プロポーズされた思い出の地・パリでパラリンピック銅メダル 道下美里選手(47)「新しい思い出を作ろうねって言ってパリに来たので、すごく嬉しいです。」
リオデジャネイロ大会の銀メダル、東京大会の金メダルに続き、視覚障がいマラソンで道下選手(47)がパリで銅メダルを獲得した。 【写真で見る】視覚障がいマラソン世界記録 道下選手(47)パリパラリンピックへ パリは14年前に夫・孝幸さん(48)から凱旋門の上でプロポーズされた特別な場所だ。年齢と共に変化する体と向き合いながら、3大会連続の快挙を成し遂げた。 ■出発直前に仲間たちからのサプライズ 8月25日、パリパラリンピックに出場するため福岡を発った道下美里選手。前日の早朝4時。2010年から練習の拠点にしている福岡市の大濠公園で、本番を見据えた大事な練習に臨んだ。1周2キロのコースを16周、32キロを走る。 最初はこれまで道下選手を支えてきた3人のランナーが交互に伴走を務めていたが、次第に道下選手の周りに仲間が増えていく。最終的にはなんと30人近くになった。 実は、「みんなで走ることで、たくさんの仲間が一緒に戦う思いでいることを感じてもらいたい」と、主に伴走者仲間で結成している「チーム道下」のメンバーが企画したサプライズだった。 気持ちを受け取った道下選手は目を潤ませ、「福岡のみんなの思いも一緒にパリに持っていく。パラリンピック史上、最も過酷と言われているパリのコースを粘りの走りで攻略して、しっかりメダルを持って帰ってきたい」と力強く宣言した。 ■47歳年齢との闘い 現在47歳の道下選手は、東京パラリンピック後の3年間で大きな足の故障を2回経験した。 道下美里選手「無茶をしたら壊れるなという感じは正直あるので、自分にベストな選択は何だというのを常に考えながらやっています」 その中で取り組む時間を増やしたのが、ウエイトトレーニング。筋力を維持するための時間をかけることで、厳しい練習にも耐えうる体を作ってきた。 「思うように走れない期間が長かったことで、自分と向き合う時間が増えました。そういう意味では、心も強くなったと思います」と自信をのぞかせる。 ■マラソンを始めたきっかけは「ダイエット」 道下選手の目に症状が現れたのは、小学4年の時。原因は角膜の病気だった。13歳で右目がほとんど見えなくなり、25歳で左目の視力も0.01以下になった。
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