奈良美智ロングインタビュー(前編)。自分を育んだホーム、感性のルーツ、東日本大震災という転換点を振り返って
ホームだからこそできた展覧会
──今回の個展は、青森で生まれ育った奈良さんのルーツや生き方そのものにフォーカスを当てた、これまでにない展覧会です。故郷の青森が舞台ということで、特別な思い入れがあったのではないでしょうか? 青森は自分の感性が育まれた場所だし、ここでしかできない展覧会にしよう!と思っていたよ。そう思ったきっかけは、来年、スペインのビルバオでする個展の打ち合わせのときに、ビルバオの人達が言っていた言葉。たくさんの人に見てもらいたいから、「バルセロナやマドリードにも巡回できないかな?」と聞いたら、彼らは、「みんなここに来るから必要ない!」ときっぱり言ったの。その自信がすごかった。それもあって、今回の個展も青森だけの開催にして、しかもいちばん特徴のある雪の降る季節に来てもらおうって、どんどんイメージが固まっていった。子供の頃に自分が見ていた風景や吸った空気を感じながら旅をしてきて、美術館に着いたら、俺の家にようこそって迎えられたように作品を見てもらいたいなって。 ──青森県立美術館は、大きな《あおもり犬》をはじめ、奈良さんの初期からの作品を170点以上も、世界一収蔵している縁の深い美術館ですね。 ここは建設される前から関わり合っていて、青木(淳)さんがどんなコンセプトで設計したかもわかるし、スペースも全部知っているからやりやすかったよ。 それに、この展覧会が特別なものになったのは、企画を担当した高橋しげみさんのおかげ! 彼女は美術館で唯一の青森県出身の学芸員で、歳下だけど同じ弘前市出身だから、俺の奥深くにある故郷というものをはっきりと見ることができるの。青森出身の写真家・小島一郎をはじめ、土地に根ざした作家の研究をずっとしてきた人で、俺のことは個の部分でも知ろうとしていただろうから、ほかの人ができないような発想が自信をもってできる。もし担当者が県外から来た人だったら、もっとサブカル寄りになったりとか、まったく違う切り口になっていたと思う。そういう、たくさんの縁が重なってできた展覧会なんだよね。 展示の作業も、手の込んだロック喫茶の再現は、仲のいい大学の後輩たち(ミラクル・ファクトリー)がやってくれたから、気楽に要望も言えて、すごく楽だった。ほかにもいろんな人達が助けてくれて、ホームってこういうところなんだなって実感した。スポーツ選手がホームグラウンドで試合をするときは、こんな気持ちなのかなって。 ──地元の期待感も後押ししていたのでしょうね。 いつもは人に注目されるのが苦手なのに、街や温泉に行って、おばちゃんに「あっ!あっ!」とか言われても、全然嫌じゃないの(笑)。青森は本州の端っこで、地方ということにコンプレックスがあるのね。誇れるものは林檎くらいだから、県の文化的な土壌を感じられると、みんな嬉しいんじゃないのかな。以前、ある人が弘前の美術館の人に、「奈良さんは弘前の誇りですね」と言ったら、「日本の誇りですよ!」って返されたと聞いて、すごく嬉しかった。自分自身は誇れるような人間じゃないけど、ここが日本の誇りを生んだ場所だと思えることが、どれだけ地方の人達にとって嬉しいかはよくわかるから。