、新作に込めた想いとは? 『森の芸術祭 晴れの国・岡山』の見どころを解説
レアンドロ・エルリッヒ単独インタビュー
美術館向かいの屋内ゲートボール場「すぱーく奈義」では、レアンドロ・エルリッヒがこの場所のために構想した新作『まっさかさまの自然(The Nature Above)』が展示されている。天井から380本のツリーが吊り下げられ、鑑賞者は鏡面の床に映り込んだ森を眺めながら天空に架けられたかのような橋を渡る。 「岡山の景観の美しさを知ったとき、同時に私たちが自然から離れてしまったことに気づいたんです。そこで子どもの頃、家族と夏を過ごした母国アルゼンチンの森を再現しました。森は創造的な繋がりを生む場所だからです。橋というモチーフは、何かと何かを繋ぎ、いまいる場所を超えてどこかへ到達し、物事を解決することを象徴しています。山や森に囲まれた奈義町の中心で、町の人たちに自然について語りかけられたなら、とても嬉しい」とレアンドロは語る。 建築家の多い家系に育ったレアンドロは、これまでも壁や窓、ドアといった馴染みのある建築的要素を組み合わせ、視覚効果により現実の認識を揺さぶる体験型の作品をつくり出してきた。 「この空間の質の高さから大いにインスピレーションを得ました。柱が1本もないスペースなので多様性があると同時に、巨大な空白のキャンバスを前にする難しさもありました。ゲートボールの会場ということで、何か遊びの要素を設けるのも素敵じゃないかと思いつきました」とレアンドロ。 底に森が沈み、その上に橋が架り、橋の上にまた森があるという摩訶不思議な多次元構造が、森に抱かれた豊かなエコシステムをも想起させ、鑑賞者はその中を蝶のようにくぐり抜ける。 時代に取り残された既存の場所をマジカルな空間に変えてきたレアンドロの代表作となり得る作品だ。
2.津山地区
「グリーンヒルズ津山」では、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ出身のエルネスト・ネトが野外彫刻を発表した。彼のシグニチャーであるかぎ針編みのクロッシェネットを強いテンションで組み上げ、重力を利用してバランスを維持するインスタレーションは、素足になって中を通り抜けると心地いい(現在は土日のみ通り抜け可)。種子やハーブと共によく用いられるターメリックで染めた綿の素材はほんのりと芳ばしい。「地球の身体、他者の身体、自分の身体を繋ごう。身体の中の粒子と対話しよう」とダンスしながら語りかけるエルネストは、初めて日本で展示をした25年前と変わらず、楽園から降りてきて隣に住む天使のように周囲を和ませる。 2022年、岡山市内で開催された国際現代美術展「岡山芸術交流2022」でアーティスティックディレクターを務めたリクリット・ティラヴァニは、日常的な行為の共有を通した社会的交流をテーマに県北のさまざまなクリエイターと協働し、訪れる人々が同じ空間で食を共有する体験そのものをアートワークとして提示した。 池泉廻遊式庭園を擁する衆楽園の迎賓館には、一度に数十人が庭を眺めながら会席や茶会を嗜むことのできる壮観なしつらえが施されている。岡山の食を支える津山の食材やローカルの工芸品の豊かさに感銘を受けたリクリットは、会期中予約販売される絶品の「ハレノクニ弁当」をプロデュース。津山市のbistro CACASHIのシェフ・平山智幹と地元にスーパーマーケットを展開する株式会社マルイがメニューを共同開発した。さらに衆楽園に生える樹々のシルエットを染め抜いた凛と美しい暖簾を真庭市の染織家・加納容子と協働で完成させた。開幕時には、茶人・上田舞を招き、室町・桃山時代より京都建仁寺に伝わる四頭茶会と呼ばれる作法でお手前が披露され、そこで使われたティラヴァニが作った茶碗も展示されている。 このほか衆楽園の園内には、長年にわたり切手という小宇宙を探究し続ける太田三郎ほか、岡山ゆかりの作家たちが展示を行なっている。ゆったりと時間をとって鑑賞したい会場だ。 「城東むかし町家(旧梶村邸)」では、華道家・片桐功敦が、津山で収穫した黄金色の小麦でかつて台所のあった一角を覆い尽くし、竈のあったところにみずみずしい地の野菜を供えたインスタレーション『風土』を発表した。 タイトルの『風土』を片桐はフランス語の「Terroir」と捉えている。テロワールとは主にワインやコーヒーなど農産物が育つ土地固有の自然環境の個性を指すが、長じて風土に根づいた食や伝統文化の魅力を深く掘り下げようとする生産者の技術や哲学をも意味する。片桐はそれらすべての営みへの感謝や祈念を「いけばな」の本質的な所作に託し、さらに入り口の土間や民具の蓑にも地元で摘んだ可憐な野草や柿の実を生けることで花あそびの粋ともいえるセレンディピティを表現する。 奥の茶室で展示されている、八木夕菜の「お茶」をめぐるさまざまな素材や伝統文化に言及した作品群にも同様の考察を認めることができる。また会期中に、世界的に注目されるアーティストで作曲家でもあるタレク・アトゥイの土地特有のオブジェクトと音響を組み合わせたサウンドインスタレーションも登場する予定だ。 大正時代の旧銀行建築を芸術文化施設に整備したPORT ART&DESIGN TSUYAMAでは、志村信裕による端正な木造の天井に幻想的な映像を投影した作品『beads』や、故・パオラ・ベザーナによる「織り」の技術でテキスタイルと抽象芸術を同一線上に結ぶモダンな立体作品が展示されている。 蒸気機関車等、様々な種類の車両を扇形の車庫に展示した「津山まなびの鉄道館」では、韓国を代表するアーティストのキムスージャのアイコニックな作品が展開されている。古いガラス窓に光を屈折させるフィルムを施し、太陽光がプリズム現象を起こすインスタレーションを展示している。夕暮れのほんのひととき、刻々と変化する光の色相を見逃さないでほしい。