日本では今、6組に1組の夫婦が不妊に悩んでいるという。なぜ、赤ちゃんができないのか――。原因は男性にもある。そして、専門医を訪ねる男性も少しずつ増えている。治療法はあるのか、費用はどの程度か。治療の先には吉報が待っているのか。男性不妊症をめぐる現場から報告する。(Yahoo!ニュース編集部)
ダイアモンド☆ユカイさんが語る「男性不妊症」の苦悩
伝説のロックバンド、レッド・ウォーリアーズの元ボーカリスト、ダイアモンド☆ユカイさんは8年前、46歳の時に無精子症と診断された。それからの苦悩は、動画の中で赤裸々に明かされている。まず、その動画を見てほしい。
ダイアモンド☆ユカイさんは、動画の最後でこう言う。
「不妊治療をやってると、人生が不妊治療になっちゃうんだよね。(自分の場合は)1年半とか、それぐらいしかないんだけど、一生続いている感覚なんですよ。だから俺はもう、子どもを授かることは諦めた。2度の失敗でね。もう妻の体が持たないし、精神的にもお互いに来ちゃってるし。やっぱり無精子症っていうのは、難しいんだなって思った」
難しいと思ったけれども、ダイアモンド☆ユカイさん夫妻は最終的に、子どもを授かった。
男性不妊の治療は何がどう苦しいのだろうか。埼玉県に住む現在通院中の笹木準一さん(32)=仮名=に話を聞いた。妻(33)とは2012年に結婚。そろって「子どもは3人ほしい。明るい、にぎやかな家庭を」と望んでいた。
子どもができないので、結婚の約1年後、専門のクリニックを訪ねたが、「2年経ってないから不妊じゃありません」と断られたという。当時の基準は、定期的な性交渉が2年間あっても妊娠しない場合、とされていた。
笹木さんが振り返る。
「(クリニックでは不妊症ではないかと)結構主張したんです。(子どもが)欲しいんですと......。だけど、その時は相手にされなくて。『まだ大丈夫ですから』というような慰めばかりで」
男性不妊にはさまざまな「原因」がある
夫妻は若い時に子どもが欲しかった。子どもの運動会で一緒に走りたかった。笹木さんは大学まで棒高跳びの選手で、妻も中距離の選手。体をいっぱいに使って子どもに教育を、と考えていた。
さらに2年後、二人は別の専門クリニックの門を叩く。不妊は、女性に原因があると思われがちだ。笹木さん夫妻も、最初は妻が通った。「でも、妻1人の責任でもないかな、と思って、僕も行くようにしたんです。世間一般では、男性不妊が多いですよ、って言われるので、ちょっと、行ってみようと」。
笹木さんはこのとき、自分の原因ではないことを確かめるために行ったという。
精液検査をしてみたら、妻ではなく、笹木さんに問題があることがわかった。「精子の数は多いんですけど、動きが悪かったんです」。その原因を調べた結果、「精索静脈瘤」と診断された。精巣の周囲の静脈に瘤(こぶ)のようなものができる病気だ。
厚生労働省の研究班の調査(2015年)によると、男性不妊の原因は「精巣で精子を作る機能が低下」が82.4%。その内訳は、原因不明(42.1%)を除くと、精索静脈瘤が30.2%で最も多い。
結果を知り、笹木さんは、埼玉県の獨協医科大学越谷病院で手術する道を選んだ。精索静脈瘤の手術とは、一般的にどんなものなのか。この病院の副院長で、リプロダクションセンター長の岡田弘・泌尿器科主任教授は、こう説明する。
「(血液が)逆流している静脈を結んで、閉じてやるわけですね。最近は、おなかを切ったり、腹腔鏡でおなかに鏡を入れたりという大きな手術ではなく、局所麻酔で精巣の付け根のところ、2センチほど皮膚を切開し、手術用の顕微鏡を見ながら静脈だけを止めてやる。施設によったら日帰り。手術の傷口も目立たない」
男性不妊にも年齢が影響
男性不妊の顕在化には、さまざまな事情がある。その一つとして、挙げられるのが「晩婚化」だ。
女性は高齢になるほど、妊娠が難しくなる。日本産科婦人科学会のデータによると、女性は45歳で人工授精・体外受精による出産率が1%以下になってしまう。
岡田教授によると、男性の不妊にも年齢の影響があるという。不妊症で子どもがいない男性は、35歳を境に精子の力が衰えていくことがわかったというのだ。
ところが、男性の年齢は不妊とあまり関係ない、との説がこれまでは広がっていた。岡田教授はその考えに警鐘を鳴らす。
「加齢は、男性にも変化を及ぼしている。それを認識しなければなりません」「結婚年齢が高くなった結果、生殖年齢の限界が迫っている人が増えています。だから、不妊症治療はできるだけ早く『夫婦で』することが大事です」
さらに岡田教授は、不妊の原因は男性にも女性にも等しく存在すると強調し、こう続ける。
「男の人は不妊症の外来や泌尿器科に行くことをためらってしまう。この傾向はほかでも同じ。健康診断の数字がちょっと悪かった時、女性はすぐ医療機関を受診する。男性は言い訳して、なかなか受診しない。よく分からないプライドと恐怖心がある。自分は病気にならない、という変な自信もある。これが実は非常に危険です」
不妊検査「まず女性から」が多数
男性不妊に対する男性の意識がいかに低いか。それを示すデータがある。横浜市立大学付属市民総合医療センターの湯村寧医師(生殖医療センター泌尿器科部長)をリーダーとする調査班が、厚生労働省の依頼で今年1〜2月に実施したインターネット調査だ。
不妊治療の経験を持つ男女や治療を検討中の男性ら、当事者333人から回答を得た。それによると、精液検査を受けたと回答した273人のうち、検査時期が「女性の検査が終わってから」は129人(47%)を数えた。これに対し「女性より先」は28人(10%)にすぎない。
「精液検査を受けたことがない」という回答は35人(10%)。理由の上位には「抵抗がある」「パートナーに言い出せない」が並んだ。こうした現状を前に、湯村医師は「医療側の情報発信をもっと増やすべきだ」と感じている。
「(不妊について)患者が分からないのは当たり前。医者がどんどん情報を発信していかないといけない。これから結婚する人たちも、不妊かもしれないということがあり得るわけです。そういうことから発信しないといけないし、性教育の中にも、そういう話を入れていかないといけないのかもしれません」
高齢化で遺伝子へのリスクも
あまり知られてない情報の一つに「治療費用」がある。「精巣内精子採取術」は約10万~45万円、「体外受精」は約30万〜40万円、「顕微授精」は約40万円。こうした費用を助成する制度もある。ただ、助成制度には年齢制限がある。
海外の不妊事情にも詳しい国立成育医療研究センターの齋藤英和・不妊診療科医長も「不妊の場合は早期の治療を」と呼び掛ける。海外の研究論文などもこぞって「高齢のリスク」を指摘しているからだ。
「お父さんの年齢が高くなると、(精子の)運動率や形態が悪くなるとかあるけど、さらに(問題は)遺伝子ですよね。ヒトの設計図のダメージも起きることが最近、分かってきたんです」
不妊治療を続ける笹木さんも今、年齢と戦っている。
「(不妊治療は排卵周期に合わせて)月単位で進んでしまうんで、すんごい時間をロスしている感じがして。あっという間に1年、2年経ってしまうんじゃないか、と」
焦りを感じる笹木さんを心配し、周囲の人たちも声をかけてくれるという。
「そのうちできるよとか、コウノトリが運んでくるものだからと言いますけど、それで気が楽になったことは、あまりないですね。結局、(子どもが)できない者はできないという現実があるので......。そこから逃げられないわけです」
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:藤元敬二
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝