「袴田事件」ってどんな事件? /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語
(2)認められた「5点の衣類」の証拠能力 にも関わらず、確定まで「自白がなくても有罪は明らか」としたのは検察側が出してきた「5点の衣類」という証拠によるところが大きいでしょう。犯行時の着衣はパジャマではなく、現場近くのみそ工場タンク底から出てきたズボンや白半袖シャツなど5つの着衣にあると起訴から約1年後に変更したのです。確定判決はこの「5点の衣類」に ・被害者の返り血(4人のうち3人)と袴田被告の血(B型)が付いている ・ズボンの共布が袴田被告の実家から見つかった として「最重要の物的証拠」としました。とくに白半袖シャツに付いていたB型の血液が、その頃右肩をけがしていた被告の状況と一致するとみなしたのです。 当然、被告弁護側は反発します。証拠が1年過ぎていきなり変わるという不確かさはもちろん、血液型で個人は特定できないとも主張しました。検察側は起訴時点で警察がタンクまで調べておらず、やっと発見できたと反論。判決も「事件から1年余り過ぎて」「「捜査活動とは全く無関係に発見される事態」を批判したものの証拠能力は認めました。個人の特定は当時の技術では不可能。ここが後の再審請求のキーとなります。 控訴審ではズボンが着目されます。小さすぎて被告にははけないという主張を検証して確認しました。これに対して検察側は「ズボンはみそに漬かっていたので縮み、被告も太った」と対抗、高裁、最高裁ともほぼ検察側の主張に軍配を上げました。
再審請求へ
再審とは有罪が確定した人の無罪を示す事実や証拠が出てきた場合に裁判をやり直す制度です。そのために袴田死刑囚および支援者は新証拠を発掘して「再審せよ」と訴えました。これが再審請求です。 刑事裁判には「疑わしきは被告人の利益に」(推定無罪)という鉄則があります。単に「あやしい」だけならば無罪。合理的な疑いをはさむ余地のないテッパンの証拠があって初めて有罪とされます。再審は1975年の「白鳥決定」からこの原則です。それまでは真犯人が名乗り出るなどよほどでないと行われない開かずの扉とされてきました。では第2次再審請求における「新証拠」のポイントを2つ挙げます。 (1)急速に発達したDNA型鑑定 最大のポイントは白半袖シャツ右肩についたB型血液が袴田死刑囚のものと一致するかどうか。81年から始めた第1次再審請求で「鑑定不能」とされたDNA型鑑定が08年からの2次請求で弁護側推薦の鑑定人が「一致しない」と判定。検察側推薦の鑑定人も「完全一致するDNA型は認められない」としたのです。 弁護側推薦の鑑定人は「5点の衣類」と被害者のDNA型も「一致しない」と判断しました。検察側は「試料の経年劣化」を理由に個人の特定までできないと主張しました。「一致しない」が正しければ判決の根幹「被害者の返り血と袴田死刑囚の血が付いている」が揺らぎます。「5点の衣類」の血液が「被害者の返り血」でもなく「袴田死刑囚の血」でもないとすれば一体何だったのかと。 こうした「新証拠」は科学捜査の進展で可能になったともいえます。DNA型鑑定は現在でも指紋のように「完全に同一人物」までは至りません。しかし今や「一致」が別人である可能性は4兆7000億分の1まで達しています。1次請求時の80~90年代前半は「1000人に1.2人」別人の可能性があったので「鑑定不能」から「一致しない」へ覆るのはおかしくないのです。