黒田菜月

「赤ちゃんの死」に直面した母親たちの悲しみ――心の痛みに寄り添うケアの現場

10/8(火) 11:55 配信

妊娠の15%前後が流産になるとされており、死産は毎年2万件を超える。多くの人が赤ちゃんを亡くす深い悲しみを経験する中で、出産前後の死は社会から見えづらく、親への支援が不十分だと専門家は指摘する。こうしたペリネイタル・ロス(周産期などの子どもの死亡)へのケアの取り組みや自助グループの支援は少しずつ浸透しつつあるが、病院や地域によって差がある。(取材・文:Yahoo!ニュース 特集編集部、写真:黒田菜月)

「死んじゃった子をしっかり産んであげなくてはいけない」

東京都に住む小山なつ子さん(50)=仮名=は18年前、おなかの中にいた赤ちゃんを亡くした。妊娠17週(5カ月半)だった。

「3回目の健診でした。エコーがいつもより長いなと思っていたら、お医者さんが『心臓が止まっています』と。思ってもいないことで、ぼうぜんとしていました」

12週を過ぎているので、生きている赤ちゃんと同じように出産をしなければならないと説明を受けた。診察室を出ると、妊婦や赤ちゃん連れの人がたくさんいた。見ているのがつらくて、待合室の柱の陰で泣いた。

小山なつ子さん(仮名)(撮影:黒田菜月)

流産の診断を受けた4日後に入院し、翌日出産することになった。朝7時、分娩室に行き、子宮収縮薬が投与される。夫には一緒にいてほしかったが、仕事で行けないと言われた。

「隣の分娩室でお産が始まって、出産中の妊婦さんのいきみ声と、看護師さんの声が聞こえました。壁一つ隔ててまさに新しい命が誕生しようとしていて、耐え難かった。私はおなかの中で死んじゃった子を、これからしっかり産んであげなくてはいけない。ちゃんと産んであげるんだ、と自分に言い聞かせていました」

医師には「産んだときに形が残らないかもしれない」と言われたが、卵膜に包まれたままきれいに出てきてくれた。想像していたよりも痛くない。親孝行な子だと思った。

出産後、ステンレスのトレイに載った赤ちゃんと一人で対面した。

「対面というより、『はい、確認してください』って。裸のままで寒々しいというか冷たいというか、(赤ちゃんが)人扱いされてないのがショックでした。ちょっとでも人間らしく、赤ちゃんを何かで包んでくれていたら、抱っこもできたかもしれない。一度も自分の胸で抱っこできなかったというのが、すごく心に残っているんですよね」

「身長は13センチ、爪の先くらいの小さいおちんちんがついていて、男の子なんだって。翌日、夫と話し合って心(しん)と名づけました」と小山さんは振り返る(撮影:黒田菜月)

流産から3カ月後に妊娠したが、すぐにまた流産となった。

「妊娠したら出産する。それが当たり前だと思っていました。でも、そうではなかった。人と会う気にもなれず、毎日泣き暮らしました」

食欲もなく、吐き気が続いた。精神科に行きたいと夫に相談したが、「そこまでじゃないんじゃない?」と言われた。

長野県の実家で暮らす母親に電話をかけ、2度目の流産を報告すると「そんなのおかしい」と言われた。

「本当は誰かに気持ちを話したい、泣きたいと思っていたけど、家族に相談しても共感してもらえない。かえって傷つくと思って、誰にも相談できませんでした。まだつらいんだとか、思い出しちゃうんだとか、全く言えなかったです。だから長引いちゃったのかな」

翌年子どもを出産し、日々の生活でいっぱいいっぱいになった。それでも、第1子を亡くした5月になると落ち込むこともあったという。

母子手帳。当時の出来事や思いがページいっぱいに書き込まれている(撮影:黒田菜月)

「社会から認められない死」になっている

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