キャッシュレス社会で消費者を守る、電子商取引の法整備
◇子どもが親のカードを使って高額請求! 責任は誰に? 日本では、クレジットカードを無権限者が不正利用した場合における正規会員の責任のあり方については、個別の法律ではなく、カード会社が作成した約款で定められています。原則として、会員に過失がない場合、カード会社が不正に利用されたと認めれば、一定の期間の損失が補償の対象になる(カード会社が負担する)ことがほとんどのようです。その点で言うと、カード会社は自主的・積極的に消費者保護をしてくれていることになります。 ところが例外があり、主要各社の約款においては、会員本人の家族や同居人などによる不正利用については補償対象外とされるのが一般的です。つまり、子どもが親のカードを無断で使ってキャッシュレス決済で多額の使い込みをしてしまうと、約款に従って親はクレジット代金を全額支払わなければなりません。 この家族による不正利用については法的に未整備な部分があり、しばしば裁判で争われています。興味深い例としては、当時50代の会社員の男性のクレジットカードを当時19歳の息子が抜き出して番号などをメモし、インターネットで約300万円を使い込んだ件に関連して裁判になった例があります。 このケースでは、カード会社は約款に基づいて、会員である父親に支払いを求めました。しかし父親は自身に重過失がない不正利用であるとして支払いを拒否したため、カード会社が原告となり父親を提訴しました。 長崎地裁佐世保支部の2008年4月24日判決で、裁判所は「カード会社は可能な限り会員本人以外の不正使用を排除する利用方法を構築していたとは言い難い」などとして、原告の請求を棄却しました。カード会社による不正利用対策が不十分であることを指摘して、会員である父親に重大な過失はなかったと認めたのです。 ただし、この件に関連してカード会社は不正利用した息子に対しても損害賠償を求める裁判を起こしており、そちらでは原告の勝訴で賠償が命じられています。いずれにせよ、こうした裁判例はキャッシュレス決済をめぐる民法規定が未整備であるという問題を浮き彫りにしていると言えるでしょう。 また、日本においてはキャッシュレス決済不正利用事案に民法478条が類推適用されることも考えられます。民法478条について簡単に説明すると、受領権者としての外観を有する者(たとえば通帳と印鑑を盗んだ預金債権者の偽物)に債務者が弁済をした(預金債務者である銀行が本物と信じて預金を払い戻した)場合、債務者が善意かつ無過失であれば、その弁済した債権は失われる(本物の預金者へ払い戻したのと同様に扱う)という規定です。 これをキャッシュレス決済不正利用に類推適用すると、クレジットカード会社ら事業者が善意無過失であれば、会員顧客になんら帰責性がない場合でも会員顧客が全損失を負担させられる可能性があります。 これらの問題に関する法整備の点でも、やはり日本はEU諸国と比較して大幅に遅れをとっています。たとえばドイツでは、無権限者により決済サービスが不正利用された場合における業者と顧客間の責任分担については、業者が善意無過失であっても顧客に過失(帰責性)がなければ顧客は一切の損失負担を免れ業者が全損失を負担するという(民法478条とは正反対の)規定をドイツ民法で設けています。 国内でデジタル化が叫ばれて久しいですが、電子商取引における消費者保護をめぐる法律の不整備が主要諸外国と比較して如何に問題が深刻であるかを、是非みなさんにも認識していただきたいです。
川地 宏行(明治大学 法学部 教授)