彼の口からは「あげみざわ」「ないたー」といった独特な言葉が次々と飛び出す。若者から絶大な支持を受ける23歳は、3年前にアメリカに移住。現地での暮らしぶりを、YouTubeなどで日々発信している。「毎日どうにかウチらみんなで生き延びてこ!って感覚ですね」。ファンにとってのkemioは、“よその学校に通う、おもしろくて頼れる友達”のような存在なのだ。(取材・文:ヒラギノ游ゴ、取材協力:はましゃか/撮影:なかむらしんたろう)
kemioとは何者なのか
「今日ベルトしてくるの忘れちゃったから、代わりにイヤホン通してみました。かわいいかなと思って」
ファンからは熱狂的に支持されているkemioだが、彼を知らない人に何者なのかを説明するのはとても難しい。
誰もが発信者になれる今の時代のスターと、旧来的な芸能人との大きな違いの1つはその「身近さ」にある。テレビの向こうに話しかけても返事が来ることはないが、生放送の動画配信ならその場でコメントに反応してくれる。Twitterならリプライを返してくれるかもしれない。YouTubeにしろInstagramにしろTwitterにしろ、ファンと同じツールを使う点で構造的にも同列だ。
そんな「身近さ」が問われる時代の風潮に誰よりも的確に順応し、ファンとのハッピーな関係性を構築しているのがkemio。3年前に移住したアメリカでの生活をありのまま発信し、ファンからの人生相談に飾らない言葉で答え、多くの若者から親しまれている。では、何が他のインフルエンサーと比べ抜きん出ているのだろうか。
ウチらみんなで生き延びてこ!
思春期に彼を知り一緒に年齢を重ねているファンたちにkemioの印象を尋ねると、ほぼ似たような内容の回答ばかり返ってきて驚く。kemioは“よその学校に通う、おもしろくて頼れる友達”のような存在なのだという。
「アメリカに引っ越してからは、トイレが壊れて部屋が浸水したり泥棒に入られたり、本当にいろいろあったんです。そういう困りごとがあるたびYouTubeに『どうしたらいい?』って動画をアップしてました。それを見た人がアイデアをくれたり励ましたりしてくれたからどうにかやってこられた。『kemioくんの動画のお陰で元気になったよ』って言ってくれる人がたくさんいるんですけど、いやいや完全にお互いさまだからって感じ」
自分もファンも、困ったときはお互いに支え合う。ファンと同じ目線に下りてくるのではなく、もともと彼は自分とファンとを区切って考えていない。
そんな「kemioのスタンス」を象徴するフレーズがある。主体的に何かを伝えるときに意識するという彼の一人称、“ウチら”だ。
「動画で相談に答えるときのスタンスは『同士』って感じ。アドバイスじゃなく、お互い別の分野でがんばってる者同士認めあってるだけ。だから、“ファンの皆さん”って言って線を引くのは違うと思っていて。『毎日どうにかウチらみんなで生き延びてこ!』って感覚ですね」
押しつけられることが大嫌い
kemioには、人を惹きつける喋りの「テンポ感」という特徴もある。kemio語とも呼ばれる「あげみざわ」「ないたー」といった独特な言葉遣いが次々飛び出し、聞く人を飽きさせない。猛スピードで話題が変わったり脱線したり急に大盛り上がりしたりとジェットコースターのような展開だが、不思議と心地よく、圧倒されて笑っているうちに動画が1本終わってしまう。そして何より、kemioの独特なテンポに振り回されているうちに、不思議と前向きな気持ちになっていく。
「改めて自分が喋ってる音源を聴いてみたんですけど、あまりにもばかっぽくてびっくりしちゃいました(笑)。こんなめちゃくちゃなしゃべり方してるんだ!? って。でも、そこを褒めてくれる人がいるのはうれしいです」
kemioは、「押しつけない姿勢」も徹底しているという。
「私、押しつけられることが大嫌いなんですよ。小さい頃『おジャ魔女どれみ』のバッグにディズニーの本をたくさん入れて持ち歩いてたら、『男のくせになんでこんなもの持ってんだよ』って言われたことがあって。なんで趣味を矯正されなきゃいけないんだ? って思いました。『らしさ』って意味わかんない言葉ですよね。男らしさとか女らしさもそうだけど、『それkemioくんらしくないよ』とか言われることもあって。何それ? って思います。結局“その人が思う”kemioらしさなんですよね」
しかし、視聴者からの相談を受け付けているだけに、kemioは人一倍自分の意見を発信する機会も多い。どのような考えで向き合っているのだろうか。
「自分の意見をたくさんの人に伝えたいとか、相談をくれる人やその周りの人を正そうとか、そういう気はまったくないです。普通に生活してる感覚で『これ違くね?』って思ったら言っちゃうってだけ。全員意見は違う。批判は必ずある。だから意見を押しつけあうんじゃなくて、シェアしあう感じになっていったらいいなって思います」
日本は“入り口が狭い”
イベント終了後にスタッフの制止を振り切って駆け寄る人にも、今回の取材用の撮影場所まで追ってきて外で出待ちする人にも、kemioは笑顔で手を振る。スタッフたちは困り顔だが、「憧れてた海外セレブみたいでうれしい」と言ってのける。
中学生の頃にレディー・ガガと出会い、人々の意識を刷新していく彼女の姿勢に感銘を受けるとともに、海外への憧れを募らせていったkemio。そんな思春期の悲願だったアメリカ移住を果たし、現地の芸能事務所とも契約。積極的に現地で友人の輪を広げ、生きた英語を吸収している。「アメリカは豆腐が高い」と笑いながら、kemioは言う。
「アメリカではジェンダーやLGBTQの話題、トランプの政治なんかについて普通に友達同士ご飯食べながら話すんですよ。そういう姿にはかなり刺激を受けてると思います」
日本では、友達同士はおろか発信力を持った著名人でさえ、社会的なトピックへの言及ははばかられる風潮がある。たとえば昨今ではタレントのローラ。普天間基地移設の工事中止を求める嘆願書への署名を求めたことで、誹謗中傷の的となった。こうした話題に対する日米での温度差の要因は何なのだろうか。
「入り口が狭いからじゃないですか? 海外ではセレブリティーがほぼ全員何かしら政治に関して意見を発信してますよね。たとえば歌手のアリアナ・グランデやビリー・アイリッシュは、選挙に参加するための手続きである“有権者登録”用のコーナーを自分のコンサート会場に設けてるんですよ。わざわざ休みの日を使って役所に行かなくて済むし、エンターテインメントの一環として見せてもいる。アラバマ州で中絶禁止法が成立したときも、朝起きたらいろんなセレブがそれぞれのスタンスを表明してて。でも日本ではそういうことについて、触れたらいけないんじゃないか、みたいになってますよね」
kemio自身、そうした「入り口の狭さ」を打破するキーマンとして、多くの人から期待を寄せられる存在だ。
「今はリアルな人が認められる時代だなって思うんです。例えば日本のヒップホップのシーンでも、自分自身が実際に経験した生活のつらさをラップしている人が注目されていたりしますよね。自分も含め今の世代の人って、作られたものへの抵抗感が強いのかなと思います。だから、リアルじゃない“らしさ”みたいなものって、どんどんなくなっていくと思う」
kemio (けみお)
1995年生まれ。高校時代に動画アプリ・Vineで発信した投稿で注目を集め、2016年末に生活拠点をアメリカへ。YouTubeをはじめ、Instagram、Twitterなどを含めフォロワーが約300万人。独特のワードセンスで繰り出す「あげみざわ」などの語彙も親しまれ、若い世代に浸透中。モデルや発信者、歌手として多岐に活躍している。近著に「ウチら棺桶まで永遠のランウェイ」(KADOKAWA)。
(最終更新:7/27 11:28)