遺影用の写真を撮っておく人や、遺影に「自分らしさ」を求める人が増えているという。なぜ、事前に準備をしようと思うのか。日本初の「遺影専門」を掲げる写真館や、シニア女性に人気の写真館などを今回取材し、変化する遺影のいまを追った。(文・写真/鬼頭志帆/Yahoo!ニュース 特集編集部)
70歳の記念に「一念発起」で遺影撮影
キンモクセイが香る10月のとある朝、東京都中野区の住宅街にある写真館「素顔館」。館長の能津喜代房さん(71)がカメラのシャッターを切りながら、田中たかしさん(仮名・70)に語りかける。
「現役の頃はどんなお仕事を?」
「充電機器の制御をしてましてね」
「技術職って感じだよね。営業って顔してないもんね」
素顔館は日本で初めての「遺影専門」を掲げる写真館だ。
この日、来店したのは田中たかし・えりこ(仮名)夫妻。えりこさんは現役時代、東京のある区役所で公務員として働いていた。数年前に素顔館のことをテレビで知った。夫婦ともに70歳となった記念に「一念発起して」電話したという。たかしさんが言う。
「若いときに撮った写真のほうが、(遺影としては)自分らしいと思うんだよね」
素顔館の能津さんも、その通りと応じる。
「例えば90歳までお元気だったとしても、遺影は80歳くらいの少し若い写真がいいと思います。心も体も元気なときの顔のほうが、周囲の人も違和感がないからです」
その言葉に、田中夫妻も安心したようにうなずいた。
夫妻が遺影を撮ろうと思ったきっかけはもう一つある。えりこさんの親が亡くなったときの遺影に不満があったからだ。えりこさんが振り返る。
「母が急に亡くなり、その後で父が亡くなりました。でも二人の遺影写真を並べたとき、8歳若い母のほうがむしろ年を取って見えた。遺影がよくなかったのです」
そもそもいい遺影は、構えず、心が笑っているときに撮影したものだと能津さんが言う。
「『はい、チーズ』で構えて撮っても、目は笑っていないときが多い。心で笑っているときは、それが目に出ている。だからいい写真になる」
例えば、と続ける。
「たかしさんがえりこさんにプロポーズした時、たかしさんの目の輝きは素晴らしかったと思いますよ。いいお話をしながら写真を撮ると、人は素晴らしい顔になるんです」
すると、「昔過ぎて忘れたー!」とえりこさんが照れ笑いする。
それぞれ40分前後の撮影が終わった。その日撮影された100枚以上の写真から、田中夫妻がそれぞれ1枚ずつを選ぶ。遠い未来に2枚の写真が並んで飾られることを考え、どちらも明るい笑顔の写真を選んだ。
能津さんが遺影専門の写真館を始めたきっかけは、個人的な体験だという。
「義父が亡くなったとき、ちゃんとした写真を撮っていなかったんです。僕は写真が職業なのに、申し訳ないなと。その後、せめてと思い、自分の親の写真を撮りました。『親父、なんかあったらこれ遺影にするからな』って言ったら、親父がニコッと笑った。それが、あの写真です」
そう言って、壁にかけられている写真を指さした。
その後、両親は他界し、葬儀の際に写真を遺影として使用した。そこで気づいたことがある。
「この写真を見ていると、話ができる気がするんです。そこに親父がいるみたいに。そんな写真があることで、残された人がどれだけ救われるか。残された家族が見続ける写真が遺影なんです」
「女優さん、入ります!」
従来、遺影といえば、無表情に正面を向いた白黒写真というものが定番だった。どこかで撮影された写真から正面の顔だけを切り抜き、和装の写真などと合成される。だが、昨今広がる生前の遺影撮影は、メイクも含め、祝い事の記念写真のように丁寧に行われている。
すでに遺影を準備している人の数を調べると女性のほうが多い。
シニア女性誌「ハルメク」が2019年1月に発表した調査によると、60〜74歳で実際に終活をしている男女280名(男性140名、女性140名)のうち、「自分の遺影を準備している」と答えた人は男性5.7%、女性14.3%だった。女性のほうが男性よりも2.5倍多い。
女性が多いのはなぜか。今、シニア女性の人気を集めている東京・巣鴨の「えがお写真館」を訪ねてみた。
「はい、女優さん入ります!」
ヘアメイクスタッフの元気な声が6畳ほどのスタジオに響く。フラッシュが重ねて光る中、中央に立つのは埼玉県在住の喜多すみ子さん(69)だ。
髪をふわりと流し、控えめながらアイシャドウも輝いている。
「ちょっとポージング決めましょう!」
ヘアメイクスタッフが場を盛り上げ、フォトグラファーらも「いいですね!」「すごくステキです!」と声をかける。
この日はすみ子さんの誕生日。娘のゆり子さん(仮名・38)のプレゼントがこの撮影だった。ゆり子さんが言う。
「昔の母はおしゃれが大好きだったのに、年を重ねるごとに自信をなくしてきた。それならプロの手でキレイになって、メイクの楽しさを思い出してもらえたらなと思って企画しました」
地元にも写真館はあるが、「メイク技術の高さと、それでいてナチュラルに見える仕上がりが素晴らしい」という理由で、えがお写真館を選んだ。
すみ子さんも撮影終了後、特にヘアメイクがうれしかったと話した。
「思えば数十年前に、写真館で母と一緒にメイクして写真を撮ってもらったことがあったわ。今はこうして自分の娘に連れてきてもらって......。これが私の遺影になるのかねえ」
えがお写真館は「シニア・シルバー世代が輝ける写真館」と銘打ち、2014年からヘアメイクと写真撮影をセットにしたサービスを提供している。代表取締役の太田明良さん(40)によると、始めたきっかけは、子ども向けの写真館はたくさんある中で、人口の多いシニア専門の写真館はほぼないと気づいたことだったという。
「女性のお客様は旦那さんを亡くされた際、遺影の写真がよくなくて、せめて自分は『きれいな写真を残したい』と思っている方が多いんです」
えがお写真館を訪れる客のうち「遺影を撮りたい」という人は1割ほど。ただし、中には余命宣告をされていたり、抗がん剤の副作用のため頭髪が薄くなり、ウィッグを持参したりする人もいる。
「現実を一瞬でも忘れられるくらい楽しく。とにかく現場では女優気分になってもらいます」
現場では「キレイ、カワイイ、ステキ」という声かけを繰り返す。女性客の大半は、当初は照れるが、次第に喜んでくるという。
大学生の孫と記念写真を撮った井手悦子さん(80)は、撮影開始時こそ「恥ずかしい」と話していたが、仕上がりの写真を見て、大きくうなずいた。
「メイクですごく変わるのね。化粧するのが楽しくなるし、これなら(写真で)残したいね。できた写真はもちろんリビングに飾ります」
山本哥代(かよ)さん(75)は「ちゃんとした写真を撮りたい」と、母親のタイさん(104)を伴ってやって来た。撮影当日に自宅のベッドから落ちて足を痛め、外出したくないと不機嫌だったタイさんだが、スタッフからメイクやハンドマッサージなどを施され、撮影を終えると、機嫌よくこう話した。
「気に入ったわ。きれいになることは幸せだね」
これまで、何千人もの撮影を見てきた太田さん。「遺影を撮りたい」という人は家族とのつながりがある人が多いことがわかったという。
「えがお美容室のほうに来店された70代後半の女性が、こう言ったんです。『私は遺影なんかいらないわ。見せる人もいないし、自分が死んだ後のことは関係ないから』と。だから、遺影を残そうとする人は、少なくとも、見せたい家族がある人たちなんだろうと思います」
「見てもらいたい顔」の遺影に
日本写真館協会理事の田中秀幸さん(66)は、近年のシニア向け撮影サービスの広まりはカメラへの慣れなどに関係しているのではと指摘する。
「デジカメやスマホの普及により、若い世代は写真をネットでシェアし、多くの人に見てもらって楽しんでいます。シニア世代も、写真を撮ることや撮られることに慣れてきて、それで写真が面白いと思っている。これまでの写真館は『人の本質を写す』ことに腐心してきました。でも、人の本質と『見てもらいたい顔』は違う、ということです」
見てもらいたいという願望が広がった背景には、芸能人や文化人などのきれいに誂(あつら)えられた遺影写真の影響も大きいのでは、と田中さんは推察する。
「ただし、きれいに写す遺影に真剣に取り組んでいる写真館は、全国を見渡しても両手で数えられるくらい。まだ一般的な遺影のほうが多いのは確かでしょう」
では、もっとも一般的な遺影はどのように作られているのか。
従来型の遺影写真の作成で全国1位のシェア(30%)を誇る、株式会社アスカネットのオペレーションセンターを訪ねた。
年間35万人の遺影を作成する人たち
千葉・幕張にある高層オフィスビルの一室。それぞれのモニターに様々な顔写真が映し出される。その画像はせわしなく拡大、縮小され、補正されていく。写真は全て、亡くなったばかりの人たちだ。
広島に本社を置くアスカネットは、全国2500か所の葬儀社と社内オペレーションセンターをつなぎ、年間約35万人の葬儀写真を作成している。
遺族が最寄りの葬儀社に遺影の素材となる写真を持ち込むと、アスカネットに転送される。そこで「遺影写真」が完成し、印刷まで行う。受注から印刷までは90分ほどだという。
遺影の作成は通夜が始まる夕方までが勝負だ。関東など東日本では亡くなって2、3日してから通夜を行うことが多いが、西日本では亡くなった当日に通夜を行うことも多い。
繁忙期は11月ごろから3月までの冬。作成依頼が一番多いのは1月で、1日あたり1000枚から1200枚の遺影を作る。取材は11月上旬だったが、外には冷たい小雨が降っていた。
「寒くなると亡くなる方も増えます。だから、遺影の依頼も増えるんですね。ここ数日急に冷え込んだので、(遺影の数が)増えてきていますね」
オペレーションセンターマネージャーの近藤充廣さんがつぶやいた。
主任の加藤茂樹さん(44)によれば、加工作業でよくあるのは、故人の後ろに写る人物や背景を消すことだという。また、髪形を整えたり、スーツや紋付などの正装に「着せ替え」たりする作業もある。
「他にも例えばピースサインをなくす、ひげを剃る、頭髪を増やすといった要望もあります。ただ、手を加えるにしても、元の写真の雰囲気を失わず、不自然にならないようにするのがポイントです」
その上で、最近は笑っている写真が多くなったという。
「スーツなど正装への着せ替えの依頼は減っています。自然な服装で、と考える人が増えているようです」
加工するオペレーターが写真の人物について知っていることは、依頼書に書かれた故人の氏名、年齢、性別だけだ。遺族から直接声を聞くことはほぼない。
「実際に(遺族の方の)声が聞けるといいのかなと思うこともありますが、悲しみに暮れるご遺族と対面しても、その気持ちに寄り添えるかどうかわかりません。また、一つひとつに感情移入していると、もたないかなとも思います。しかし、遺影はご遺族の元に永く残るもの。故人を偲んでいただけるよう、一枚一枚を丁寧に作ります」
写真の多くは高齢者だが、若い人や赤ちゃん、幼児の写真が送られてくるときもある。
「たまにそういう写真を見ると......、いい遺影を作ってあげよう、と思います」
いい遺影は今の姿を撮ること
前出の日本写真館協会の田中さんは、いい遺影にするためには、加工よりもまず日頃から写真を撮っておかなければならないと言う。
「その人らしさを残すのが遺影です。亡くなる直前に撮った写真は最期の写真かもしれないが、よい遺影として見えるのは、『その人らしく生きていた』時代の写真だと思います」
昨今の生前撮影の動きについても聞いてみた。田中さんは「遺影となる写真を撮るのではなく、結果として遺影になるべき」と指摘する。
「お客様の多くは、自分の『遺影』を撮ってほしいとは思っていないのではないでしょうか。ただ、いい写真を撮っておけば、亡くなったときに、結果的にその写真が遺影になります。だから、撮るほうも撮られるほうも、遺影を撮っているのではなく、将来のために今の姿を撮っているんです」
鬼頭志帆(きとう・しほ)
写真家。1980年、静岡県生まれ、愛知県育ち。英文学を学んだのち写真へ転向し、東京藝術大学を経てロンドン芸術大学写真科修士課程修了。文化庁新進芸術家海外研修員としてインドに2年間滞在し、世界各地で写真や映像を用いたリサーチやワークショップ、撮影、展示を行う。国内外で写真賞を受賞。現在、法政大学、相模女子大学、インド国立デザイン大学院で講師を務める。https://shihokito.com