御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会
猫が大量繁殖し、海鳥が激減 「島の生態系を守れ」――捕獲活動に奮闘する人たち
2020/07/13(月) 18:00 配信
オリジナル伊豆諸島の御蔵島でこの20年間、猫が大量繁殖している。もともと島外の人間が島に持ち込み、野生化したものだ。島を世界最大の営巣地としていた海鳥、オオミズナギドリが猫に捕食され、壊滅的な被害が出ている。生態系への影響も大きい。「害獣」になってしまった猫を捕獲し、島外で暮らせるようにしようと奮闘する人たちがいる。その取り組みを追った。(ジャーナリスト・秋山千佳/Yahoo!ニュース 特集編集部)
離島の森からきた猫たち
東京・人形町のビルにある保護猫カフェ「たまゆら」。うららかな陽光の照らす店内では14匹の猫たちが、うたた寝したりじゃれ合ったりして過ごす。のんびりした空気は近隣のビジネス街とは別世界のようだ。だが、新型コロナウイルスの影響で約2カ月間の休業を余儀なくされた。休業は猫にとってもありがたくないことと店長の今場奈々子さんは語る。
「猫が人馴れするには、いろんな人が来て遊んでくれることが最も効果的です。この子たちにとってお客さんは、私たちスタッフのように叱らず、ひたすらかまってくれる存在だからです」
たまゆらの特色の一つは、すべての猫が里親(飼い主)を募集していることだ。訪れた客は猫と遊んだりしたのち、一定の条件をクリアし、合意がとれれば、里親として引き取ることができる。
そしてもう一つの特徴が、店にいる猫の大半が伊豆諸島の御蔵島(みくらじま)出身であることだ。今場さんは、そうした猫たちを「穏やかな性格の子が多い」と言う。
「人間と接点なく育っていて、嫌な目に遭っていないからかもしれません。お客さんに『この子たちは離島の森で暮らしていたんですよ』と説明すると、ビックリされます」
もっとも猫たちが御蔵島から連れてこられた理由は、飼い主を探すためだけではない。島の環境保護のために捕獲されたという面が大きい。
夜の捕獲器点検とオオミズナギドリ
東京都心から南へ約200キロ、御蔵島は伊豆諸島の三宅島と八丈島の間に位置する。面積は約20平方キロ、島の大半は豊かな原生林に覆われている。村民は約300人。周辺海域にミナミハンドウイルカが棲み着いていることで知られ、多くの観光客が訪れる。
まだ肌寒い3月の午後7時半。暗くなった山沿いの道をワゴン車が走っていく。車内にはアウトドアウェアを着てヘッドライトをつけた男女二人。
「このへんかな」
「そうだね」
言葉をかわすと車から降り、草むらに設置した猫の捕獲器に近づく。
捕獲器には猫用ウェットフードや鶏の唐揚げが置かれ、中に入った猫が踏み板を踏むと入り口が閉じる仕組みだ。この日は明るいうちに計19台の捕獲器を道路脇や木の根元、川のそばなどに仕掛けてあり、すでににおいの薄くなったエサを手際よく交換していく。
彼らが猫を捕まえるのは、島に生息する鳥を守るためだ。東アジア固有の海鳥、オオミズナギドリ。サクユリや明日葉(あしたば)の生い茂る足元をよく見れば、ところどころ土に穴が掘られている。オオミズナギドリの巣穴だ。越冬のため11月中旬に赤道海域へ渡り、2月末ごろから徐々に御蔵島へ帰ってくる。
「今年は鳴き声がまばらだね」
「また数が減っているのかも」
作業する二人がつぶやく。
オオミズナギドリは全長50センチほどでカラスほどの大きさ。だが翼を広げると約1.2メートルにもなり、海上で長く滑空する能力に長けている。その半面、離着陸がうまくできない。離陸では足で歩いて木の高いところまでゆっくり登り、そこから落ちる勢いを借りて飛び立つ。着陸では滑空状態から木に体をぶつけて地面に落ち、巣穴へよたよた歩いて戻る。天敵のいなかった御蔵島を世界最大の営巣地としてきた。
だが、野生化した猫が2001年ごろから増えだすと、オオミズナギドリは急減しはじめた。
そこで、オオミズナギドリが襲われないよう、猫の捕獲活動を2017年から続けているのが、「御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会」の長谷川潤さん(51)と草地ゆきさん(46)だ。長谷川さんが暗い森を見回しながら語る。
「ここはオオミズナギドリの営巣地があるエリアですが、研究用に設置した監視カメラに猫がよく映っているんです。今は島のどこにでも猫がいます」
二人が精力的に行う猫の捕獲活動だが、彼らの前に御蔵島村役場などとともに始めた人がいる。山階鳥類研究所の上席研究員(現フェロー)、岡奈理子さん。オオミズナギドリ研究の第一人者だ。
猫の捕食でオオミズナギドリの93%以上が激減
岡さんは次のように語る。
「1978年の東京都の調査では、御蔵島のオオミズナギドリは推定で175万から350万羽おり、世界繁殖数の約7〜8割をこの島が占めているほどでした。それが、今では93〜97%も減りました」
推定175万〜350万羽いた島のオオミズナギドリは、2007年の環境省の推定調査では100.7万羽に減り、さらに2012年に77.1万羽、2016年に11.7万羽と激減していることがわかった。
その理由は大きく二つあると岡さんは言う。
一つは、海洋環境の変化だ。海水温が上がり、エサとなるカタクチイワシの群れが北上、御蔵島から遠ざかった。そのせいでヒナにエサを運搬しにくくなっているという。
そしてもう一つ、より直接的な原因が猫だ。もともと島に野生の猫は生息していなかった。岡さんが初めて御蔵島を訪れたのは1976年。当時、森の中で猫を見ることはなかったという。その後およそ10年ごとに島に入っていたが、大きな変化はなかった。ところが、2001年に数匹を見かけた。
「当時の役場の担当者の話では、道路工事のためにやってきた島外の労働者が猫を連れてきたようです。放し飼いにして、避妊去勢手術もしていなかった。その後、本人は島を離れ、残った猫が10匹ほど確認されたとのことでした」
猫は多産な動物で、メスは生後半年ほどで生殖能力を持ち、年2度の繁殖で計10匹ほど産むこともある。岡さんらの監視カメラなどによる調査では、島内の生息数は2010年代を通じて推定300〜500匹台で推移してきたという。
一方、オオミズナギドリは少産型の鳥だ。5〜6歳ごろようやく初繁殖に至り、1年に一つの卵しか産まない。そんな彼らが、増え続ける猫に襲われてきた。猫のフンには羽毛が混じるようになり、採食目的でない狩猟によって首をなくしたヒナの死骸も見つかるようになった。2005年には集落にある鶏小屋が猫に襲われ、飼育していた複数の鶏が全滅するという事件も起きた。
捕獲活動の開始と環境保全
御蔵島村は同年から、猫を捕獲してTNRを実施した。TNRとはTrap(罠で捕獲)、Neuter(去勢)、Return(元の場所に戻す)という活動のこと。猫を殺処分せず、繁殖をしないようにして生かす措置だ。2005年9月から2016年2月までの活動で、その数は約420頭に及んだ。
だが、オオミズナギドリは減り続けた。理由は後になってわかったと長谷川さんが語る。
「TNRによって猫の数を減少に転じさせるためには、全頭数の8割以上の猫に避妊去勢手術を行う必要があります。でも、監視カメラで捉えた映像を見ると、撮影された猫のうち、『耳カット』(耳の一部をカットして避妊去勢手術済みの証となる)された猫は全体の約3割にとどまっていました。また、島の猫たちは長生きで、TNRで放されても、オオミズナギドリを食べ続けていたのです。彼らはたらふく食べて栄養状態が良い。島には猫特有の病気も少なく、交通事故もほぼない。10歳程度の高齢猫もよく捕まり、都会の野良猫と比べてはるかに長生きしているようでした」
そこで取られた新しい対策が、捕獲した猫の島外への持ち出しと里親の募集だった。岡さんをはじめ、獣医師、村役場、観光協会も連携し、島外に猫を連れ出す「御蔵島ノネコ里親プロジェクト」が動き出した。初回の2015年2月1〜13日の捕獲活動では野猫30匹を捕獲し、前年12月に捕獲していた12匹と合わせて42匹の中の子猫や若猫20匹に里親を見つけることができた。
オオミズナギドリが食べ尽くされれば、森や海にもダメージが及ぶと岡さんは危惧する。
「御蔵島の豊かな森林は、地元の人たちが守ってきた歴史とともに、オオミズナギドリがフンによって海の栄養を陸に上げてきた背景があります。フンには窒素が含まれます。そんな土壌の栄養がやがて海へと流れ出て魚が集まり、回遊性のイルカも居着いている。島を象徴するイルカは、御蔵島の生態系が海も陸もつながっていることを示す存在なのです。しかし、オオミズナギドリがいなくなれば、そうした生態系が崩れてしまう懸念があります」
科学館職員の長谷川さんとツアーガイドの草地さんは、御蔵島でイルカと泳ぐドルフィンスイマーだった。
2015年、長谷川さんはドルフィンスイミングで訪れた際、島に貼ってあった「猫の里親募集」のポスターを目にした。岡さんがプロジェクトで募集した猫だった。翌年、1匹の猫を引き取ろうと長谷川さんは岡さんに連絡。そこでオオミズナギドリと猫の問題が想像以上に深刻だと知った。
長谷川さんは草地さんと話し合い、同年11月、「御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会」を立ち上げた。当初の目的は岡さんたちの活動の広報だったが、翌夏、岡さんから「捕獲をやってみない?」と持ちかけられた。
「大好きな御蔵島」のための捕獲活動
捕獲経験はなかった長谷川さんは、親しい動物保護団体や獣医師に連絡し、協力を仰いだ。
「2011年の東日本大震災以降、僕は被災動物の保護活動に携わっていました。そこでつながりのあった人たちが力を貸してくれたんです」
草地さんも続ける。
「最初に捕獲のノウハウを教わることができた。また、そのときの団体が、島で捕獲した猫の一部を島外で預かってくれるようにもなった。この経験が大きかったです」
そこから捕獲と保護に関わる人の輪が広がった。村役場や観光協会、島で暮らす人たち。さらに、岡さんのように島でオオミズナギドリと猫の研究をする大学院生とも連携し、猫の捕獲率を向上させていった。
同時に、捕獲した猫を島外で安心して引き取ってもらえる環境整備にも取り組んだ。里親募集を始めてみると、森で暮らしてきた猫の人馴れや健康状態に不安を持つ人がいた。そこで実際の姿をイメージしやすいように、既に飼われている島出身の猫たちの写真展を開くようになった。そこでまた出会いがあったと長谷川さんが言う。
「2018年10月の写真展で『御蔵島の猫を預かりたい』と申し出てくれたのが、保護猫カフェ『たまゆら』の今場さんでした。今場さんのおかげで、『たまゆらさんに行けば、森の中で暮らしてきた猫でも人馴れすることがよくわかりますよ』と言えるようになりました」
米国立スミソニアン動物園・保全生物学研究所の研究者ピーター・P・マラらの著書『ネコ・かわいい殺し屋』によると、ニュージーランドの離島では1890年代、たった1匹の妊娠したメス猫が人間に連れ込まれたばかりに、現地で繁殖が広がり、固有種の鳥を絶滅させたことがあるという。人間が猫を安易に運ぶことによる類似の事例は、世界中の離島で繰り返されてきた。そんな歴史に今、御蔵島も連なる。
長谷川さんと草地さんは「大好きな御蔵島の問題だから」と自腹を切って活動してきた。冬には月1回程度、それ以外のシーズンは不定期に島を訪れ、これまでに約60匹の捕獲・島外持ち出しをしてきた。1回に10匹かかった時もあればゼロの時もあり、時期や天候に左右されるという。長谷川さんは語る。
「本来は都や環境省がやるべきことだと思います。ですが、島からオオミズナギドリがいなくなれば、ゲームオーバー。行政が目を向けてくれるのを待っていられないんです」
そして、猫の繁殖力の高さとオオミズナギドリの減少ペースから「短期決戦にしないといけない」とし、次の冬に大規模捕獲を実施できないかと検討している。ただ「たまゆら」は定員15匹のため、捕獲した猫のさらなる預け先を確保するのも課題だ。
暗闇で光る子猫の目
真っ暗な中、外に出ると、海から冷たい風が吹いていた。
午前4時、長谷川さんと草地さんは、捕獲器を回収するため再び山へ向かった。濃い闇の中、森全体が「ピーウィー」「グワー」というオオミズナギドリの鳴き声に包まれて賑やかになっていた。二人は車を走らせ、森の奥へと進み、捕獲器を確認しては回収していく。途中、道端や木々の間でオオミズナギドリが歩く姿はたびたび目にした。だが、捕獲器に猫の姿は見られない。
「うーん、いないね」
「もうおなかいっぱいだったのかな」
そんな回収作業の途中、「あ」と長谷川さんが声をあげた。10メートルほど離れた山の斜面、木々の奥で小さな二つの目が光った。「子猫ちゃんですね……」と草地さん。姿は見えても捕獲器に入らなければ捕まえられない。
結局この日は捕獲ゼロに終わった。
それでも手ぶらで帰るわけではない。二人は村が捕獲・一時保護していた猫3匹をキャリーケースに入れると、ヘリコプターとフェリーを乗り継いで島を離れた。
フェリーが帰着する東京・竹芝桟橋では、移送ボランティアの女性が、二人と猫の到着を待っていた。女性がにこやかに声をかける。
「今回は3匹なんですね」
猫たちは女性の車でそのままボランティア獣医師の元へ運ばれていった。ワクチン接種などの処置を受けた後、長谷川さんの自宅に設置した「森ネコの部屋」での仮住まいに入る。二人が世話するのは常時10匹前後。避妊去勢手術や人馴れが一定程度進んだ段階で、「たまゆら」へ引っ越しとなる。
「今回の子たちは皆、推定生後6カ月で無邪気さがありますね。そんな彼らもあと半年島にいたら、立派なハンターになっていたことでしょう」と長谷川さんは言う。彼らがオオミズナギドリの狩りを覚える前、そして繁殖する前に島外へ連れ出せたことで、救われる命がたくさんあるのだ。
活動で広がった人の輪
有志の会発足から3年半。捕獲した猫を家族に迎えた里親や、猫を一時預かるボランティア、活動資金や物資の支援者……活動に関わる人の裾野はぐんと広がった。
猫の保護活動という面から会が「動物保護団体」と称されることも増えた。だが、長谷川さんはその呼称を否定する。
「都市部の野良猫と違って、御蔵島の猫は食料も水もあって、猫同士も仲がいい理想的な環境にいます。そんな場所から引き剥がすのは、彼らからすると『保護』ではなく『捕獲』。それに、そもそも活動はオオミズナギドリを守るのが趣旨。それを考えると、僕たちは『自然保護団体』だと思っています」
草地さんも、長谷川さんの言葉にうなずいて続ける。
「御蔵島の猫は人間の都合で連れ込まれて、また暮らしを変えられてしまうわけで、彼らに申し訳ない気持ちもあります。でも、オオミズナギドリだって猫と同じ命だし、猫が現れたことで殺されていくのは人間に責任がある。やはり私たちの活動の根本にあるのは、オオミズナギドリを守りたいという思いなんです」
御蔵島の森の奥で目を光らせていた子猫も、海を渡る日はそう遠くないかもしれない。
秋山千佳(あきやま・ちか)
ジャーナリスト、九州女子短期大学特別客員教授。1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。記者として大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当。2013年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』『戸籍のない日本人』。2匹の保護猫と暮らす。公式サイト