キャッシュレス社会で消費者を守る、電子商取引の法整備
◇ネットのキャッシュレス決済が抱える消費者問題 もっとも、日本政府もこうした事態を傍観していたわけではなく、2008年の特定商取引法改正で「法定返品制度」を導入しました。これは、返品の可否や返品の条件について業者が特約を定めた場合には特約の内容に従った対応がされますが、業者が特約を明示しなかった場合は、商品の引渡しから8日間は消費者が売買契約を解除できるという制度です。ただし、法定返品制度では業者が「返品を認めない」という特約を広告表示していれば返品に応じる必要がないため、特約による返品の拒否が禁止されているクーリング・オフとは似て非なるものであり、返品をめぐるトラブルは引き続き起こっています。 さらに、ネット通販ではクリックだけで手続きが進むため、消費者が間違って購入してしまうというトラブルが頻発します。URLやバナーなどをクリックさせて「ご購入ありがとうございます」などと表示するワンクリック請求も後を絶ちません。 これは法的には第一に、消費者の画面上での操作ミス等を民法95条の「錯誤」と認めて契約を取り消すことができるかという議論になります。そもそも契約とは「私はこれを買いたい(売りたい)」という意思表示によって構成される当事者間の合意ことです。ゆえに、契約の意思がないのに誤ってクリックしてしまったのならば、これを「錯誤」として契約を取消せる場合があります。 しかし、民法95条では「錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合」、原則として取消しはできません。したがって、事業者が消費者側に重過失があると主張してくると契約の取消は簡単にはいかないでしょう。 とはいえ店頭で手に取って購入するのとは違い、ネットの通信販売の場合は誤操作や勘違いがどうしても対面販売よりも多くなってしまうという事情があります。そのため、契約する当事者間のバランスを考慮して、2001年に電子消費者契約法という特例法ができました。 この特例法によって、電子消費者契約において消費者は錯誤取消がしやすくなっています。一度購入ボタンをクリックした後に購入内容を確認する画面が表示され、そこでも変わらず購入の意思表示をした場合(いわゆるダブルチェック)を除けば、たとえ消費者側に重過失があったとしても錯誤による取消が認められます。 このように重過失は電子商取引においてしばしば論点になっています。キャッシュレス決済が無権限者に不正利用された場合に生じる損失の責任分担の問題もそのひとつです。 たとえば、カード会員が第三者にクレジットカードを安易に盗まれ不正利用された場合、カード会員の重過失が認定される可能性があります。ですが、そもそもを考えてもみると、ネット通販でカードの暗証番号の入力が不要とされていることが不正利用の横行する要因であるとは言えないでしょうか。 対面での購入におけるカード決済では暗証番号や署名が必要とされる一方で、電子商取引におけるカード決済では暗証番号の入力が不要とされるなど顧客認証方法が甘く、セキリュティ面で特異な問題が生じています。暗証番号の入力を不要とすることについて事業者側は消費者の利便性を強調しますが、実際にはコスト上の問題もあると言われており、こうした状況にあってカード会員の責任ばかりが強調されるのは公平ではないように思えます。