キャッシュレス社会で消費者を守る、電子商取引の法整備
川地 宏行(明治大学 法学部 教授) 産業のデジタル化が進む一方で、それにまだ十分対応できていない法律の問題があります。そのひとつが、ネット通販など電子商取引の分野です。悪徳通販業者、返品の拒否、ワンクリック詐欺、クレジットカード不正利用の損害など、様々なトラブルが発生していますが、実は、日本はEU諸国と比べて、消費者保護の法整備が遅れているといわれています。
◇通信販売でクーリング・オフができない日本 アマゾンや楽天など巨大なデジタルプラットフォームが電子商取引市場を支配するようになり、これらに対する規制のあり方が各国で議論されています。しかし、日本ではそもそも電子商取引における消費者保護をめぐる議論がそれほど活発ではなく、基礎的な部分が不十分な状況です。 そこで、電子商取引における消費者保護の問題を整理して、デジタルプラットフォームの問題の分析を試みるのが、近時の私の研究課題です。 電子商取引はホームページの開設という低予算で世界中の顧客と取引ができますので、被害額は少額ですが件数が膨大な数に上る消費者被害が起こりやすい取引類型です。また、日本をはじめ先進主要諸国の民法は、もともと店舗での商品販売を念頭に置いて条文を定めていますが、電子商取引は通信販売に属するので、民法の条文をそのまま適用すると様々な問題が生じてしまいます。 とくに日本は、通信販売における消費者の保護が諸外国と比べて遅れています。それは商品の返品に関わる法制度をとってみても明らかです。 1970年代に訪問販売で高額な商品を購入させる悪徳商法が社会問題化し、それに対応して、日本でも一定期間であれば無条件で契約を解除できるクーリング・オフが制度化されました。しかし、現在までの一連の法整備によって悪質な訪問販売(押し売り)などは規制されましたが、今なお通信販売ではクーリング・オフができず、広告等で返品を受け付けないと明記されていれば、消費者は返品ができません。 他方で海外に目を向けると、ヨーロッパの経済圏であるEUでは1990年代に通信販売でもクーリング・オフを認めています。EUにおいては、国境を跨いだ売買にあたって各国の国内法の間で齟齬が出てはいけないという観点から、通信販売や電子商取引に関する指令を90年代から出していました。 日本ではインターネットが発展する前から、カタログや雑誌の広告欄、テレビショッピング等を媒介にした通信販売が盛んでした。クーリング・オフができないことが押し売りほど問題視されてこなかったのは、通信販売業者の多くが自主的に返品に応じていたからだと考えられます。いわば、消費者は顧客を大切にする善良な事業者に助けられてきたのです。 ところが1990年代後半以降、通販で電子商取引が一般的になってくると、インターネットには怪しげな業者がどんどん入り込んできました。悪徳業者側から見れば、ネット通販はホームページひとつで簡単に始められ、訪問販売と比べて人手やコストがかからず、しかも日本ではクーリング・オフがないので返品に応じる必要もない。これでは、日本の電子商取引市場は世界中の悪徳業者から狙い撃ちにされかねません。