トヨタ、ホンダ、マツダ…「信頼のニッポン」の自動車メーカー5社が不正問題を起こした背景とは?
評価試験基準の原則
一部の自動車メディアなどを中心に「自動車メーカー同情論」のようなものが沸き起こっているが、そのなかにはやや的外れなものも含まれている。 彼らは「日本メーカーは自動車の安全性と真剣に向き合い、法律が定める規制値よりも厳しい条件で試験を行ってきた。それを不正と断じるのは行政の横暴だ」と主張する。 その一例として挙げられているのが、トヨタ自動車で発覚した後面衝突試験の問題である。 トヨタ自動車によると、後面衝突試験では重量1100キロ±20キロの評価用台車を被試験車に衝突させてその損傷度合いを評価しなければいけないのに対し、実際には1800キロの評価用台車を用いたという。これが不正であったことをトヨタ自動車は認めているが、一部メディアは「法律よりも厳しい基準で試験していながら不正と断じるとは何ごとか」といきり立つ。 率直にいって、1100キロと1800キロのどちらを用いることがより安全に寄与するのか、筆者には判断できない。ただし、「重量1100キロ±20キロの評価用台車を用いる」などといった規制値は日本が独自に定めたものではなく、その多くが国際協調の原則にのっとって定められている。つまり、世界の多くの国々で同じ基準が用いられているのだ。 世界中で同じ基準が用いられているから、自動車メーカーは自国で型式指定認証を取得すれば、輸出先で同じ手続きを踏まなくても製品を輸出できる。これが国際協調の原則である。こうした規制値の多くは国連の自動車基準調和世界フォーラム(UNECE/WP.29)での検討を経て、批准されている。 では、日本の自動車メーカーだけが独自の基準で評価試験を行っていたとしたら、どうだろう。「そんなものは信用できないので輸出はまかりならん」と相手国に判断されたとしても仕方ない。これは、全生産台数の7~9割を海外で販売する日本の自動車メーカーにとって致命的な事態である。 それでも日本の自動車メーカーが「1800キロの評価用台車を用いても安全は担保できる」と考えるのであれば、現状の「1100キロ±20キロ」から「1100キロ以上」に規制値を変更するよう、自動車基準調和世界フォーラムに提案すべきだった。そうすれば、1800キロの評価用台車を用いても不正とはならなかったことだろう。 いずれにせよ、自動車基準調和世界フォーラムで「1100キロ±20キロ」と定めた際には、その裏付けとなる合理的な理由があったことは間違いない。この点を無視して「1800キロの方が安全」と断言するのは短絡的と言わざるを得ない。 繰り返しになるが、この件についてトヨタ自動車は「不正があった」と認めている。したがって、今メディアで話題になっている「ここで頑張ろうという気になれないんですよ、いまの日本では」という言葉を豊田会長が本当に発したのだとしても、彼は「日本の基準値は不当に厳しい」と主張したかったわけではなく、もう少し別なところに論点があったはず。筆者自身は、前述した「行政との歪(いびつ)な関係」やモノの本質を捉えずに自動車メーカーを糾弾する一部メディアの姿勢などに、豊田会長がやるせない思いを抱いているものと推測している。 一部の国内メーカーが不正を行っていたのは紛れもない事実である。国際社会における日本の信頼を失墜させないためにも、関係した自動車メーカーには真相の究明と再発の防止に真摯(しんし)に取り組む姿勢が求められる。
【Profile】
大谷 達也 ŌTANI Tatsuya フリーランスライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌「CAR GRAPHIC」の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2021-2022 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。