「パパ、幸せよ」【介護の「今」】
「まだ、こんな病院があるのか!」 老人保健施設(老健)の入所判定会議の席上、老健の管理医師は1通の紹介状を見て、天を仰いで嘆息した。
◇紹介状
精神科病院からの紹介状だった。紹介状とは、医療機関の医師から出された診療情報提供書で、患者の基本情報や傷病名、紹介目的、症状経過、検査結果、治療結果、現在の処方(投薬内容)などが記載されている。 また、要介護の高齢患者の場合には、日常生活動作や認知機能に関連した情報が記載されていることもある。 管理医師が嘆いたのは、紹介状にしたためられた悪意をも感じさせる文面だ。
◇嘆息した文面
紹介状には、患者の状態が書かれていた。 「入院時は、徘徊(はいかい)が頻回であったが、現在はふらつきが多く歩行困難、車椅子を使用、食事拒否が多く全量摂取できず、不潔行為毎日、奇声多くも発語なし、介護拒否、つねるなどの暴力行為あり、仙骨部に直径10センチの褥瘡(じょくそう)あり」 また、処方の欄には、抗認知症薬だけではなく、抗精神病薬、向精神薬、その他の薬剤がずらりと並んでいた。 「薬漬けで、車椅子抑制か…」 管理医師は、そうつぶやいた。
◇入院までの経過
患者、すなわち老健への入所希望者は、62歳の若年性認知症の女性である。夫が妻の異常に気付いたのは2年前だった。 夫は妻の異常を察知し、精神科を受診した。診断名は、若年性アルツハイマーだった。 「早くに受診していれば」と医師は無慈悲に言った。 その後の進行は速かった。治療の成果は薄く、妻の言葉は失われ、徘徊(はいかい)や不潔行為が出現した。 同い年の夫は、企業戦士だった。子育ては言うに及ばず、家のことはすべて妻任せ。夫婦間の会話も少なく、「もっと早く気付いていれば…」と自分を責めた。 せめてもの償いにと懸命の介護を続けた。だが、ついに夫の顔すら認知できない日が訪れた。夫は「もはやこれまでとか」と在宅介護を断念することにした。介護疲れも極限にまで達していた。