いま、30代、40代の女性たちの間で「卵子の凍結」への期待が高まっている。少しでも若いうちに卵子を凍結して老化を止め、将来の出産に備えようというのだ。がん患者が治療前にあらかじめ卵子を凍結することはあったが、「卵子の老化」が広く知られるようになった数年前から、健康な女性が卵子凍結に踏み切るケースが増えているという。実際に凍結した卵子を使って、体外受精に成功し、出産した例も複数ある。一方で、日本産科婦人科学会は健康な女性の卵子凍結について、リスクが高いため「推奨しない」としている。卵子凍結の実態を追った。
(取材・文=NHKクローズアップ現代+“卵子凍結”取材班/編集=Yahoo!ニュース編集部)
「凍結しなければ、この子はいなかった」
「やっぱり親子で川の字で寝てるときに『ああ、平和だな』って思います。一番好きな人との間に子どもを授かって本当によかったと思います」
取材に応じた40代半ばの女性はそう話す。女性は40歳を過ぎてから、凍結した卵子を使って女児を出産した。
女性は看護師として働き、夜勤もこなす忙しい毎日を送ってきた。自分の仕事に誇りもある。もっとキャリアを磨きたい。「いつかは子どもが欲しい」と思いながらも、目の前の仕事に追われてきた。そしてパートナーがいないまま迎えた30代後半。卵子の凍結を決断。不妊治療専門のクリニックで施術を受けた。
「好きな人もいなかったから、とりあえず30代後半で卵の老化を一旦ストップしました。追い詰められていた気持ちがちょっと解放されました」
転機は40歳を過ぎてから。友人の紹介で知り合った男性と結婚。初めは自然妊娠を試みたり、通常の不妊治療を繰り返したりしたが、子どもを授からなかった。そこで凍結していた卵子を使って体外受精をしたところ1回で妊娠、出産した。
「30代後半の卵だから出産できたんですかね。夫も『君の卵には変わりないんだから、よくやったね』という感じ。卵子の凍結をしたことで、大きく人生が変わりました」
「卵子の老化」は30代半ばから加速する
なぜ、女性たちは卵子の凍結に踏み切るのか。背景にあるのが、卵子の老化だ。30代半ばを過ぎた頃から卵子の老化は加速する。形が崩れた卵子や、酸化が進み赤く変色した卵子など、質の悪い卵子の割合が年を重ねると増えてくる。老化の影響が最も顕著に現れるのは、精子と受精した後だ。通常、受精卵は細胞分裂を繰り返して成長を続ける。しかし、老化した卵子の場合、染色体の異常などが原因で、途中で成長が止まってしまう割合が増える。
こうした老化の影響が出ると、不妊治療をしても出産することは簡単ではない。体外受精をした結果、子どもを出産できる確率は、35歳の卵子で18.1%、40歳になると8.1%、45歳では、0.8%まで下がる(日本産科婦人科学会2014年統計)。卵子の凍結を望む女性たちは、将来の出産に備え、老化する前の卵子をとっておきたいと考えているのだ。
女性の体に負担を強いる“リスク”
卵子の凍結は、どのように行われるのか。今回、まさにこれから卵子を凍結しようとしている女性が取材に応じてくれた。女性は40歳、独身。大手金融会社で総合職として働いている。
「年齢が45歳になったときに、『45歳の卵子じゃなくって40歳の卵子があるんです』と。将来、もし不妊になっていたとするならば、『使える手段あります』とは言えるかな」
凍結までの8日間、女性は連日、クリニックに通わなければならない。毎日、ホルモン注射を打つ必要があるからだ。通常、排卵のために卵巣の中で育つ卵子は、月に一つだけだ。しかし、一度の手術でできるだけ多くの卵子をとるため、薬の力で本来育たない卵子を育て、採取できる数を増やすのだ。
手術前日の夜。女性には、卵巣が通常の倍以上の大きさに腫れる変化が起きていた。「今はもうお腹全体が重い。ずしーんっていう感じ。もうちょっと立ってるのがつらいです」。
そして、手術当日。手術台に乗せられた女性に全身麻酔がかけられる。医師が手にしていたのは、ストロー状の特殊な針。膣から貫通させ、卵巣まで刺し込み、卵子を一つずつ吸い出していく。手術時間はおよそ30分。女性の卵巣から、19個の卵子が取り出され、そのうち状態のいい15個が凍結された。
卵子の凍結は本来、がん患者が放射線治療の影響から卵子を守るためなどに使われるものだ。日本産科婦人科学会は、健康な女性の卵子凍結はリスクが高いため「推奨しない」としている。そのリスクとは、1)卵巣が出血し、将来不妊になる恐れがあること、2)高齢出産を助長すること、3)子どもへの影響が不明な点が多いこと、4)そもそも妊娠できる可能性が低いことだ。
さらに、費用は全額自己負担。手術を受けた40歳の女性が払ったのは、98万円。手術代や凍結代に加え保存料金も上乗せされ、費用は高額になる。
「卵子凍結は“保証”ではなく“保険”」
東京、中央区にあるオフィスビル。その一角に、卵子凍結の仲介を行う企業がある。開業した去年3月から今年10月の間に、ここで97人の健康な女性が卵子を凍結している。凍結時の平均年齢は38歳で未婚率は92%。卵子の老化に直面する女性たちが凍結を希望して訪れる。しかし、代表の香川則子氏は「卵子凍結は、本来勧めてはならない技術なんです」と話す。相談に訪れた女性には、卵巣を傷つけるリスクがある一方で、凍結した卵子を解凍し、体外受精を行ったとしても、必ずしも出産できるわけではないことなどを、丁寧に説明する。
「いま日本で体外受精に成功し出産できた人が年間およそ4万人いる一方で、体外受精をしても出産に至らなかった件数はおよそ35万件に上る。卵子凍結は“保証”ではなく“保険”。確かに体外受精の件数は増えているが、確率が大幅に上がったわけではない。不妊治療をすれば、確実に子どもができるというのは間違い」だと香川氏は言う。
その上で、卵子凍結の仲介を手がけているのは、女性が若くして出産することが困難な社会状況にあるからだ。
「妊娠に適した20代に産みなさいと言われても難しいのが今の社会。もっと女性が産み働きやすい社会に変われば、卵子の凍結なんて必要ない」
クローズアップ現代+「老化を止める?“卵子凍結”の真実 ~徹底調査!成功率は?リスクは?~」の放送は10月26日(水)午後22時~放送(NHK総合)。NHKへのご意見はこちら。
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撮影:田川基成
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝