ノンフィクション本大賞 最終選考会 「大賞作品はこうして決まった」
10月の平日、ある夜のこと。ヤフーの紀尾井町オフィスに7人の書店員さんが集まった。それぞれの手元には、最終ノミネートに残った10冊やメモ書きが握られている。ついにこの夜、大賞の1冊が決まります。第1回の「ノンフィクション本大賞」は、どのような過程を経て決まったのか――各審査員のコメントと議論の中身を公開します。(構成:岡本俊浩/写真:金川雄策)
進行役
- 高頭 佐和子さん
- 丸善 丸の内本店
選考会メンバー
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- 内田 剛さん
- 三省堂書店 有楽町店副店長
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- 勝間 準さん
- MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店
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- 平井 真実さん
- 八重洲ブックセンター 京急百貨店上大岡店
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- 徳永 圭子さん
- 丸善 博多店
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- 星 由妃さん
- ゲオ メディア商品部
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- 白川 浩介さん
- リブロプラス 商品部
議論に入る前に
[日時]2018年10月3日20時 [会場]ヤフー 紀尾井町オフィス
- 高頭
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審査に入る前に、みなさんと「ノンフィクション」をめぐる現状を話しておきたいです。これまでノンフィクションを連載してきた雑誌の休刊もあって、環境としては甘いものではありません。ただし、よい作品に触れると「やっぱり、ノンフィクションってすごい力を持っているな」と感じずにはいられません。
- 白川
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ノンフィクションというジャンルは、社会の理不尽さであるとか矛盾を突いてくるものが多い。小説のような「フィクション」と違って、実在の出来ごとや人物を元にしています。なかには不幸で沈痛な話もあります。事態が進行中の案件もありますから、売り場としてお祭り騒ぎを躊躇する場面があるのは事実ですね。
- 徳永
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確かに。作品を通じて真実が明らかになることで、救われる人がいる一方、傷つく人もいるかもしれない。事実の持つ「重さ」に読者が向き合う――これはノンフィクションの特性ですよね。
- 高頭
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では、選考に移りたいと思います。今回のノンフィクション大賞のために、推薦作品を寄せてくれた全国の書店員さんは約100名。初めての開催だったから、どのぐらい参加してくれるか心配だったものの、予想以上でした。約100名の投票から上位10作品を絞りこんだのが、今回の最終候補作品です。さて、大賞作品は1つ。みなさんとの議論で決めたいと思います。
- 【最終候補作品】
- ・『一発屋芸人列伝』山田ルイ53世[著]新潮社
- ・『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』松本創[著]東洋経済新報社
- ・『極夜行』角幡唯介[著]文藝春秋
- ・『告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実』旗手啓介[著]講談社
- ・『日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』青山透子[著]河出書房新社
- ・『ノモレ』国分拓[著]新潮社
- ・『Black Box ブラックボックス』伊藤詩織[著]文藝春秋
- ・『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』内田洋子[著]方丈社
- ・『ユニクロ潜入一年』横田増生[著]文藝春秋
- ・『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』石井光太[著]双葉社
- ※ノミネート作品への各出版社コメントは「ノミネート作品」でお読みいただけます
- 高頭
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みなさんにはあらかじめ、大賞にふさわしいと思う3作品を選んできてもらいました。1人ずつ、推薦作品についてお話を聞かせてください。
『極夜行』という作品が持つ「驚きの構成」
- 内田
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自分の選ぶ基準は単純で、気になったページにつけた付箋の数で決めました。今回はダントツで『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』でした。39枚の付箋をつけました。『極夜行』と『告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実』が同数で21枚。『モンテレッジォ』は、書店員として付箋だらけにしてしまう内容になりました。本を売るという職業を大昔にまで遡りながら、未来に向けての視点もこめられている。しびれるフレーズのオンパレードでした。装丁もふくめ、手に持った時の「つくり」も非常にいい。方丈社さんは、個人でやっている小さな出版社さんですが、とてもいい仕事をされています。
続いては『極夜行』。ノンフィクションでありながら文学性の高さがある。構成には驚きがありますよね。冒頭で新たな命が生まれた。そこから見える光と、極夜の闇へと向かっていく流れに唸りました。
もう一作は『告白』。いま、戦争について考えることは大事なことだなと。かつて、PKO法による紛争地への日本人警察官の派遣があった。そして命が失われた。このことを日本人の多くは忘れかけているかもしれません。書店の社会的使命として、これは売らなきゃいけないなと。
- 勝間
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『モンテレッジォ』を読みながら、自分の職場である書店への思いを新たにしました。この仕事の根本にあるのものとはなんなのだろう。それは、人から人に本を伝えていくこと。『モンテレッジォ』で描いている――本の行商が行われていた1800年代頭のイタリアから変わることのない普遍的なことでもあるんです。勇気をもらえる1冊です。
そして、僕も内田さんと同じく『極夜行』を挙げます。これは面白いですよ。角幡さん、一緒に旅した犬と死にかけているし......とんでもないことをやっていますよね。瀕死の状況がある一方で、ユーモアも盛りこまれている。たとえば、新聞記者時代に出会ったキャバ嬢の話は効いています。自分も内田さんと同じで、話の構成には唸りました。新たに生まれる命と極夜が明けること。この2つを始めと終わりでかけているんでしょうね。
もう一作品は『ノモレ』。これもすごい話です。アマゾンで暮らす民が100年以上も前に生き別れた仲間の子孫たちと出会うという話なんですが、本当に生き別れた仲間の子孫なのか、100%確証が持てないまま話は終わります。自分は仲間であって欲しいなと思いますね。「友だち」「仲間」を意味する「ノモレ」は、日常生活で使いたくなります。職場で同僚に向かって使ってみたい(笑い)。
- 高頭
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それでは、白川さんの発表に移りましょう。
- 白川
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まずは『極夜行』。文章がとにかく巧い。盛り上げるポイントに差し掛かると、あらゆるテクニックを使って読ませにかかる。
2作目は『モンテレッジォ』です。こんなに読んでいて幸せな本はないなと。書店員としては推しづらい面もありましたが、ここまでよいと関係ありませんね。
最後は『ユニクロ潜入一年』です。アルバイトスタッフからの聞き取り、売り場で起きた出来ごと。さらには一歩引いたビジネス的な観点もふくめて、見聞きした出来ごとを咀嚼したうえで客観的な分析を加えている。アルバイトとして潜入した体験をベースにしているにも関わらず、ここまで冷静に書ける、読ませる作者の腕に驚きました。
- 徳永
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わたしは『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』でした。この本が扱っているのは、2005年に発生した大事故で、新聞やテレビでたくさん報道されてきました。わたし自身、知っているつもり――になっていたけれども、これを読んだことでそんな認識が覆される瞬間を何度も経験しました。まず、この本の主人公の淺野さんという方の怒りですよね。一方ではとても冷静でいて、そのありように驚かされます。
次に、『極夜行』。「なんでこの人は、こんなことをやっているのか」と感じながら読んだ人は多いと思いますが、「なぜ人は冒険に出るのか」という問いに対して、文章を通じて納得感を与えてくれます。
続いては『ノモレ』。斬新な書き方をしているなと思いました。説明が少ない。それでも、いつの間にか読者を引きこんでいく力を持っています。以前、本屋大賞を獲った小説で、上橋菜穂子さんの『鹿の王』がありますが、どこか思い出されるな、と感じます。
- 星
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わたしは、まずは『極夜行』でした。やはり冒頭から構成が巧みで、小説を読んでいるかのよう。だから、読んでいるうちに「あれっ、これはフィクションなのかな」と錯覚するぐらい話運びが巧い。もちろん、読み進めているうちに「これは自分が体験しないと書けない話だな」ということもわかります。環境の厳しさ、肉体的な過酷さをきちんと書いているからです。
2作目は『告白』。まず、表紙と中の写真が衝撃的です。実は一番読みたくない本でもありましたが、これは認めざるを得ないノンフィクションですよね。素通りしてはならない話だなと。「人命は地球よりも重い」という一文が心に刺さりました。
最後に『軌道』。いまも、台風や地震で鉄道が止まったりすることはあります。わたしたちにとって鉄道は「動いていて当たり前」という認識があるけれど、絶対ではないんですよね。トラブルが起きたとき、そこには必ず原因と結果がある。そして長く苦闘する人たちもいる。忘れてはならない内容ですね。
- 平井
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わたしも『極夜行』です。角幡さんの作品はデビュー作から読んでいるけど、今回はとても大きな変化を迎えています。それは結婚し、父親になったこと。冒険の仕方も変わるんですよね。これまでの冒険では衛星電話は使わなかったのに、この冒険では使ってしまう。読みどころはいろいろあるものの、一番はクライマックスですね。「極夜」が明け、何か月ぶりに太陽が昇るその瞬間――角幡さんが事前に考えていた文章が全部覆されてしまう場面は、「太陽というのは、それほどまでにすごいのか」と驚かされます。
次に『一発屋芸人列伝』を挙げます。作者は「ルネッサ~ンス」で有名な、お笑い芸人の山田ルイ53世さん。この方、ほんとうに文章が巧い。さらに視点がいいなと。芸人さんの世界で「一発屋」がたくさんいるのは知っているけど、「その後」に光を当てた切り口が秀逸です。前向きに、その後の人生に立ち向かう一発屋の方たちの試行錯誤を書きながら、決して美化していない点も信頼できる。ダメなところ、だらしないところもきっちり書いています。
3作目は『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』ですね。わたし自身、横浜に住んでいるので、東京に通勤していた時期に川崎は必ず通過する場所でしたし、事件現場の河川敷も知っている場所。心が痛む事件記でしたし、この事件のことをいろいろと誤解していたんだなと。事件後、たくさんの方がボランティアとして活動されていたこととか、そういったことを特定の誰かに肩入れをすることをせず、淡々と描いている点を評価したい。
いよいよ投票へ!
- 高頭
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これで各人の挙げた3冊が終わりました。ここからは、これまで特にコメントのなかった作品についても言及していきましょう。『日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』に関してはどうでしょうか。
- 星
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いま、わたしは群馬県の店舗を回ることが多いので、あの大事故に関しては、個人的にもなじみがあります。この本、重版を繰り返していて、うちのお店でもずっと売れています。
- 内田
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10万部超え。これはすごいことですよね。
- 星
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そう。わたしも含め、多くの人にとって、まだまだ気になる事故なんですよね。
- 高頭
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作者自身が日航の元職員さんですよね。きっと、この事件に人生を捧げてきたんでしょうね。この点に対しても頭が下がります。
『Black Box ブラックボックス』についてもお話をしましょう。
- 徳永
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被害にあった本人が書いているということもあって、感情がほとばしっている。作者自身の怒りに引きこまれて読み進める部分もある一方、一歩引いた立場で冷静に読まなきゃいけない。バランスをとりながら読んだ印象があります。
- 白川
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ここまでつらく読ませる点はすごいなと。
- 徳永
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ええ、ほんとうにつらい。
- 高頭
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読む側の感情を引き出す本だなと思います。
- 徳永
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最終候補作には、企業が「安全」「倫理」とどう向き合うのかを題材にした本がありました。自分も日々の仕事を通じて、思うところが多々あるというか、反省を促される点もありました。
- 内田
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確かに......単なる「他人ごと」としては読めませんね。
- 白川
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小売業としては、アルバイトさんの雇用環境、人手不足などの問題は他人ごとではない。
- 内田
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『ユニクロ潜入一年』は潜入された側の目線で読むこともできて、ギクリとする場面がありましたね。襟を正されるというか。
- 高頭
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では、これまでみなさんが個別に挙げていただいた3作品の中から、多数決で大賞作品を決めたいと思います。1人1票。作品名を挙げますので、挙手で投票をお願いします――。
投票の結果は以下――。
1位
『極夜行』角幡唯介[著](文藝春秋)
次点
『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』内田洋子[著](方丈社)
『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』松本創[著](東洋経済新報社)
- 高頭
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これは『極夜行』が独走ですね。では、第1回のノンフィクション本大賞は『極夜行』で決定です。
一同 拍手
- 高頭
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ただ、これだけは言いたい。大賞は1作品に決まったものの、最終候補作はどれも面白いのでなるべくたくさん読んで欲しいです。
- 白川
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最終候補作がきっかけになって、別の本に出会うこともできるかもしれませんからね。たとえば『43回の殺意』が好きになったら『ルポ 川崎』は読んで欲しいですし。
- 高頭
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『ノモレ』を読んだら、『ヤノマミ』は読んで欲しいですしね。