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過熱する「パンダ争奪戦」日本のどこへ? 4都市が熱いラブコール

2019/10/03(木) 10:37 配信

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日本の自治体間で「パンダ誘致合戦」が繰り広げられている。名乗りを上げているのは、秋田市、仙台市、茨城県日立市、そして神戸市だ。上野動物園で2017年に誕生したシャンシャンは、一大ブームを巻き起こした。「わが街にもあの光景を」とばかり、4都市は「所有者」である中国側と交渉を続ける。その現場を追った。(ジャーナリスト・安田浩一/Yahoo!ニュース 特集編集部)

シャンシャン特需に沸く上野

今年6月に2歳の誕生日を迎えた上野動物園(東京都台東区)のジャイアントパンダ、シャンシャン。いまなお連日、パンダ舎の前には子パンダ見たさに長蛇の列ができる。夏休みが終わった現在も、週末は約1時間、平日でも30分近くの待ち時間を覚悟しなければならない。地元・上野の街もシャンシャン特需に沸く。

「さすが客寄せパンダ」

顔をほころばせるのは、上野観光連盟の二木(ふたつぎ)忠男会長だ。パンダPRの旗振り役を務めている。

「中国に帰国したシャンシャンが、子どもを連れて上野に戻ってくる。そんな将来を夢見ています」と話す二木忠男会長(撮影:安田浩一)

「パンダあっての上野」と二木氏は言う。シャンシャンがもたらした地元への経済効果は年間200億円を超えるとの試算もある。ただ、シャンシャンの日本滞在は2020年12月末までの期限つきだ。

滞在が期限つきとはどういうことか。実は日本国内にいるパンダは、いずれも中国側が所有権を持っている。パンダは絶滅の恐れのある希少動物で、ワシントン条約により「売買」や「譲渡」はご法度。そこで、共同研究を目的に中国から「貸与」を受けるかたちで各動物園が養育している。保全協力費という名目で日本側が中国に支払うレンタル料は、つがい1組で年間約1億円だ。

シャンシャンは本来、2歳の誕生日を迎えた時点で中国へ返還されるはずだった。東京都と中国野生動物保護協会が締結した協定で、そう定めていたからだ。しかし、予想以上のシャンシャン人気を受けた都側の強い要請で、中国側が1年半の貸与延長を認めた。

2017年9月、誕生した子パンダの名前が「シャンシャン」に決まり、お祝いムードの上野の商店街(写真:読売新聞/アフロ)

二木氏が「パンダあっての上野」にこだわるようになったのは、過去に「パンダ空白の3年間」を経験したからだという。

08年、上野で1頭だけ飼育されていたリンリンが死んだ。以来、11年にリーリーとシンシンが中国から渡ってくるまでの間、上野はパンダ不在の日々が続いたのだ。

「思い出すだけで苦しくなる。街から活気が失われ、風景までもが沈んで見えました。商店街の売り上げもパッとしない。ショックでした」

上野再興のために「一日も早くパンダを招いてほしい」と関係者への陳情を重ねた。当時の石原慎太郎都知事にも直訴したが、なにせ相手は"嫌中"の筆頭格で知られる。「そんなにパンダが見たいのか。理解できない。ご神体じゃあるまいし」と当初は冷たくあしらわれたという。それでも地元挙げての誘致運動が実を結び、11年2月にシャンシャンの両親であるリーリーとシンシンが来日した。

パンダは「沈んだ上野」に再び活気を与えた。

二木氏はこう力説する。

「パンダは人を集めて街を変える。まさに“ご神体”ですよ」

秋田市「パンダの経済効果は48億円」

現在、国内で飼育されているパンダは上野動物園(3頭)、アドベンチャーワールド(6頭、和歌山県白浜町)、王子動物園(1頭、神戸市)の3施設で全10頭。

母親のシンシン(右)と1歳5カ月のときのシャンシャン(写真:つのだよしお/アフロ)

わが街にもパンダを──。神通力に期待する自治体があって当然だ。だが、パンダを誘致するにあたって必要なのは中国との交渉である。尖閣問題などをめぐり日中関係が冷え込んでいたなか、各地の自治体はパンダ誘致運動に及び腰だった。

ところが、近年事態が少しずつ変化してきた。日中関係に雪解けムードが漂い始めたのである。昨年10月、安倍晋三首相と中国の李克首相が北京で会談。その場で新たなパンダ貸与の協議を進めることで合意した。これにより、沈静化していた誘致運動が再び盛り上がってきた。

いまがチャンスと勢いづいているのは秋田市だ。今年4月、同市の穂積志(もとむ)市長が定例会見で、市内の大森山動物園に「パンダ誘致を目指す」と発表したのだ。その翌月には市長自ら中国に渡り、パンダの繁殖基地などを視察。さらには中国に太いパイプを持つ自民党の二階俊博幹事長、地元出身の菅義偉官房長官にも面会し、誘致協力を依頼した。

市もさっそく、そろばんをはじいた。担当部署である観光振興課の担当者が話す。

「シンクタンクに依頼してパンダを2頭誘致した場合の経済波及効果を調査したら、48億円という数字が出ました」

実は、秋田市が誘致に名乗りを上げたのは今回が初めてではない。11年8月、市民からの要望を受け、市がパンダ誘致の検討を開始。誘致支援チームを発足させ、中国へ視察団を送ることまで決まった矢先の同年12月、予想もしなかった事態が発生した。

大森山動物園の小松守園長が苦笑しながら述懐する。

「テレビを見ていたら、それは突然に飛び込んできたんです」

「近辺には竹林も多いので、パンダの大好物はいつでも用意できます」と話す小松守園長(撮影:安田浩一)

当時の野田佳彦首相と中国の温家宝首相の会談を伝えるニュースだった。

「両首脳の会談で、中国側が仙台市の八木山動物公園へパンダを貸与する意向を示した、という内容でした。まさに寝耳に水で、唖然とするしかなかった」

結局、秋田市はパンダ争奪戦から離脱。誘致の話は立ち消えとなった──かのように見えた。ところが、日中関係が複雑な作用をもたらした。前述した通り、尖閣諸島の領有権問題をめぐり関係が悪化。一度は誘致が決まりかけた仙台市にも、パンダは一向にやってこない。

そして数年の時を経て、仕切り直しの機会がめぐってきた。頃合いよしと見て、秋田市は再び誘致に名乗りを上げたのである。パンダ誘致レースの走者全員がスタートラインに戻されたというのが同市の認識だ。大森山動物園の小松園長も、再度、パンダ争奪戦に加わることになった。

勝算は? との問いに小松園長は厳しい表情を見せた。

「けっして大都会とは言えない秋田に、そしてウチの動物園にパンダが来ることなど、簡単には考えられない」

しかし、と小松園長は話を続ける。

「中国側もパンダ貸与の目的を、単なる友好のシンボルではなく、繁殖研究や野生への適応能力向上だと強調するようになりました。当園では絶滅危惧種のニホンイヌワシの繁殖に成功した実績もある。四川省に似た気候や、野生を再現できる広大な敷地も含めて、当園の強みでもあると思います。当園ならば、四川省と同じく雪の中で遊ぶパンダを見ることも可能です」

中国四川省で雪まみれになるパンダ。秋田でも同様の光景が見られる? (写真:Imaginechina/アフロ)

市民の後押しもある。熱心に誘致運動を進めるのは地元の市民団体「大森山動物園応援会」。11年に市が誘致を表明した際も、あるいは今回、再度の誘致に動いたのも、すべては「応援会」の市に対する強い要望がきっかけとなった。

応援会の北林真知子会長は、次のように訴える。

「パンダ、来てほしいに決まってます! 秋田には大都会にはない魅力がたくさんある。大自然の中、四季を通してパンダものびのびと暮らすことができるはずです」

「パンダで秋田を盛り上げたい」と話す北林真知子会長(撮影:安田浩一)

パンダが「おあずけ」になった仙台市

一方、パンダの貸与が「おあずけ」となったままの仙台市。

「あきらめていたわけではない」と市建設局総務課の担当者は、いまでも候補地であることに変わりはないと強調する。

よりどころとするのは、やはり、パンダ貸与の協議推進が決まった昨年の日中首脳会談。仙台市側は「ようやく見通しがついた」とこれを前向きに受け止めた。

首脳会談直前、日中両国政府がパンダ貸与で基本合意する見通しとなったことを受け、仙台市の郡(こおり)和子市長は会見で「いつでも受け入れられるよう態勢を整えたい」と、あらためてパンダ歓迎を表明した。

これまでも、水面下で中国側と接触を続けていたという仙台市。中国で開かれるパンダ繁殖会議にも園長らが毎年出席してきた。八木山動物公園の金集(かなつみ)隆幸園長は貸与の可能性に関してこう語る。

「現在のところ中国から貸与に関する具体的な言及はありません。最終的には国家間で決まることですからね」

長きにわたる足踏み状態のせいか、慎重に言葉を選ぶ。

これまで訪中を重ね、パンダ貸与を要請してきた金集隆幸園長。「まだ手ごたえを感じることのできる段階にはない」(撮影:安田浩一)

だが、パンダ受け入れの意欲は隠さない。

「パンダほど、多くの人を集める動物は他にいません。パンダ飼育にはぜひ取り組んでみたい」

金集園長が同動物公園の実績としてアピールするのは、“種の保存”に関する取り組みだ。これまで希少動物であるスマトラトラやクロサイの繁殖に成功したほか、絶滅の危機に瀕しているシジュウカラガン(雁の一種)の繁殖エリアを園内に設けるなど、希少種の保全事業で多くの成果を収めてきた。

「いま、動物園に最も求められているのは、こうした取り組み。生物多様性にどれだけ貢献しているのかということが問われる。中国側がパンダの貸与に際して注目するのは、そこだと思います」

日立市、すでに「パンダまんじゅう」の動きも

東北2都市以外に、新たな伏兵も登場している。

茨城県日立市だ。今年2月、同市立の「かみね動物園」にパンダを誘致することが県によって発表された。日立市産業経済部観光物産課の担当者が経緯を説明する。

「動き出したのは昨年秋ごろからでした。小川春樹市長が新年度の予算要望のために大井川和彦知事と面会した際、パンダ誘致の話で意気投合したのです」

今年2月、知事が県市合同で誘致合戦への参戦を会見で発表した。

先の担当者が続ける。

「最近も上野動物園のパンダを視察したのですが、人々のパンダに向ける熱い視線を見て、あらためて“日立に来てほしい”と強く思いました」

かみね動物園は、知名度こそ先行動物園に劣るが、やはり希少動物の繁殖研究には定評がある。同園の生江信孝園長が意欲を示す。

「勝負はこれから。訪中してウチの魅力を伝えたい」と話す生江信孝園長(撮影:安田浩一)

「以前から、ここでパンダを見たいという子どもたちの要望があった。ぜひ、それに応えたいと思っています。動物園にとっては実に魅力的な話です。当園にはゾウ、ライオン、キリンの“三種の神器”もそろっている。絶滅危惧種の希少動物も22種飼育しています。パンダと一緒に、こうした動物も見てもらいたい」

すでに気の早い地元の菓子メーカーなどから「パンダまんじゅう」を任せてくれないかという話も持ちかけられているという。

パンダグッズの製作で皮算用をするメーカーも。写真はシンシンの出産を記念したかぶりもの(写真:つのだよしお/アフロ)

奮闘するパンダ族議員と神戸市

この春まで連続9期、神戸市議を務めてきた平野昌司氏が腕を組み、眉間にしわを寄せる。

「うーん、苦しいな。習近平さんの鶴の一声でもあればいいのだが」

険しい表情がパンダ誘致の厳しさを物語っていた。平野氏は市議会で「パンダに情熱を注いだ議員」として知られてきた。

“パンダ族議員”として知られた平野昌司氏。「孫文も周恩来も神戸とは縁が深い。最終的には中国側もよい返事をくれると信じている」(撮影:安田浩一)

神戸市もまた新任パンダに熱いラブコールを送っているが、切実さという点では他の候補地を大きく上回る。

前述したように王子動物園にはすでに1頭のパンダが存在する。メスのタンタンだ。この9月に24歳を迎えた。人間でいえば、すでに「おばあちゃん」の域に達した高齢パンダ、実は貸与期間が来年7月で切れてしまうのだ。となると、同園ではパンダ不在になりかねない。平野氏が嘆く。

「それだけは困るんですよ。パンダは神戸復興のシンボル。多くの人に夢を与えてきた。パンダ不在はあり得ない」

タンタンとコウコウが中国から来日したのは2000年。阪神・淡路大震災の被災者を励ますことが目的のひとつだった。もちろん市民は大喜び。神戸は一躍「パンダのいる街」となった。

07年、天津市へ飛び立つ神戸財界人のチャーター機もパンダ柄に(写真:読売新聞/アフロ)

ところが──当のパンダは不運が続いた。まず、オスだとされていたコウコウが、実はメスだったと後に判明。公式には「生殖能力に問題があった」と発表されたが、関係者の多くは「幼児期ゆえにオスメスの区別がつかなかったことによるアクシデント」だと話す。繁殖研究という課題がクリアできないこともあり、02年にコウコウが緊急帰国。代わりに2代目コウコウ(正真正銘のオス)がやってきた。タンタンは2度にわたって妊娠したものの、最初は死産、2度目は生後4日目に赤ちゃんが死んだ。そして10年、コウコウまでもが死んでしまったのだ。

さあ、どうする。タンタンの帰国も迫ってきた。新たなパンダを獲得しなければ──パンダ族議員の平野氏をはじめ、市や動物園関係者による必死の誘致活動が始まった。コウコウの死後、数度にわたって中国を訪問し、「新パンダ」の貸与を申し出たのである。

平野氏の表情が浮かないのは、中国側の対応が、あまりに淡々としたものだったからだ。昨年5月に訪中した際には、野生動物保護協会の担当者との間で次のようなやり取りがあったという。

平野「新しいオスを貸与してくれませんか?」

中国側「でも、これまで神戸は繁殖に失敗している」

平野「では、タンタンをお返しして、つがいのパンダを新たに貸与してくれるというのは……」

中国側「いや、とりあえずは、タンタンを飼育して高齢パンダの研究を重ねたらどうか。タンタンを大事に育ててください」

神戸市立王子動物園のタンタン(写真:神戸市立王子動物園提供)

中国側の担当者は一度も新パンダ貸与の可能性に言及しなかったという。

「要するに、一連の繁殖失敗を、中国側は快く思っていないということです」

ピンチだ。このままでは「パンダの街」といった看板を下ろさざるを得なくなる。

平野氏は中国大使館や領事館にも足しげく通って陳情を重ね、中国の外交関係者が関西を訪れた際には、王子動物園に案内もする。必死なのだ。

対して、王子動物園の花木久実子副園長は冷静だった。

「なにせ相手は中国ですよ。ホンマ、こちらの意向だけではどうにもならんし」

もちろん何もしてこなかったわけではない。四川省のパンダ保護施設とは職員交流の長い歴史がある。昨日今日の付き合いではない。タンタンの健康データも欠かさず提供している。これまでの実績が評価されていることを信じ、「いまはただ待つしかない」と花木副園長は繰り返す。

さて、新しいパンダの赴任先はどこになるのか。

来春、中国の習近平国家主席が国賓として来日することが予定されている。そのときが勝負。いや、そこで貸与先が発表されるかもしれない、と各都市の担当者は同様に予測する。

白黒つけるには、まだ時間がある。各候補地は相手がパンダでも虎視眈々。争奪戦はますます激しさを増していくことだろう。


安田浩一(やすだ・こういち)
1964年生まれ。静岡県出身。「週刊宝石」記者などを経てノンフィクションライター。事件・社会問題を主なテーマに執筆活動を続ける。『ネットと愛国』で2012年講談社ノンフィクション賞受賞。主な著書に『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)、『団地と移民 課題最先端「空間」の闘い』(KADOKAWA)、『愛国という名の亡国』(河出新書)などがある。

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