「つくることを背負わせない」創造ラボ、新渡戸文化学園 VIVISTOP NITOBEの「場」の力
独自の教育方針で注目される学校法人新渡戸文化学園(東京都中野区)には、敷地の一角に秘密基地のような子供たちの活動の場、「VIVISTOP NITOBE」がある。放課後に子供たちが立ち寄って思い思いの時間を過ごす居心地のいい空間はどのように機能しているのだろうか。新渡戸文化学園 VIVISTOP NITOBE学習環境デザイナーの山内佑輔先生と、新渡戸文化学園 VIVISTOP NITOBEデザイナーの廣野佑奈先生に話を聞いた。 【画像】新渡戸文化学園 VIVISTOP NITOBE学習環境デザイナー 山内佑輔先生 ■ 何かできそう!工具や画材、デジタル機器が自由に使える 新渡戸文化学園にVIVISTOP NITOBEがオープンしたのは2020年9月のこと。山内先生はその年の4月に同校に着任し、VIVISTOP NITOBEと歩んできた。VIVISTOPというのはもともと起業家の孫泰藏氏が立ち上げた子供のための創造の空間で、その理念に基づいて各地で運営されている。 VIVISTOP NITOBEは3教室分の壁を取り払ってできた広々としたスペースで、コンクリートの床と、スケルトンの高い天井の空間に、木の椅子と机が並ぶ。壁にそって工具や画材、デジタル機器などがいろいろ並べられていて、一歩入ると「何かできそう!」という気分になる、余白がいっぱいの空間だ。 VIVISTOP NITOBEは、同学園の小学校・中学校・高等学校の図工や美術、情報などの授業に利用されるほか、中学校・高等学校の探究学習のグループ活動や放課後の自由な活動場所として解放されている。毎週土曜日はOPEN DAYとして地域にも開かれていて、学外の子供たちや保護者も一緒に過ごす。山内先生と2023年度より加わったデザイナーの廣野先生が運営を担い、適宜大学生のアルバイトスタッフが入る体制だ。 ■ 子供たちにつくることを背負わせない、前向きなたまり場 VIVISTOP NITOBEの空間を見ると、「子供たちの創造性を育むための場所」に思えるかもしれない。ところが、山内先生はそれをきっぱり否定する。 「子供たちにいいと思って『教育を提供している』という考えはゼロで、創造性教育をしているわけではありません。私たちもわからないから一緒に企画し、正解のないものを一緒につくっていくことを大事にしています」(山内先生)。 これはVIVISTOPの基本的な考え方につながる。 「VIVISTOP内では子供と大人が対等なパートナーであり、子供を守り育てればいいのではなく、大人も一緒になって社会を変えていくという発想があります。でも大人と子供の共創はなかなか難しいんですよね。どうしても大人が優位になるし、教えようしてしまう。その差を埋めるのに、ものづくりという手段が最適なのではないかと考えています」(山内先生)。 このクリエイティブな空間において山内先生が大切にしているのは、むしろ「つくることを背負わせない」ということだ。 「つくることに本気で取り組むと、時間もかかります。それをずっと『集中してつくりなさい』なんて言えるわけない。ここはずっといていいし、途中で 休憩したり、ご飯を食べたり、遊んだり、何か別のことをしていてもいい。それが許されるから、よしつくろうってまた戻れる」(山内先生)。 その言葉の通り、VIVISTOPの場の空気はとてもゆるやかで、何かを強いてこない。放課後になると子供たちが集まってきて、それぞれおしゃべりをしたり、iPadを開いたり、何か相談を始めたり、手を動かしたり、思い思いに過ごしている。大きな笑い声も、黙々と何かに向かう静かな姿も、工具を使う音も、当たり前のように同じ空間にある。 「何かつくる目的で来る子ばかりではなくて、話したくて来ることもあるんですね。好きなアニメの話とか学校の話とか。そういう時間がとても貴重だと思っています」(廣野先生)。 子供たちにとっては、サードプレイスのような、基地のような、とても居場所感のある場になっている様子だ。「“前向きなたまり場”というのかな。学校の中には意外とそういう場所がないんですが、ここにはとてもよく“たまって”いますよ」と山内先生は笑う。 ■ 偶発と共創が生まれる場のデザイン 山内先生が場作りで意識しているのは「偶発と共創」だ。例えば、VIVISTOPの同じ空間で2つの授業が同時進行することもある。そうすると、図工の授業で来た小学生と情報の授業に参加する高校生の間で、ちょっとした交流が生まれたりするのだという。また、探究のプロジェクトに取り組む複数のグループが、互いのやっていることに刺激を受けて活動の幅が広がることもある。相互に何気なく目に入るもの、聞こえる音から新しい何かが生まれることもあるのだ。 「私はここで打ち合わせもやるし、いろいろな大人を呼ぶので他者の往来が多い場所なんです。誰がスタッフで、誰が先生で、誰が保護者なのかわからないくらい、大人と子供が自然に混ざっています。放課後だけでなく、授業であってもこういう偶発性や共創が生まれる可能性を残したい。これがVIVISTOPが学校の中にある理由だと思っています」(山内先生)。 ■ 子供たちのクリエイティビティが解き放たれる! 「つくることを背負わせない」というVIVISTOP NITOBEだが、そこに集まる子供たちは、さまざまなクリエイティビティを発揮している。レーザーカッターでアクリスルタンドやネームプレート作ったり、3Dプリンターで立体物を出力したり、木片から何やら削り出してやすりで磨いたり、持ち込んだプラモデルを組み立てたり、裁縫をしたり……。デジタルもアナログも境目なく、いろいろな「つくる」が混在する。目的はなんでも自由だし、未完成でも構わない。 個人で利用するだけでなく、中高生の探究学習での利用も多い。同学園の中学校・高等学校には、水曜日に1日かけて「クロスカリキュラム」という探究の時間があり、中学生はラボでの活動、高校生は独自のプロジェクト活動にそれぞれ取り組んでいる。 例えば廣野先生が伴走した中学校の「ファッションラボ」では、洋服をデザインし、実際にミシンで作り上げ、さらに生徒の“やりたい”という声でファッションショーも実現した。廣野先生は服飾デザインは専門外だが、「ミシンの使い方も勉強しながら、みんなと一緒に考えてやってきました」と振り返る。土曜日のOPEN DAYに来た参加者の保護者が、ラボの活動日にミシンのサポートに来てくれたこともあったそうだ。こんな風に、大人が巻き込まれていくのもVIVISTOPらしい。 「ここにはいろいろな材料があって、人もたくさんいるので、“これがやりたい”と思ったときに、すぐに何かしらの形にできるスピード感があります。私がわからないものでも、聞くと誰かが知っていて、完成形まではいかなくてもプロトタイプまではたいてい作れます」(廣野先生)。 つくることの敷居がとても低い一方で、完成度を高めたければどこまででもいけそうな雰囲気が、子供たちのクリエイティビティを支えている印象だ。 ■ VIVISTOPの空気をつくる視点 もう一歩具体的に、生徒とのやりとりで、普段どのようなことを意識しているのだろうか? 「『こういうことをやりたい』というつぶやきをいったん全部受け止めて、できるかできないかの判断はあまりしていません。できないかもしれないけど、この方法ならいけるかも、やってみよう、というふうに、選択肢を一緒に考えて会話するようにしています」(廣野先生)。 「私も苦手な分野があるし、使い方がわからないツールもあります。私が全部知っている必要はないし、知らなかったら一緒に誰かに聞きにいけばいいし、一緒にうまくなればいい。子供はパートナーで、大人は子供に何か教えなければいけないと思わないことです」(山内先生)。 子供たちに対するこうした目線や、スタッフ自身が居心地がいいように過ごすといったさりげない原則が、この空気感を作り出しているようだ。 VIVISTOP NITOBEで過ごした同校出身の大学生がスタッフとして入ることもある。大学1年生の長枝昴市さんは、現在美術大学でデザインを学んでいるが、VIVISTOPで子供たちがものづくりをする現場に接することが実践的な学びにつながっているそうだ。 高校時代にVIVISTOPで一番の経験となったのは、「人と一緒につくる力」だという。「誰かと一緒にものづくりをすることの難しさや面白さを実感しました」と長枝さんは振り返る。つくることに興味がある人が集まる場なので、教室とは違う人間関係が生まれ、そこからまた別のものづくりに発展することもあったという。 今VIVISTOPで過ごす子供たちも、ここでしか得られない経験や人とのつながりを現在進行形で得ているのだろう。 ■ 人との出会いで変化を遂げてきた空間、これからも変わっていく VIVISTOP NITOBEは、始めから今の姿だったわけではない。2020年の開設当初、山内先生は小学校の担任を持ち、VIVISTOPでは図工や企業とコラボレーションしたプロジェクト型の授業などを実施していた。 当初から山内先生のプロジェクトは注目を集めていたが、学園内に活動が閉じていることが課題だった。VIVISTOPのコンセプトは、「全ての子供たちの場」であることだからだ。そこで、2021年の夏からは、地域に開いた場として土曜日の活動「OPEN DAY」をスタート。学外からの利用者を募集し始めた。 2022年度には、山内先生はVIVISTOPの運営に専念する立場となり、「場」の活用がより外に開いて多様化していく。授業で利用する先生が増え、土曜のOPEN DAYは定着し、中高生の探究活動との親和性を高めて学園内の利用も活性化していった。さまざまな子供たちが自分の居場所としてVIVISTOP NITOBEに集まる今の姿に徐々に近づいてきたのだ。 一般的にこのような場作りをしようと思ったら、目標や計画を立て、それを実現するという手順で進めるだろう。しかし、山内先生がこの「場」を見守って育ててきたスタンスは違う。「はじめから私がこの風景を想像していたわけではありません。計画して作り上げたのではなく、いろいろな人や場と関わりを持って、出会いがあってパートナーが増え、拡張してきた結果が今の形になっています」と山内先生は振り返る。これからもきっと姿を変えながらVIVISTOPらしさを深めていくのだろう。 ■ 設備を整えればいいというものではない 現在、高校ではDXハイスクールの施策が進められており、学校内に高性能なデジタル機器を備えたラボを作る動きもある。先行事例として、VIVISTOP NITOBEの設備に興味のある学校関係者も多いだろう。しかし話を聞いてみると、設備だけを整えれば、生徒が集まり、創造的な活動が実現するわけではないのは明らかだ。 さまざまな学校現場や子供たちの状況を見ていて感じるのは、ものづくりには、「つくりたい」という気持ちが何よりも重要だということだ。外側から「やるべきこと」を大量に与えられて時間に追われる子供たちから、その気持ちは簡単には生まれないだろう。圧倒的に必要なのは、何をしても構わない余白の時間や、何かを実現したいという強い思いだ。その点、同学園の「クロスカリキュラム」は、今のVIVISTOP NITOBEの姿を支える1つの要素だろう。 「これをやればVIVISTOP NITOBEのような場が作れる」という明確な条件や方法があるわけではない。ただ、VIVISTOP NITOBEが持つ「場の力」を醸成する先生たちの視点や子供たちの背景には、さまざまな立場の教育関係者のヒントになる大切なことが詰まっているのではないだろうか。
こどもとIT,狩野さやか