水谷竹秀

結婚・出産より今はお笑いに徹したい――30代「女性芸人」の葛藤

5/8(火) 10:23 配信

お笑い人気が続くなか、数多くの人間がお笑い界の頂点を目指している。だが、その椅子の数は極めて少ない。売れていない芸人たちは、アルバイト生活を続けながら「いつか」の成功を夢見ている。葛藤を抱く女性たちもいる。結婚、出産という女性としてのライフイベントを横目に見ながら、芸人としての下積みに邁進する女性お笑い芸人たちの素顔に迫った。(ノンフィクションライター・水谷竹秀/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

会場から拍手が沸き上がると、「どうもー!!」と言いながら女性コンビTEAM BANANAの2人がステージに現れ、中央のマイクに近づいた。向かって右側に立つ、ボブヘアーの山田愛実(29)が「突然なんですけど、皆さんに聞いてほしい話がありましてね」と切り出した。

相方の藤本友美(29)が合いの手を入れる。

「なんでしょうか?」

「こないだねえ、友だちに『これ私の彼氏』ってね、写真を見せられたんですよ」

「あ、よくあるよね」

「うーん、頼んでもいないのに」

友だちの彼氏の見た目に褒めるところがない場合のかわし方について、ユーモアを交えた女性版「あるあるネタ」だ。

この日のトリを飾った女性コンビTEAM BANANAの山田愛実(右)と藤本友美(撮影:水谷竹秀)

「そういうときに必ず女性が使ってしまう言葉ってのがあるのよね。『えー、何かいい人そう』。これ! これ! みなさんも使ったことあると思うんですよ。今日は使ったことある人限定の集まりですから!」

小気味のよい山田のトークに会場が笑いに包まれた。

女性版あるあるネタで会場を沸かせた(撮影:水谷竹秀)

桜が見頃を迎えた3月下旬の肌寒い夜。東京・新宿の歌舞伎町にある小劇場では、女性芸人限定のお笑いライブが繰り広げられていた。吉本興業主催の「NETA GIRL〜女王への道〜」。昨年末に開催された女性芸人No.1を決めるお笑いコンテスト「THE W」の第2回開催を信じ、その女王を目指す15組が登場した。すべてのネタが披露されると、来場客約40人による投票が行われ、順位が決定する。

トリを務めたTEAM BANANAは僅差で2位だった。結果を見届けた山田は、感想をこう口にした。

「今日のお客さんは笑おうとしてくれる雰囲気があるので温かかった。1位を取れるように頑張んなきゃ。芸歴も私はだいぶ上のほうなので」

群馬県出身の山田は、この春で芸歴11年を迎えた。

「苦労もありますが、めちゃウケた時にすべて忘れます」と芸歴11年の山田(撮影:水谷竹秀)

お笑いの世界では「芸歴10年が一つの節目」と言われる。しかし、これは男性芸人だけに当てはまるのかもしれない。女性芸人は結婚などさまざまな理由で20代のうちにこの世界からいなくなってしまうことが多く、男性芸人に比べて「10年選手」が少ないからだ。芸人たちの話を総合すると、女性は全体の1割〜2割とみられる。

彼氏に打ち明けない女性芸人もいる

高校を卒業した山田が、吉本のお笑い養成学校「NSC東京」に入学した時、生徒は約600人だった。が、この10年間に次々と業界から姿を消し、同期は現在約50人。このうち女性芸人は約10人で、テレビによく出るのは相席スタートの山﨑ケイだけという。

渋谷にあるヨシモト∞ホールの楽屋で待機する若手芸人たち(撮影:水谷竹秀)

そもそも男女を問わず、お笑い芸人としてテレビの人気者になり、食べていけるのは一握りしかいない。特に女性芸人の場合、仕事と恋愛の両立、あるいは結婚という話になると、それを理解してくれるパートナーの存在が重要だと山田は指摘する。

「旦那さんがいて、『好きにやっていいよ』って言われる環境は、女性芸人にとってめちゃめちゃ憧れです。でもそんな好条件にはなかなか恵まれない。例えば、パンストをかぶって変な顔をしたら男性からは嫌がられるように、女性芸人というだけで通常はマイナスなんです。にもかかわらず、それを好きになってくれてしかも続けていいって言ってくれる男性は宝のような存在ですね」

ヨシモト∞ホールでの出番直前、舞台袖で控える2人(撮影:水谷竹秀)

ネット上で山田は「可愛い女性芸人」として話題になることもある。彼氏も芸人であるため、相互の立場や状況を理解しているから続けられるものの、通常は彼氏が芸人であることはまれだ。

山田は言葉を継いだ。

吉本興業東京本部の隣にある花園神社にて。「新年や単独ライブの前にはたまにお祈りに来ます」という山田(撮影:水谷竹秀)

「そもそも彼氏がいない子もたくさんいます。彼氏がいても芸人だと打ち明けていない子、彼氏にはライブを絶対に見に来させない子もいます。面白さは女性にとってモテる要素にはならないのかな。男性は女性に対して、面白いボケや突っ込みを入れてほしいって思ってない、というか。女性は面白い男性を好む傾向があるんですけどね」

時代とともに変化する女芸人像

お笑い芸人の世界はもともと、男性中心の社会だ。その変遷を終戦直後まで溯ると、女性が注目されたのは「夫婦(めおと)漫才」という形が最初だったという。著書に『芸人最強社会ニッポン』などがある社会学者、太田省一(57)はこう解説する。

「女性芸人は1970年代まで、夫婦漫才という形でしか人気が出ませんでした。ピンでは難しかったのです。私の解釈ですが、その背景には社会的な規範として、『女性は一歩下がって』みたいなジェンダー観が反映されていたのではないかと思います」

漫才、寄席、新喜劇の公演が年中無休で毎日見られるなんばグランド花月(撮影:水谷竹秀)

80年代に漫才ブームが訪れると、山田邦子が脚光を浴び、女性芸人として初の冠番組まで持つようになる。折しも86年には男女雇用機会均等法が施行され、女性の社会進出を促す時代背景も重なったことから、脇役的な位置づけから女性単体として評価される兆しが見え始めた。

それでも古いジェンダー観は消えなかった、と太田は指摘する。

「女性芸人は出てきましたが、結局、『紅一点』的な扱いでした。男中心の世界に花を添えるという存在ですね」

バブルが崩壊し、日本のバラエティー番組は90年代以降、フリートークが主流となっていく。番組MCがひな壇に並ぶ芸人とのしゃべりを通じて番組を盛り上げるのだが、そこでもやはり女性芸人が登場すると、「非モテ」エピソードを披露することが暗黙の了解になっていたという。

ヨシモト∞ホールの控え室には芸人たちが使う小道具が並ぶ(撮影:水谷竹秀)

ところが、昨今の茶の間を賑わせている渡辺直美やブルゾンちえみらは、そうした紋切り型の女性芸人像をぶち破ってきた。「THE W」で優勝したゆりやんレトリィバァは、ピン芸人No.1を決める「R-1ぐらんぷり2018」でも準優勝だった。この背景には、2007年に日本テレビが始めたバラエティー番組「世界の果てまでイッテQ!」の成功があるのでは、と太田は力説する。

「『イッテQ!』には女性芸人が複数登場しますが、従来の女性芸人のイメージではなく、純粋に面白さだけで評価されています。そしてバラエティー番組の中では最も高い視聴率を取っています。この成功が同じ日テレでの『THE W』開催につながったのではないでしょうか」

一方で、お笑い芸人にとって日本最高のコンテスト「M-1」最終決戦(上位3組)の舞台に、女性コンビが残ったことはないとして、太田は次のようにも言う。

「つまりTHE Wみたいに女性限定のイベントができるということは、まだ女性枠としてしか(女性が)評価されていないことの裏返しでもあります」

山田は出番前、スマホに保存されたネタ帳を確認(撮影:水谷竹秀)

今はお笑いに徹したい

THE Wには全部で636組の応募が寄せられた。準決勝までに33組に絞られ、TEAM BANANAも残ったが、決勝の舞台には立てなかった。

「ネタを終えた段階で私たちは今年、無理だなと思いました。単純にウケた量として、決勝に残るには不十分だった」

楽屋で仲間の芸人たちとリラックスムードの山田(撮影:水谷竹秀)

山田は数年前からアルバイトをしていないと言う。芸人だけの収入では生活に余裕がない。同棲中の彼氏と家賃8万円を折半し、光熱費や携帯料金、食費を支払ったらほとんど残らない。そんな彼女も今年で30歳。結婚や出産を意識し始めたが、今はお笑いに専念したいという。

「結婚できたとしても、子育ては少し遠い話かな。子育てに必要なお金もないし。それは自分の好きなことをやっているからであって、収入が不安定なのは仕方がない。本当に子育てがしたければ毎日バイトをやります。やはりどこかでまだお笑いのほうに軸足を置いているんです!」

「芸人と付き合っていなかったら結婚や出産をもっと意識したかも」という山田(撮影:水谷竹秀)

「生きているだけで赤字」

山田より5歳年上の30代半ばになると、女性芸人の事情はさらに切実だ。

大阪のなんばグランド花月の裏口。すらりとした女性が長い髪をなびかせ、自転車をゆっくり漕いでやって来た。エレベーターに乗って楽屋に入ると、まず空気清浄機のスイッチを入れ、続いて加湿器に水を注いでセットした。

「これは一番下の立場の人がやる仕事です。私は入ってまだ1年目なので」

公演当日朝、谷川は自転車に乗ってなんばグランド花月の裏口に入って来た(撮影:水谷竹秀)

愛知県出身の谷川友梨(34)。芸歴は15年ながら、大阪の吉本新喜劇に所属するようになったのはほんの1年前からだ。

谷川は鏡の前に座り、アイラッシュカーラーでまつげを整え始めた。近くに立て掛けた台本には、かなり読み込んだ形跡がある。

楽屋でメイクアップを済ませ、髪を巻く谷川(撮影:水谷竹秀)

「私は関西弁の発音がよく分からないのでイントネーションを書き込むんです。だから覚えるのに人の2倍かかります。昔、大阪に住んでいましたけど、細かいイントネーションは難しくてできません」

広さ8畳ほどの楽屋で朝食を取る谷川(撮影:水谷竹秀)

3月下旬のこの日は、3回の公演が控えていた。谷川は、旅館のオーナーと女将の娘役。父親だと思っていたオーナーが育ての親で、実の父は暴力団組長だった、というストーリーだ。劇場は春休みとあって立ち見客が出るほどで、終始、笑いに包まれた。

舞台上で演じる谷川の姿は、客席からまぶしく映った。

谷川の演技が会場の涙を誘う場面も(撮影:吉本興業)

だが、ひとたび劇場を離れると、そんな見た目の華やかさとはかけ離れた現実が待っていた。

「この年になって親から金銭的に援助を受けているのは恥ずかしい限りですけど、そうしないとやっていけないんです。今は生きているだけで赤字です」

谷川は冗談交じりにそう打ち明ける。

芸人の収入では月6万円の家賃を支払うのが精いっぱい。新喜劇は直前に公演日程が決まることが多いため、アルバイトも思うようにできない。だから、食費はできるだけ節約する。

「スーパーで半額のお弁当かスティックパン。ご飯チンしてふりかけをかけて食べることもあります」

言っている自分が恥ずかしくなったのか、谷川は大笑いした。

台本には関西弁のイントネーションが書き込まれていた(撮影:水谷竹秀)

芸人か子育てか

谷川が吉本新喜劇と出会ったのは、不登校状態だった中学生の頃にさかのぼる。テレビで見る芸人たちの姿に心を救われたという。

「人を笑わせるのって何て素敵な職業なんだろう。私もブラウン管の向こう側の世界に立ちたい」

なんばグランド花月近くの養成学校でストレッチ、筋トレに励む芸人たち(撮影:水谷竹秀)

高校を卒業後、アルバイトでお金を貯め、20歳でNSC大阪に入学した。在学中から新喜劇のオーディションを受けるも落選し、先輩から薦められた男性芸人と漫才のコンビを組んだ。それも日の目を見ずに8年経って解散した。30歳が目前だった。

「自分の人生を考えた時に、結婚して子どもを産みたいという夢もあります。でも、子どもを産んでしまったら(お笑いの世界に)自分の居場所がなくなってしまうんじゃないか。実際、結婚や出産を機に引退する女性芸人もいましたので」

自分に漫才の実力がないことも悟った。だが、芸人の道を諦めることができず、憧れの新喜劇に再挑戦したいという思いが湧き上がった。そのほうが自分を生かせるのではないか、と。

そして東京の新喜劇のオーディションに合格し、上京を果たす。だが、東京では新喜劇の舞台数が少なく、アルバイトの日々に。再び大阪に戻ったのは昨年春だった。

「ブラウン管の向こう側の世界に立ちたかった」という夢を実現させた谷川(撮影:水谷竹秀)

「東京を去る時、今から新喜劇に入り直してある程度の立場になって、結婚して出産するまでにあと何年かかるんだろう、と。不安はありましたが、新喜劇がどうしてもやりたくて。諦めて結婚、出産の準備をすることも考えましたが、まだやりきっていないという気持ちが残っています」

谷川は、38歳まで芸人を続けると決めている。大阪に戻ってきた33歳の時点で「5年」を期限にした。

「ア!エ!イ!ウ!エ!オ!ア!オ!」と発声練習の声が響き渡る(撮影:水谷竹秀)

「もしその時に仕事がなければ諦めるかもしれません。でも踏ん切りがつかないかな……。まだ売れることを諦めきれない自分がいるんです」

NSC大阪を卒業した14年前、同期の女性芸人は数十人いた。今は谷川を除いてたった2人。うち1人はものまね番組に登場する加藤誉子である。「和牛」や「かまいたち」を始め、同期の男性芸人が20人以上も残っていることを考えると、やはり女性芸人の寿命は短いと言わざるを得ない。

30代のある女性芸人は、20代半ばの時にお笑いに集中したくて子どもを産まなかったが、結局売れることは叶わなかったので、子どもを産むことに決めた。

中には子育てをしながら芸人を続ける女性もいる。ライブの時は、息子を実家や一時保育に預けながら出番をこなしている。彼女はこう話してくれた。

「先日もタクシーで一時保育に息子を預け、それからライブに行き、その後、打ち合わせが入ったので夫に迎えに行ってもらいました。子育てをしながら芸人を続けるのがこんなに大変だとは思わなかった」

これはあくまで、夫が「女性芸人」という立場を理解してくれているからこそだ。だが、一時保育ではなく、認可保育に子どもを預けようとしたら、途端に事情は変わる。芸人はフリーランスという立場になるため、正社員の女性が子どもを預ける場合に比べて待機児童になる確率は高くなるからだ。

銭湯ののれんが掛けられた女性の楽屋(撮影:水谷竹秀)

前出の社会学者、太田は語る。

「企業であれば、不十分かもしれないが産休や育休はある。ところが芸人は事務所に所属してもフリーランスという立場のため、何も保証されていません。そのうえ出産とか育児になると、芸人の世界では、女性にだけ負担がかかるのが当然と考えられている。そこにユニオンや労働組合も実在しません。だから女性芸人は早く売れなきゃいけないというプレッシャーがあるのかもしれません。売れていれば、主張しやすいからです」

男性の場合、売れていなくても芸歴を重ねる者は多い。一方で、女性は売れっ子にならない限り芸人を続けるのは難しい。芸人人生を取るか、結婚や出産、育児を取るか。その二者択一が女性たちの頭にちらつく現状こそが、日本社会において女性芸人がキャリアを積むことの厳しさを示している。


水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクションライター。1975年、三重県桑名市生まれ。上智大学外国語学部卒。新聞記者やカメラマンを経てフリーに。現在、フィリピンを拠点に活動する。2011年、『日本を捨てた男たち』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。』(集英社)。

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