親が都市部に出稼ぎに行き、農村部に取り残された、「留守児童」と呼ばれる子どもたちが中国で深刻な社会問題になっている。親から離れて暮らしていることで、経済的、心理的な問題を抱える子どもたちも多い。中には子どもたちだけで暮らさなければならず、自殺を選ぶという痛ましい事件も起きた。
「留守児童」の背景にはどのような問題があるのか。北京から南に1000キロ、留守児童の数が特に多いという河南省トンミャオ村を取材した。(Yahoo!ニュース編集部)
「両親はお正月には帰ってくるけど毎年じゃない、何年も会えないこともあるの」
寂しそうに語るのはソン・チャンシュエさん、10歳の小学4年生だ。人口2000人のトンミャオ村で、6歳の弟と、9歳の従妹とともに祖父母の家で暮らしている。彼女たちの両親は北京へ出稼ぎに出ており、ほとんど帰ってこない。「今年のお正月に会ったきりなの。年末も帰ってこれないって」と漏らす。
両親の出稼ぎによって、農村に取り残された「留守児童」の数は増加する一方だ。その数、6000万人。中国の総児童数の20%にも上る。特に、内陸部の貧しい農村に多く、チャンシュエさんの住むトンミャオ村では360人の児童のうち9割が留守児童だ。
留守児童が増加する背景には都市と地方の格差がある。
中国で留守児童をテーマにフィールドワークを行う九州保健福祉大学の登坂学准教授は、歴史的な経緯を次のように説明する。
「1978年に始まった鄧小平による改革開放は、先に豊かになれる者から豊かになろうという『先富論(せんぷろん)』を旗印にしていました。そのため大都市や沿海省にある経済特区に産業や人口が集中し、製造業やサービス業を担う人手が不足することになり、農村部から出稼ぎにくる労働者が増えていったわけです」
チャンシュエさんの両親は北京で清掃の仕事に就いている。収入は2人合わせて年間6万元(約120万円)、そこから子どもたちに年間約2万元(約40万円)の仕送りを続けている。トンミャオ村の平均年収1000元(約2万円)に比べると、出稼ぎの収入は一家の生命線だ。チャンシュエさんや弟はその仕送りから服や自転車を買い、学校に通う。
子どもたちの面倒を見ている祖父母に話を聞いた。
「私たちが世話をしなくちゃ仕方ない。この子たちだけでは生きていけないのだから。一度親に会いに北京に連れて行った時は、帰りたくないと泣いて大変でした」。今も、チャンシュエさんの6歳の弟は寂しくなると激しく泣きじゃくる。
だが、留守児童の中には子どもたちだけで自活しなければならない例もある。2015年6月には中国・貴州省の貧しい農村で5〜13歳の兄妹4人が農薬を飲んで自殺するという痛ましい事件が起きた。子どもたちの父親が出稼ぎにいっている間に母親が家出をして、子どもたちだけで暮らしていた。自殺した子どもたちは長らく入浴した様子はなく、長兄は死の際には靴を履いておらず裸足だったという。
留守児童を襲う精神疾患
両親不在の生活は人格形成に影響をおよぼすこともある。
前出の登坂准教授は中国人研究者の文献からも、現在、留守児童たちに起こっている問題は多岐にわたり指摘されていると話す。
「まず、学習面の問題。親の目のないところで育っているため、勉強する習慣が身に付いておらず、積極的に学習する意欲に欠ける子どもが多い。それから心理面の問題。親から受ける愛情が不足しているため、情緒不安定になる子どもが多く見られる」
「さらには道徳的な面。嘘をつく、反抗的な態度をとる、友達のものを盗むといった問題行動もよく見られる。ほかにも、両親の影響でコンプレックスやプレッシャーを抱えて健全な成長ができなかったり、突発的な事故や怪我にうまく対応できなかったりといった問題が発生していることが報告されています」
もちろん、すべての留守児童がそうなるわけではない。だが、トンミャオ村での取材で出会ったシュアシュア(13)という少年は、さみしさによるストレスからか、人と話すのを拒むようになり、学校も休みがちだ。
話を聞いてもいいか、と尋ねると「嫌だ!」と拒否する。粘り強く話しかけるとぽつぽつと答える素振りも見せるが、両親のことに触れると、その瞬間に心を閉ざしてしまい、背を向けて去っていってしまった。
米国スタンフォード大学のスコット・ロゼル教授が中国の農村部の子どもたちを対象に標準テストを行ったところ、70%以上が不安障害やうつといった精神疾患の兆候を示したというデータもある。
留守児童を生み出す独特の戸籍制度
出稼ぎに行く両親は子どもを連れていくことはできない。なぜなら、農村部の子どもは原則、都市の学校に入学することができないからだ。
その理由は「都市戸籍」と「農村戸籍」という中国独自の戸籍制度の存在だ。都市戸籍と農村戸籍は基本的に変更ができず、教育や住居、医療、福祉などで制約があり、大きな隔たりを生んでいる。この断絶が留守児童の増加に拍車をかける。
一部の地区では教育格差の是正に乗り出し、農村部の児童を積極的に受け入れる動きも見られるが、生活費や教材費などが負担できず、中退を余儀なくされてしまうこともある。
現在、小学4年生のチャンシュエさんは「大きくなったらお医者さんになりたい」と目を輝かせる。だが、現状では、その夢を実現するのは難しい。トンミャオ村では、一番近い中学校まで15kmもある。歩いて通学するのは難しく、寮に入るとなると年間1.5万元(約30万円)近い費用がかかる。チャンシュエさんの両親が1年に仕送りするすべてをつぎ込んでやっと払える額だ。
留守児童を取り巻く問題は教育だけにとどまらない。
親が不在の無防備な留守児童たちは、事故や犯罪に巻き込まれやすい。子どもたちだけで暮らしている場合はもちろんだが、年老いて自分たちの生活で手一杯の祖父母たちは監視が行き届かない。
女子の留守児童の場合、性犯罪の被害者になるケースも多い。広東省では、2500人以上の女児が性犯罪の被害に遭っており、そのうち半数近くが14歳以下だったという報道もある。また、寧夏回族自治区の村では、教師が12人の女生徒を相手に性犯罪行為を行い、被害者のうち11人が留守児童だったという事件も起きた。中には預かっている親族による性被害の実態もある。先生や親戚など、留守児童にとって親代わりとも言うべき大人たちから受けた被害は精神的にも大きな傷を残す。
実際に幼い頃に性被害を受けた経験のある元留守児童の女性に取材することができた。加害者は近所に住む知人男性だったが、彼女自身は当時自分が何をされていたかという自覚がなかったという。
「小学生の頃、家に帰る途中に近所のおじさんに待ち伏せされて、人目のないところに連れていかれ、手を握られました。それからわいせつな言葉をかけられたり、性器を触られたり……。その時は自分のされていることの意味がわからなかったんです。でも大きくなってその意味がわかった時とてもショックで。こんなことがあったなんて人には言えなかったですし、深く傷ついて立ち直るまでにかなりの時間がかかりました」
彼女は今も心の傷に苦しみながら、大学に通っている。
「自分が被害にあったことを言い出す勇気が必要ですね。周りが助けてくれるように。他の女の子たちにも同じことがおきないよう注意を呼びかけたいです」
留守児童解消に向けて、政府も少しずつ改善策を立てているが、有効な政策はいまのところない。
孤独に暮らす6000万人の子どもたち、彼らの境遇が改善する見通しはほとんど立っていない。
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