「パパ、幸せよ」【介護の「今」】
◇病院から救い出す
入院したのは精神科病院だった。自責の念もあり、できるだけ面会に訪れた。しかし、面会に行っても妻は夫が分からない。しかも、会うたびに妻は弱っているようだった。入院の時は歩けていたが、3カ月を過ぎる頃には車椅子に乗せられていた。確実に妻は弱り、「人」でなくなっていく経過をたどっていた。 「病院は、治す所じゃないのか!」と思ってもみた。その一方で、「認知症という病気は、どうにもならないものだろう」という気持ちもあった。 夫は、自分では何もできないことにますます自分を責めるようになった。 ある日の面会で、車椅子に縛り付けられている妻の姿を目撃した。顔をしかめる夫に職員は「こうしないと、暴力を振るうんです」と悪びれずに言った。 「でも、縛るのはあまりにもかわいそうじゃないですか」 「なら、連れて帰りますか?」 それからほどなくして、夫は妻を病院から退院させた。妻を救い出したかった。その思いだけで、妻を退院させた。
◇相談の結果
病院から連れ出したものの、夫に当てはなかった。もちろん、在宅介護の自信はない。わらにもすがる気持ちで地域包括支援センターに相談に行った。担当者は、老健への入所を勧めた。夫は、もう二度と行くことはないし、行きたくもないと思った病院から紹介状をもらい、老健へ提出した。 老健は入所判定会議の結果、「うちが受け入れるしかないね」と入所を承諾した。
◇「あなたの責任ではありません」
夫に付き添われ、やがて妻が入所した。2人を職員たちは笑顔で迎え、居室へと案内した。何度も頭を下げる夫、表情の乏しい妻。職員に妻を委ね、夫と介護の責任者との面接が始まった。 夫は自分を責めた。発病までのこと、発病からの素人介護、介護を投げ出し病院へと妻を追いやったこと、病院選びに失敗したという後悔…。ここまで状態を悪くしたのは自分のせいだと、夫は深くうなだれた。 責任者は、病院の医師や職員たちが夫の心理面での手当てを何らしなかったことに内心で憤慨しながら「今の奥さまの状態は、決してあなたの責任ではなく、アルツハイマーという病気のせいです」と丁寧に説明した。 夫は一瞬顔を上げた。しかし、妻が壊れていく過程を見続け、入院で状態の急降下を体験した夫の視線は再び相談室の机に貼り付いた。