植物性で「肉を食った!」と思わせる素材を開発せよ
これからお読みいただくのは、会社員の研究者が、9年がかりでミッションを果たしたお話。テーマは「おいしさ」。「植物性の素材で、肉に負けない“おっ、うまい!”と言わせるものを開発せよ」と言われ、畑違いのむちゃぶりに泣き、前例という地図のない世界をさまよいながら、チームの力を結集してこれを成し遂げた。 【関連画像】不二製油風味基材事業部長の齋藤努さん 彼が所属する会社、不二製油グループ本社(以下、不二製油)は、「食品業界の縁の下の力持ち」のBtoBを中心とする企業だ。2024年度(2025年3月期)の売上高は6000億円、経常利益160億円(いずれも予想)。業務用のチョコレートでは世界大手の一角であり、植物性油脂では国内最大手。そして、大豆たんぱくの事業を創業期(1950年)から手掛けてきた。食にサステナビリティを求める世界的な傾向による植物食シフトの中で、縁の下の黒子を任じていたはずが、最近注目を集めつつある。 実は私はこの会社とは縁がある。2013年から21年まで同社の社長を務めた清水洋史さんは話し好きな方で、大阪弁でビジョンや苦心談を何度も聞かせていただいた。その中でも特に印象に残っているのが 「どんなに環境に優しい食べ物でもまずければ買ってもらえない」 だ。買う側からすれば当然でも、つくる側はなかなかそこが腹に落ちないのだ、と言う。だから「おいしくて環境に優しい」食べ物を不二製油はつくらねばならない。それが非常に難しい。 ●9年がかりで宿題が解けた? ある日、久しぶりに不二製油の広報のOさんから連絡があった。「清水の宿題に答えが出そうです。大阪まで試食に来ませんか」。果たして、どんな解答が味わえるのか? なにせひとりの人間の9年分のお仕事の話なので、頑張って詰め込んでも今週いっぱいかかります。 今回は特に「話が長くてすみません」。ごめんなさい。でも私、“無名”の方が何かを成し遂げた話が大好物なんです。よろしかったらお付き合いください。 齋藤さん、初めまして。広報Oさん、ご無沙汰しております。不二製油さんの本社の研究所(大阪府泉佐野市)にお邪魔するのは10年ぶりかな。文学部哲学科出身で、理科系にはまるで弱いのですが、どうぞよろしくお願いいたします。 齋藤努・不二製油風味基材事業部長(以下、齋藤):遠いところをご足労様いただきありがとうございます。よろしくお願いいたします。 いきなりですが、清水さんが社長時代に話を聞かせてくださるたびにおっしゃっていたのが、「うちの研究職の人たちは本当に賢い。頭がいい。熱心でまじめ。なんだけど、人がどうやったら喜ぶかということに、てんでセンスがない」なんですよ。 齋藤:ははあ。 「バラの花束を抱えて待っていれば女の子は喜ぶのか、そんなことはないやろ? なのに、何か世の中の定型、定量化されたものに寄せよう、寄せようみたいな感じの発想からなかなか……」 齋藤:抜けられない。 「抜けてくれない」と。そうぼやいていらっしゃったんです。 齋藤:はい。 食事で言えばラーメンを食べる。おなかがいっぱいになる。満たされる。でも満たされる理由は「カロリーの需要が充足された=満腹になったから」だけじゃないですよね。「がっつり食った」という、ちょっとやましさもある。 齋藤:そうですね、なんというか人間の本能からくる幸福感を覚える。そんな気持ちが「食べた!」という満たされた気持ちの根底にありますね。