「ふくよかな清流」のような物語に魅了され、かつて日本にあった約140の「スイッチバック」を網羅したガイドに快哉【新年おすすめ本5選】(レビュー)
ふくよかな清流のような長い物語に魅了される。 水村美苗の『大使とその妻』。これまで『本格小説』『母の遺産 新聞小説』など豊かな長編小説を書いてきた作家の新作。 軽井沢の追分にある山小屋のような一軒家で夏を過ごす日本文化の好きなアメリカ人の男性が、隣家に引越して来た日本人の元大使とその妻と親しくなる。 彼女はブラジルで日本女性から能などの日本文化の薫陶を受けた。 大使の妻を通してブラジル移民の歴史や、日本人が忘れかけている古き良き日本文化が語られる。貴子というその主人公がまさに月から来た貴い女性のように思えてくる。
二〇二四年も台湾の小説が次々に翻訳出版された。なかでも異色なのは、紀蔚然の『DV8 台北プライベートアイ2』。水の町、淡水にあるDV8、つまりディヴィエイト(逸脱する)という名のバーの常連である私立探偵の「おれ」が活躍する。 アメリカ風のハードボイルド・ミステリ。バーで会った女性から幼なじみの「お兄ちゃん」の行方を探して欲しいと依頼される。 そこから連続殺人が浮かび上がってくる。急速に豊かになってゆく九〇年代の台湾が背景にあり、台湾現代史を読む楽しみがある。 昭和の純文学作家で、いまも根強い人気がある野口冨士男。戦後、復員してから妻の実家のある埼玉県の越谷で衰弱した身を養生した。 その縁で越谷市は野口を顕彰し続けている。
『野口冨士男戦前日記』は越谷市が出版した。 昭和八年、野口が社会人になって以降の、文学修業する青春の日々が綴られる。 出版社や新聞社で働く。同人雑誌に加わり徐々に小説を発表してゆく。 二・二六事件、日中戦争、そして太平洋戦争と続く暗い時代の文学青年の暮しが書かれ貴重な資料に。 山田洋次は以前はフランスでの評価は高くなかった。知識人は大衆に人気のある「男はつらいよ」の監督を低く見るきらいがあった。
そこにクロード・ルブランの大著『山田洋次が見てきた日本』。 一九六四年生まれのフランスの批評家が山田洋次に惚れ込んで愛情あふれる監督論を書き上げた。 驚くのは著者が「男はつらいよ」シリーズだけではなく、山田作品の全てを見て一作ずつ丹念に論じていること。そればかりか「男はつらいよ」のロケ地の多くを旅しているのには感嘆。 山田作品をつねに日本社会の変化と共にとらえているところは教えられる。 かつて蒸気機関車の時代、日本各地にスイッチバックがあった。山地をジグザグで進んでゆく。山国の日本ならではの鉄道技術。