奈良美智ロングインタビュー(前編)。自分を育んだホーム、感性のルーツ、東日本大震災という転換点を振り返って
家という子供時代への入口
──第一室の「家 Home」というテーマは、絵のモチーフでありつつ、故郷や居場所も連想させて、広がりがありますね。初期の頃は、本当によく家を描いていたんですね。 たいていの子供は、三角屋根の平屋の家をひとつ描くでしょう? 自分の小さい頃の家も草原の上に建つ平屋で、日本が経済成長していく過程で周囲は家や建物で埋まっていくんだけど、いつも思い出すのはぽつんと一軒建っている家なの。 ──子供時代の原風景のひとつなんですね。 そう。山や森といった自然はいまでも変わらないけど、子供の頃に見ていたいろんな故郷の風景は、いまはもう全部ない。でも、心の中には本当にあるんだよ。 ──奈良さんにとってのホームは、自分と一体化して感じられるものなんですね。 でも、自分ではないよ。故郷という場所や友だちとか、捨てたり、恋しがったりする、自分以外の大切なもののことなのかな。 ──燃えている家が繰り返し描かれていますね。 小学校の頃、近所の食堂が火事にあって、夜に見に行ったの。子供だったから、火って綺麗だなって思って見ていた光景が、ヴィジュアル的にすごく心に残ってる。次の日にまた行って、米びつの焦げた米を寄せると白い米が見えたりとか、些細なことまで覚えていて。そういう断片的な記憶が、意味なく絵に出てくるんだよ。あの火事を見ていなかったり、自分が郊外じゃなくて下町で育っていたらまた違っていたと思う。 ──積み重なった記憶の中から、無意識にイメージが浮かび上がってくるんですね。 うん。頭で理解してから始めるんじゃなくて、理解より先に手が動いてやっちゃうことが多いの。後になってから初めて、自分でもその意味が理解できる。初期の絵を集めてみたら、家ばかり描いていたことに気づくとかね。 再現したロック喫茶の壁に、古く加工した今回のポスターが貼ってあるんだけど、あれも最後に思いつきでやった。意味もなく加工している途中で、二重のタイムマシンみたいになるなって気がついてさ。1978年前後の喫茶店がいまここに蘇っているのに、そこに古びた2023年のポスターがある。 ──高橋さんも、この展覧会はタイムトラベルだとおっしゃっていますが、実際に会場を巡ると、奈良さんの過去を振り返りつつも、それが現在のことのように思えたりと、時間が行ったり来たりする不思議な体験をしました。 会場の壁に、高橋さんの提案で俺の言葉が貼られているんだけど、改めて読んでみたら、そういうことなんだなって思ったよ。 「子どもの頃の気持ちや、思春期の高揚を決して忘れない。大人になるために忘れない。懐古的な感傷ではない。過去を引きずるのでもない。自分の時間軸に一本の幹を見つけたいのだ。年月を経て、それでもずっと自分でありつづけるのだ。」(2013年5月4日のツイートより) 変なたとえだけど、すごく走ってやって来たら、またぐるっと同じ場所に戻ってしまうような感じ。自分の時間の感覚はそういうものなんだって、今回よく理解できた。たとえば、知り合いに十年ぶりに会っても、向こうは久しぶりなんだろうけど、俺はついこのあいだ会ったようにしか反応できないの。会わない時間が長ければ長いほど、つい最近のことのように思えるんだよね。 ──それだけ、昔の出来事を何度も思い出しているということなんですかね。以前、子供時代に体験した記憶や感覚は、それぞれ家の形になっていて、記憶の町の地図ができるほど何度も振り返っているとおっしゃっていました。過去を掘り返した今回の展示も、リアリティのある現在として見えているのですか? そうだね。その町並みが自分と関係ない外から取ってきたものでできていたら、何かが変わっちゃってると思うけど、自分の中から生まれた町は絶対に変わらない。 (このあと、「幼少期と思春期の経験が自分の感性のルーツ」「真実を映し出す絵との対話」「東日本大震災後に経験した心の変化」「震災後に各地を旅して見えてきたこと」とまだまだ続きますが、文字数の都合Tokyo Art Beatにてお楽しみください) * * * 奈良美智(なら・よしとも) 1959年青森県生まれ。1987年愛知県立芸術大学大学院修士課程修了。1988年渡独、国立デュッセルドルフ芸術アカデミー入学。修了後、ケルン在住を経て、2000年帰国。1990年代後半以降からヨーロッパ、アメリカ、日本、そしてアジアの各地の様々な場所で発表を続ける。見つめ返すような瞳の人物像が印象的な絵画、日々生み出されるドローイング作品のほか、木、FRP、陶、ブロンズなどの素材を使用した立体作品や小屋のインスタレーションでも知られる。国内外での個展、グループ展への参加多数。近年の美術館個展に、「YOSHITOMO NARA. ALL MY LITTLE WORDS」(アルベルティーナ近代美術館、オーストリア、2023)、「Yoshitomo Nara」(ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアム/ユズ・ミュージアム、上海、2021-23)、「奈良美智 for better or worse」(豊田市美術館、愛知、2017)など。写真展「北海道 - 台湾」がタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルムで12月26日まで、4人組アーティスト・コレクティブの一員として参加する「THE SNOWFLAKES 」が苫小牧市美術博物館で3月24日まで開催中。
宮村周子