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荒舩良孝

農作物被害は158億円 ベテラン狩猟者と初心者の融合で、解決目指す

2021/01/27(水) 18:10 配信

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シカやイノシシなど野生鳥獣による農作物被害は、2019年度に約158億円にものぼった。各地で猟友会が駆除にあたり、一定の効果も見られるが、メンバーの減少や高齢化が深刻になっている。そうした中、狩猟免許を持ちながら経験の浅い若手と猟友会を結びつけ、鳥獣被害の問題を解決させる動きが起きている。どのような仕組みなのか、効果は出ているのか。埼玉県秩父の狩猟現場を取材した。(取材、撮影:科学ライター・荒舩良孝/Yahoo!ニュース 特集編集部)

大型動物を捕獲する猟師たち

周囲の山々に目を向けると、ほとんどの木が葉を落として肌寒い様子を見せている。人口8000人ほどの埼玉県横瀬町。昨年12月上旬の土曜日の朝、駐車場にオレンジ色や黄色のベストを着た10人の男性が集まっていた。その多くが町を拠点とする「武甲猟友会」のメンバーだ。

メンバーはシカなどの大型動物を捕獲する「巻き狩り」に向かう。巻き狩りとは、獲物を撃つ「タツ」(射手)と呼ばれる猟師を山の中に配置し、狩猟犬を連れた「勢子(せこ)」と呼ばれる猟師たちが獲物をタツのいる場所まで追い込んで仕留める猟だ。打ち合わせをした後、タツは4人と2人の二手に分かれ、また、勢子の4人もそれぞれの持ち場へと向かった。

12月上旬の土曜日。巻き狩りに10人の猟師が集まった

4人組のタツの一人は83歳のベテラン猟師だ。山の登り口で経験の浅い3人に声をかけた。

「歩いて暑くなるから、なるべく薄着になって登ったほうがいい」

その後、ベテラン猟師は足跡などから、シカがよく通りそうな場所を見つけて3人の猟師をそれぞれ配置。獲物が来たときの撃ち方などもアドバイスした。ただ、そのうちの一人、吉田隼介さん(42)には道すがらこう声をかけた。

「俺はいつまで来られるかわからないから、今度は吉田くんが狩りをいろいろ教えてやってな」

吉田さんは「はい」と短く応じた。吉田さんは猟友会に所属する一方、狩猟後継者の確保・育成をおこなうスタートアップ企業「カリラボ」の代表でもある。

「狩猟免許は簡単に取得できますが、実際に猟をするにはものすごく高いハードルがあります。僕はもともと、2016年に免許を取得し、東京の猟友会に入っていたのですが、会での狩猟機会はありませんでした。狩猟ができずにペーパー猟師の人は、僕の周りには結構います。でも、横瀬町に来たら猟師不足で困っていた。猟師不足の地域と若手の狩猟者を結びつける仕組みができれば、みんながハッピーになるのではないかと考えたのです」

吉田さんは起業のきっかけをそう語る。

吉田隼介さん。平日は都内のIT企業に勤め、週末を中心に横瀬町で過ごす

秋から冬の猟期に活動

カリラボは2019年10月に創業した。サービス内容はおもに三つ。地元のベテラン猟師たちと一緒に狩りをするカリナビ、動物を捕獲するわなを共同で仕掛けるワナシェア、シカやイノシシ肉のバーベキューなどを楽しみながら狩猟を身近に感じてもらうイベントの開催だ。

このうち、カリナビとワナシェアは、基本的に狩猟免許を取得している人に向けての会員制のサービスだ。カリナビは猟期である11月15日から2月15日まで、ワナシェアは3月15日まで活動する。

カリナビは、武甲猟友会が週末や祝日におこなう巻き狩りに参加させてもらう。ただし、銃を使うため、安全面から、カリラボの参加者は吉田さんを含めて最大で4人にしている。

「カリナビやワナシェアの会員は、埼玉県の都市部や東京に住んでいる人がほとんどで、年代は30代から60代まで幅広いです。事業スタートから特に宣伝をしなくてもたくさんの問い合わせをいただきました。猟場探しに苦労していた人、技術を学びたい人が多いです」

吉田さんは東京都世田谷区と横瀬町の2拠点生活をし、平日は都内のIT企業に勤めている。

狩猟事業に取り組むきっかけは、2017年に横瀬町に別荘を買ったことだった。週末を別荘で過ごすなかで、近くを通りがかった武甲猟友会の人たちを見かけ、思わず追いかけていった。そこで前年に狩猟免許を取得し、猟銃も所持していることを伝えると、「今度、巻き狩りに来いよ」と誘われた。

吉田さんが購入した横瀬町の別荘。カリラボの拠点としても使用している

それから1カ月もしないうちに、実際に参加することができた。継続的に猟に参加するようになって実感したのは、狩りの楽しさだけではなかった。野生動物による農作物や山林の被害が想像以上に多いこと、駆除の担い手である猟友会員が高齢化していることなど、狩猟をめぐる課題をひしひしと感じるようになった。

そこで、狩猟免許があるのに狩猟機会のない猟師と、横瀬町をつなげることができれば、双方にとってプラスになるのではないかと考えた。

「実際にカリラボの説明会を開いてみると、参加したいという人がたくさんいました。巻き狩りへの参加や設置したわなの見回りで、外から横瀬町にやってくるきっかけになりますし、何よりも地域の獣害対策に結びつきます。事業収益を得るよりも、このような貢献ができることにおもしろみを感じました」

農作物被害額は158億円

農林水産省の調べによると、野生鳥獣による農作物の被害額は2019年度が158億円。その6割以上を占めるのがシカ、イノシシだ。本州以南のニホンジカの個体数は1989年度に28万頭だったのが2017年度には244万頭、イノシシは1989年度に25万頭だったのが88万頭と大幅に増えた。

(図版:ラチカ)

増えた要因の一つが、狩猟免許を所持する人の減少だ。環境省によると、全国の狩猟免許所持者数は1975年度の51.8万人から2016年度の20万人へと6割以上も減少。また、免許所持者の半数以上が60歳以上だ。要は、狩りをする人が減り、高齢化している。

武甲猟友会も最盛期には100人ほどの会員がいたが、現在は20人ほどだ。大半が70代、80代。10年後に活動ができなくなる可能性も指摘されていた。

被害に頭を悩ませる行政

こうした状況に行政も悩んできた。横瀬町の富田能成町長(55)はこう語る。

「シカ、イノシシ、サルなどに畑や果樹を荒らされる被害は、この20年ほどのスパンでは増加傾向にあります。理由の一つは山間地の人口減少です。農地を電気柵で囲う、爆竹を鳴らすなどの対応をしていますが、根本的な解決は難しい。猟友会の協力で有害動物の駆除に力を入れていることもあり、この数年は改善が見られます。ただ、猟友会の方々の高齢化は、由々しき事態です」

横瀬町の富田能成町長

町の地域おこし協力隊の元メンバーで、集落支援員の石黒夢積さん(33)もこう語る。

「農家さんからは、頑張って農作物をつくっても半分は動物に取られてしまうと嘆く声を聞きました。何のためにつくっているのかわからないし、買ったほうが安いと話す人もいます。猟師が減ると、農業を諦めてしまう人が増えると思います」

シカやイノシシの被害が多い山間地では、山の斜面を耕していることが多いため、農地面積や農業規模が小さいことが多い。被害額は小さいものの、農家にとって心理的なダメージが大きいのだという。

一方で、若手の猟師がすぐに力を発揮できるかというと、そう簡単ではない。命を落とす危険もある狩猟は、ベテランの指導の下、さまざまな経験を積む必要があるからだ。

山間の民家にはときおりシカなどが出没し、庭や畑を荒らしていくという

免許取得から狩猟までをスムーズに

現在、狩猟免許は、網猟、わな猟、銃猟の3種に大きく分かれている。網猟はおもに鳥を捕獲するもので、シカやイノシシなどの獣の捕獲には、わなや銃が使われる。基本的に猟場となる都道府県に狩猟税を納めていれば、猟友会に所属しなくても猟期に狩猟をすることはできる。

だが、銃やわなの使い方はもちろん、動物たちがどこの道を歩くのか、集まる場所はどこなのか、猟場となる山や森についても詳しく知らないと捕獲は難しい。仮に捕獲できても、山から下ろし、解体処理するには仲間の猟師の協力が必要になる。地域の猟友会は、猟師が協力態勢を組むハブの役割を担っている。

秩父地域で暮らす70代の猟師はこう説明する。

「法律的には、免許を持っていて、埼玉県の狩猟許可があれば、猟区で誰が猟をしてもいいことにはなっている。ただ、地元の猟師たちの間では、暗黙のうちに猟場が決まってる。やっぱり地元で猟をするには、猟友会に入ってもらわないといけないな」

免許を持っていても、知り合いがいない猟友会に入るのには、なかなか勇気がいる。環境省鳥獣害保護管理室の担当職員も、免許取得から実際に狩猟をするまでのハードルを下げる必要性を感じている。

「都道府県の猟友会で、初心者の方々に技術を教えたり、同行して技術や知識を伝えたりしているところもあります。これからはそういう取り組みが必要になってくると考えています」

吉田さんのカリラボには、免許はあるものの、なかなか狩猟の機会がなかった人たちが集まってきた。

同行取材した日は、巻き狩りで獲物は捕れなかったが、前日に2頭のシカがわなで捕獲されたため、カリナビの参加者も含めて5〜6人で解体し、肉は参加者で分け合った

「本当は一人で山に入って猟をしたいのですが、とっかかりがなくて。猟の体験を重ねれば、どこで銃を撃てばいいかもだんだんわかってきますし」

カリナビを通じて12月の巻き狩りに参加した40代の男性は、そう語った。アウトドア好きが高じて2019年に狩猟免許を取得したというが、猟の経験はこれまでに2回。横瀬町での巻き狩りへの参加は今回が初めてだった。

武甲猟友会の会長を務める楮本佳司さん(68)は、カリラボの活動を好意的に受け止めている。

「こういう活動で猟の楽しみを知る人たちがどんどん増えてくれればいいなと思っています。昔の猟師はよそからやってくる者は絶対に入れないという主義の人が多かったけど、今はよその人でも仲良くしていかないと。どこでもそうだと思いますよ」

横瀬町を拠点とする武甲猟友会の楮本佳司会長

ワナシェアの取り組み

ワナシェアは今年度、11人の会員が集まった。狩猟期間に共同でわなを設置する。わなに獲物がかかれば、会員で解体し、肉も分け合う。

11月下旬、吉田さんと会員9人でわなを設置することになった。仕掛ける場所は、シカが頻繁に出没する吉田さんの別荘周辺。当日朝、吉田さんは事前に設置したトレイルカメラ(監視カメラ)の画像を会員に示し、シカの動きを説明した。

「この場所で11月8日に雄ジカが写っていたのですが、これ以降はシカが来ていない可能性があります。理由はよくわかりませんが、11月15日から猟期が始まっているので、その影響でシカの動きが変わっているのかもしれません」

設置するわなは、ワイヤーで動物の足をとらえる「くくりわな」というもの。地面に踏み板とそれを取り囲むように配置したワイヤーを仕掛け、動物が踏み板を踏むとワイヤーが締まり、足をくくるという仕組みだ。

参加者たちは猟場に行き、足跡や地形を確認して、動物が通りそうな道にわなを仕掛けていく。わなに触れるのはわな猟免許の所持者のみだが、いずれの人も経験が浅く、設置に四苦八苦していた。

参加者たちはグループに分かれてわなを仕掛けた。わなは最終的に吉田さんが確認し、適切に仕掛けていく

参加者の中に、さいたま市の60代の母親と30代の娘の親子がいた。2人は昨年9月にわな猟と銃猟の免許を取得したばかりで、猟の経験はまだなかった。

「わなを仕掛ける場所もわからないので、初歩的なところから教えていただこうと思い、参加しました」

娘はワナシェアの会員になった理由をそう話し、母親は一人ではなくグループで取り組めるよさを語った。

全国の問題解決につながる

わな猟では捕らえた獲物を長時間苦しめないため、その日のうちに処理、解体する慣習がある。わなを仕掛けた後は、本人が毎日見回ることが求められるが、ワナシェアでは吉田さんと参加者でスケジュールを調整し、交代で見回りをすることになっている。

従来とは違うスタイルについて、違和感を覚える猟友会のメンバーもいるかもしれないが、前出の石黒さんは「カリラボと地元猟師の理解を深めるため、地元に暮らす私がつなぎ役になれれば」と述べた。

石黒さんは吉田さんの勧めで2019年にわな猟の免許を取得し、武甲猟友会にも所属。そして2020年度はカリラボの活動も手伝っている。カリラボの活動の重要性を感じているからこそ、地域との相互理解が重要だという。

富田町長も「カリラボの活動には注目している」と話す。

「吉田さんの提案は、横瀬町が抱える鳥獣害問題や猟師の高齢化といった社会課題にストレートに取り組むものです。カリラボの活動で若い人たちに狩猟や横瀬町に興味を持ってもらえたら、すてきだなと思います」

吉田さんは横瀬町でカリラボの活動を続けていくことが日本全体の有害鳥獣対策につながると考えている。

「この活動を何年か続けていけば、経験やノウハウが蓄積され、他の地域に伝えられる人も出てくると思います。そういう人たちを増やして、日本全体に広げていければと思います」

猟師の減少、高齢化は日本中の山間地で起きている


荒舩良孝(あらふね・よしたか)
1973年、埼玉県生まれ。科学ライター/ジャーナリスト。科学の研究現場から科学と社会の関わりまで幅広く取材し、現代生活になくてはならない存在となった科学について、深く掘り下げて伝えている。おもな著書に『重力波発見の物語』『宇宙と生命 最前線の「すごい!」話』『5つの謎からわかる宇宙』など。公式note

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