せっかくいい大学に行かせたのに…〈年金月7万円〉67歳・毒母、慶大卒・商社勤務の娘からの仕送り〈月15万円〉で謳歌していた“羽振りのいい老後”が突如終焉。発端は年の瀬に届いた「戦慄のLINE」【CFPの助言】
「いい子に育ってほしい」というのは、子を持つ親皆の願いです。しかし、自身のコンプレックスや過去の悔しい思いから「理想」を押しつけ、「理想でない状態はダメな子だ」と子どもをコントロールするようになると、「虐待」や「毒親」の危険がはらんできます。友里さん(仮名)が毒親になった理由も、自身のコンプレックスにありました……。ファイナンシャルプランナーの辻本剛士氏が、そんな友里さんが「破産危機」に陥った原因と解決策について解説します。 ▼【早見表】年金に頼らず「1人で120歳まで生きる」ための貯蓄額
自身の“学歴コンプ”から「毒親」になってしまった友里さん
石川県金沢市で生まれ育った矢沢友里さん(仮名)は、高校を卒業後に東京へ上京。大手住宅メーカーの事務職として就職し、20代で同じ職場の男性と結婚しました。一男一女(悠太さん・美希さん。ともに仮名)を授かり、その後は専業主婦として家庭を築きました。 友里さんは懸命に子育てをする一方で、子どもたちに対して、特に教育において厳しいしつけをする一面がありました。 「あの大学以下は許さない」「一流の大学に入ることが親孝行」……こうして厳しい言葉をかける背景には、自身が大学に進学できなかったことに対する強いコンプレックスがありました。 子どもたちは小学生のうちから週4日も塾に通わされ、家でも勉強する姿を見せないと機嫌を損ねます。休憩中にテレビを見ているだけで「勉強しなさい」と怒鳴られることも珍しくありませんでした。 どれだけいい成績を残しても、「Aさん家はいつもこれぐらいの点数らしいわ。もっと頑張りなさい」と周囲の優秀な生徒と比較されるばかりで、決して褒められることはありません。 友里さんの夫は、このような厳しい教育方針に反発。「いいすぎだろう。のびのび遊ぶことも子どもの役目じゃないのか」というと、友里さんは「なんにもわかってないのね。あなたは努力もしないで行きたい大学に行けたからそんなこと言えるんでしょうけど」と言い返します。 子どもを叱るどころか、夫婦で激しい口論になることも増え、やがて夫は家に帰る日が少なくなりました。 そして、長女の美希さんが高校を卒業するタイミングで、夫は別の女性を作って家を出ていってしまいました。ただし幸いにも、銀行口座は友里さんが管理していたため、当面の教育資金は確保されていました。
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