Yahoo!ニュース

大谷翔平のライバルになれるか。投手で代打満塁弾の二刀流、レッズのマイケル・ロレンゼンに聞く。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 今年3月、まだ、エンゼルスの大谷がオープン戦で結果を出せずにいた頃のこと。レッズのマイケル・ロレンゼンという選手に話を聞かせてもらった。

 ロレンゼンは右投げ右打ちの26歳。2013年のドラフト一巡目でレッズから指名された。少年野球から大学時代まで投打で活躍する二刀流だったが、レッズからは投手として期待されての契約。2015年4月にピッチャーとしてメジャー昇格を果たしている。

 私がロレンゼンに取材を申し込んだのは、2017年3月に、二刀流を希望しているという記事を目にしたからだ。希望していただけではない。17年の開幕直後には、代打で本塁打を打っていた。(しかし、17年シーズンは代打での出場は結局3試合だけ。ナ・リーグの中継ぎ投手として、ごく稀に打席に入る程度にとどまっており、12打数2安打、1本塁打で打率1割6分7厘)

 私はいくつか質問した後で、ロレンゼンに「メジャーで二刀流をやるのは、難しいことなのか」と単刀直入にたずねてみた。

 すると、彼は、それまでの穏やかな口調から、ちょっと厳しい顔つきに変わり、こう言った。

 「僕は、二刀流は不可能だとは思っていない。選手の問題ではなく、フロントの考え方が大きいと思う。誰もやったことがない、不可能だ、と言うけれど、それは(フロントが)誰にも挑戦させてくれなかったからだ」。

 その言葉からは、メジャーでも二刀流を貫こうとしている大谷への羨望とライバル心がにじみ出ていた。

 ロレンゼンはスプリングトレーニングの終盤に肩を痛めて、開幕から出遅れた。ちょうど、大谷が投打で大活躍をし、二刀流の魅力をメジャーのファンにもおおいにアピールしていた時期だ。彼の競争心は激しく刺激され、歯がゆい思いをしていることは容易に想像がついた。

 5月下旬にようやく戦列に復帰。6月7日には代打で今季初安打を記録した。24日のカブス戦では代打として本塁打。29日のブルワーズ戦には2番手として3イニングを投げ、打席に入ってホームランを打った。翌30日には満塁の場面で、代打として起用されると、内角の97マイルの速球を、左翼スタンドに叩き込んだ。

 メジャーレベルでも二刀流は不可能ではない。大谷だけのものでもない。瞬間的、限定的ではあるが、それを証明するバッティングだったと言ってよいだろう。

 8月1日、デトロイトでのタイガース戦で、ロレンゼンに再び会うことができた。

 私は「二刀流は可能だ、ということを証明できたのではないですか」と声をかけた。

 彼は「打つ機会を与えられた時には、常にベストのバッティングをしなければいけない。難しいことだから、何回かの打席をうまく生かすことができてよかった」と少しだけ微笑んだ。

 与えられた数少ない打席で、結果を出さない限り、ロレンゼンの二刀流の道は開けない。

 二刀流を勝ち取るためにも、彼はピッチャーであることを、打席でも最大限に活用している。

 「僕はピッチャーだから打席に入ったときに、相手の投手がどのような攻めをしてくるのかが理解できる。だから、特定のボールを待つこともできる。例えば、浅いカウントで緩い球を投げてくると、相手のピッチャーは僕を打ち取るために、深いカウントでは速球を投げてくるだろうと感じることができる」

 二刀流であることは、データを見るときにも役立つ。

 「相手投手のスカウティングレポートを見るときも、どの球種を投げてくるか、どれくらいの割合で投げてくるかというパーセンテージを必ず見る。僕に対して、相手の投手が何をしようとしているのかが分かるからね。僕はピッチャーとしてそれが分かるから」

 開幕前に意識をしていた大谷のここまでの活躍はどう見ていたのか。

 「僕はケガをしていた間、大谷の投げている試合を全て見ていた。彼はすばらしい。スプリングトレーニングでは、新しい野球に適応するために、多くのことをやっていたのだろうね。大谷がケガをしてしまったのは残念だ」

 大谷だけでなく、あなたの打撃も、メジャーの二刀流不可能説を砕いたのではないか、と聞いた。トレンドが変わってきたのではないか。

 「(メジャーの)トレンドを変えたとしたら、その選手は大谷だ。彼はあと何年か日本で野球をやってからメジャーに来ていたら、2億ドル(約223億円)をもらえていただろう。しかし、彼は格安で契約した。そのことも球団に二刀流を受け入れさせるのに役立ったのではないかと僕は思っている。それも含めて、全て、彼の功績だと思う」

 メジャーの常識を壊し、二刀流を持ち込んだのは大谷であって、自分ではない。大谷が、その実力に比べて大幅に安い金額で契約をするという異例の事態が、メジャー球団に二刀流を受け入させるという劇的な変化を後押ししたのではないか。二刀流を直訴しながらも、すんなりと受け入れてもらえないロレンゼンは、そのように考えているようだった。

 大谷が二刀流として開幕から起こした旋風は、ロレンゼンにとっても追い風になっているようだ。

 「僕も、もっと機会を得られるようになり、今のところはうまくやれている。二刀流を実現させることを許されたのは大谷だ。僕は、ちょうど、この機会を活かせるだけの十分に好調な状態にあったんだ」

 二刀流は負担が大きいと、多くの人が考えている。しかし、ロレンゼンは、打って、投げて、守ることによって、力が発揮できるタイプの選手もいるのだと力説する。今、大谷の気持ちを最も理解できるのは、彼かもしれない。

 「野球は専門化されて、中継ぎ投手、先発投手、外野でもレフト専門などと分けられる。でも、自由にさせてもらえるほうが力を出せる人間もいる。例えば、先発に向いているメンタルの投手、救援に向いている気持ちを持った投手がいる。ひとつ以上のことをうまくやれるアスリートだっている。いろいろなことをやらせてもらえるほうが、その選手に向いているということもあると思うんだ」

 大谷と同時代にメジャーでプレーすることはロレンゼンにとって大きな刺激になっているようだ。しかし、彼は大谷とはちがう。やりたいと強く望んでもすんなりとはやらせてもらえない。メジャーでの二刀流は簡単なことではないことも痛いほど分かっている。だからこそ、挑戦しがいがある。

 ロレンゼンは「僕はベースボール・プレーヤーだ」と言う。ピッチャーでもなく、バッターでもない。ベースボール・プレーヤーであるというアイデンティティをかけて、今日も打撃練習をし、守備練習し、マウンドへ上がる準備を整えているはずだ。

追記。

 米国の新興メディア「ジ・アスレチック」が先月16日、ユニークな記事を掲載した。現役のメジャーリーガー200人以上を対象に、「ワールドシリーズ第7戦で先発して欲しい投手」など、21個の質問をぶつけ、そのアンケート結果をまとめて発表している。

 21個目の質問は「大谷以外で、フルタイムの打者としてやっていける投手は誰か」というもの。最多得票はレッズのマイケル・ロレンゼン。得票率は45%で、次点のジャイアンツ、マディソン・バムガーナーの25%を大きく引き離している。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

谷口輝世子の最近の記事