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「自動ブレーキ」では回避できない アクセル踏み違いの重大事故を防ぐには

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
アクセルとブレーキの踏み違いによる事故は「自動ブレーキ」では防げない?(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 高齢ドライバーによる重大事故が相次ぐ中、政府はさまざまな施策を検討しています。

 そのひとつが、「自動ブレーキ」搭載車の普及促進です。

『政府の新たな経済対策 高齢運転手の自動ブレーキ車購入を補助(NHKニュース/2019.11.21)』

 上記記事によれば、高齢ドライバーの重大事故を防ぐ対策として、『65歳以上の人が自動ブレーキなどを搭載した車を買う場合、搭載されていない車との差額の3分の2程度を補助する』という方向で検討しているとのことです。

「自動ブレーキ」は、車の前方に歩行者や他車、その他障害物が近づいたとき、カメラやレーダーでその存在を検知して警告音などを鳴らします。ドライバーが反応しないときは、ブレーキを緊急作動させて、車を自動的に停止させます。

「自動ブレーキ」が搭載された車に乗れば、追突や衝突事故を防ぐことができ、安全性を高めることができるのです。

■「自動ブレーキ」だけでアクセル踏み違い事故は防げない

 しかし、「自動ブレーキ」を過信しすぎるのは禁物のようです。

「自動ブレーキの機能が搭載されていれば、アクセルとブレーキの踏み違いによる暴走事故も防げると思っている方が少なくないようですが、それは大きな間違いです。自動ブレーキの機能が付いていても、ドライバーがアクセルを踏み込めばそちらが優先されます。つまり自動ブレーキ付きの車であっても、急発進、急加速は起こりうるということです」

 そう指摘するのは、中日本自動車短期大学・自動車工学科の森本一彦教授です。

 今年、池袋で発生した母子の死亡事故も、80代のドライバーによるアクセルとブレーキの踏み違いが原因である可能性が高まっています。

 仮にドライバーがパニックに陥ってアクセルを踏み込んでしまったとき、車に自動ブレーキ機能が付いていても防ぐことができない……となれば、一体、どうしたらよいのでしょうか。

 

 森本教授は語ります。

「アクセルとブレーキの踏み違いによる事故の被害を最小限にするには、アクセルを強く踏み込んでしまったときにペダルが強制的にアクセルロッドから外れるような装置が必要です。この機能さえ付いていれば、ドライバーがペダルを踏み違えてパニックに陥っても、車はそれ以上加速することはありません。そのため、安全に対処することが可能になるのです」

■アクセル・ブレーキ踏み違い防止装置をつけた車に試乗してみた

 アクセルとブレーキの踏み違いによる事故、その被害を軽減させる装置としては、すでに複数の製品が普及しています。

 東京都では今年7月から、令和元年中に70歳以上となるドライバーに対し、取り付け費用の9割(1台あたり10万円が上限)を補助金として出し始めています。

 そこで私は今回、低速度だけでなく、高速度で走行中でも踏み違いに対応できる「パニックレス・アクセルペダル」という装置付きの車の試乗会に参加してみました。

 

 以下は、一緒に試乗会に参加した交通事故遺族・眞野哲さんが撮影された動画です。

 アクセルペダルを強く押さえるとどうなるか? ご覧ください。

 

 実際に車に乗ってみて、驚きました。

 言葉で説明するのは難しいのですが、思いっきりアクセルを踏み込んだとき、ある時点でペダルがアクセルロッドから「パン!」と外れます。ですから、不意の急発進や急加速を回避することができるのです。

 とはいえ、急ブレーキがかかって危険を感じるようなことはありません。

 一時的にクリープ現象(アクセルを踏まなくても車がゆっくりと動き出す状態)となるだけで、再び普通にアクセルを踏むことができるのです。

 つまり、森本教授がおっしゃっていた『アクセルペダルが強制的にアクセルロッドから外れる』という機能が、瞬間的に作動するわけです。

 この装置を7年前に開発し特許を取得した、三重県にある「三好製作所」社長の三好秀次さんは語ります。

「自動ブレーキが義務化されているはずの大型トラックによる多重追突事故が後を絶たないのはなぜでしょうか? それは、人間がアクセルを強く踏み込めば自動ブレーキが解除され、車が急加速するためです。この手の事故は、高齢者だけではなく、若年層でも多く発生しています。自動ブレーキの他にこうした装置を付けていれば、確実に踏み違い事故の被害は軽減できるはずだと確信しています。被害者も加害者も生まないために、私はこの装置の開発に至ったのです」

「パニックレス・アクセルペダル」を開発した三好社長(筆者撮影)
「パニックレス・アクセルペダル」を開発した三好社長(筆者撮影)

 この日、試乗会に参加した森田眞次郎さん(78)は、早速、「パニックレス・アクセルペダル」の取り付けを検討していると言います。

「優れた装置だと思いましたね。走行中、強くアクセルを踏み込んでみましたが、暴走する心配はまったくありませんでした。これさえあれば、駐車場で急発進して人を死亡させるといった悲惨な事故は確実に減らすことができると思います。この装置を付けても車検は通るそうなので、できればいろんな種類の装置が付いた車を乗り比べてみたいですね」

アクセルを思いきり踏み込むとアクセル本体がアクセルロッドから外れる仕組みになっている「パニックレス・アクセルペダル」(筆者撮影)
アクセルを思いきり踏み込むとアクセル本体がアクセルロッドから外れる仕組みになっている「パニックレス・アクセルペダル」(筆者撮影)

 また、交通事故の遺族で結成された「全国悪質運転ZEROの会」のメンバーも実際に試乗し、

「深刻な事故の原因となっている、アクセルとブレーキの踏み違い事故を確実に防ぐことができる意義のある装置だと思います。被害者をこれ以上生まないために、1台でも多くの車に装着されるよう、行政にも働きかけていければと思います」

 と語っていました。

■国が「踏み間違い防止装置」への費用補助を検討

 アクセルとブレーキ踏み違いによる事故被害を軽減する装置の普及には、国も本格的な検討を始めています。

『高齢ドライバーの事故防止 踏み間違い防止装置 国が費用補助へ』(NHKニュース/2019.11.27)

 記事でも報じられている通り、「自動ブレーキ」だけでなく「踏み違い防止装置」にも補助金を出す方針が固まっています。

 前出の森本教授は語ります。

「アクセルペダルの形状、取付方法などは、メーカーや車種によって差異があります。後付け装置として社外品を取り付けることになれば、メーカーからの部品(アクセルペダルに関連する部品一式)や図面の提供が必要となります。国が認定した踏み違い防止装置については、その装置の開発者に対し、メーカーからできるだけ安い価格で部品等を供給するよう義務付けてもらいたいですね」

 一瞬のミスで起こる、アクセルとブレーキの踏み違い事故。

 他者の命を突然奪うだけでなく、身近な場所で、大切な家族を轢いてしまうといったケースもたびたび発生しています。

「自動ブレーキ」は、その機能が付いた新車や中古車に買い替える必要がありますが、「踏み違い防止装置」は、現在乗っている車に今からでもすぐに取り付けることができます。

 補助金の制度が今後どのようになるかをしっかりチェックしたうえで、ぜひ検討されることをお勧めします。

「パニックレス・アクセルペダル」を装着した三好社長自身の車。車検も通っているという(筆者撮影)
「パニックレス・アクセルペダル」を装着した三好社長自身の車。車検も通っているという(筆者撮影)
ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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