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大川晋児

「刺激的なことが起きている」――音楽業界を変革した「歌い手」のひとり、夢もない友達も少ない高校球児が「天月」になるまで

2019/01/18(金) 07:49 配信

オリジナル

「歌い手」と呼ばれるアーティストたちが、音楽業界に変革を起こしている。歌い手は、ボーカロイドなどの楽曲を肉声で歌い、「歌ってみた」と題して動画投稿しているクリエイターの総称。昨年の紅白で、テレビ初歌唱が話題となった米津玄師も元々はニコニコ動画のボカロP出身だ。

その「歌い手」のトップランナーのひとりが天月(あまつき)。Twitterのフォロワーは120万を超え、10代を中心に大きな支持を得ている。動画投稿を始めたのは、野球部を引退し高校卒業をひかえた2010年。その頃は「夢も希望もなく、友達も少なかった」と振り返るが、2018年には日本武道館でワンマンライブを開催するまでに成長した。自分たちが起こした変革を「刺激的なことが起きている」と熱っぽく語り始めた。(撮影・大川晋児/Yahoo!ニュース 特集編集部)

音楽業界に起きた「刺激的なこと」

夢中になって動画を投稿する歌い手たちは、2000年代後半から次第に音楽業界に大きな変革をもたらし始める。天月の言葉を借りれば「インターネットの登場で、音楽業界では刺激的なこと」が起きているのだという。

「ネットから出てきた子たちって、自分たちでDTM(パソコンによる音楽制作)のソフトを触って音楽を作って、歌も歌って、エンジニアリングやプロモーションまでやってて。ひとりで音楽を完結させる術を持ってるやつらが現れてるんです。オーディションもレーベル運営も大人がすることじゃないですか。それを全部すっ飛ばして、『いや、僕らは僕らでやるんで』って行ける道をネットが作ってくれたんですよね」

レコード会社や事務所が有望な若手を選定し、楽曲とともにデビューさせ、ファンを獲得していくのが、一般的な「歌手」のアプローチだ。だが、歌い手たちは一人で曲を作り、ファンとネット上でコミュニケーションを取り、楽曲を広める。天月たち歌い手は従来とはまったく異なるアーティストのキャリアを描いてみせた。

友達の少ない高校球児が、歌い手になるまで

天月が動画投稿を始めたのは、野球部を引退し高校卒業をひかえた時期。その頃を天月は「夢も希望もなく、友達も少ない学生生活を送っていた」と振り返る。

「周りはいろんな夢を持っていた。でも僕は夢を語るほど好きなものも見つからない人間だったんです」

高校で野球をしていたのは、父が野球のクラブチームのコーチだったため。保育の大学への進学を決めていたのは、ベビーシッターや児童保育の手伝いをしていた母の姿を見ていたため。高校時代の天月は、両親の強い影響を受けていた。

そんな彼が「天月」になるきっかけは、ニコニコ動画で歌い手たちの活動を見たことだった。

「自分もなんかできたらいいなと思ったんです。積極的に自分から何かをすることは初めてでした」

天月は初めて曲を投稿したときの感覚を今でも覚えている。

「楽しんでくれるお客さんがネットの向こう側にいて。気づけばもう、歌うことしか考えられなくなっていた。そこからは“一直線”って感じでした」

天月は次々と動画を投稿するとともにボーカリストとしての魅力を磨き、人気を上げていった。居場所であり、夢中になれる場所を手に入れたのだ。

顔出しもいとわず単独ライブへ

歌い手たちのなかで、天月の特異な点はいち早く「顔出し」したことだ。顔出しはおろか、肉声を聞かせることも珍しかった歌い手の中でいち早く「リアルの場」に姿を現した。天月はインターネットを飛び出し、2012年に数百人を前にして単独ライブを行っている。今回の取材の場となったのは、初ライブを行った専門学校ESPエンタテインメント東京。なぜ天月は、顔出しを厭わず単独ライブを行ったのか。

「もともとネットで活動していて、どんな人が聴いているのかもわからなかったんです。『この人たちは全員、僕を見にきてるんだ』って思うと、僕がやっていることに対して、何かしらの行動を起こしてくれていることがめちゃめちゃうれしくて。聴いてもらって反応がリアルタイムでわかるのは、いつもとは違った感覚でした」

「インターネットで歌を投稿しているだけ」ではない

インターネットに自分で歌を投稿しライブを開き、オリジナルの楽曲を届ける。「歌い手」の活動はもはやアーティストとなんら遜色ない。だが、歌い手というカルチャーがいまだにひとくくりにされ、ときにネット上で「インターネットで歌を投稿しているだけだ」と揶揄されるのも事実だ。天月は不満を隠さない。

「全員やってることは違うんです。形態だけとってもいろいろある」。事実、天月同様、有名な歌い手である『まふまふ』と『そらる』はソロでもユニットでも活躍している。また別の歌い手である『浦島坂田船』はグループアイドルとして人気を博している。歌い手と一言で言っても多種多様なのだ。「それなのに、軽んじて見られてるところがいまだにあって。偏見が残ってると僕は感じてます」

前述の歌い手のうち、まふまふは2018年に幕張メッセでイベントを2日間主催し、天月も出演している。そらるは、2017年に横浜アリーナでワンマンライブを行った。

「それだけ興味の目を向けられる人たちが何も努力してないわけがなくて。彼らは、何か面白いことをしようとしてる人たちです。音楽を多くの人に聴いてもらうにはどうしたらいいかを誰よりも考えてきた人たちだと思います。アリーナとかでライブをできる人たちが、すごくないわけがないんですよね」

天月の顔出しは、歌い手の中で決して一般的なことではない。なぜ天月はファンたちの前に顔出し、コミュニケーションをとるのか。

「声優さんが今、顔出しで歌うのも、昔だったら誰もがすることではなくて、それに近いところがあるんです。たとえばユーチューバーも、最初はネットで顔を出してる日本人は少なかった。ただ、僕はエンターテインメントとしてライブで踊ったり、衣装をいろいろ着たりする。それは楽曲の世界観に合わせたり、演出込みだったりするし、そうなるとルックスを一部出すことも必要になってくるんですよね」

楽しい、がすべての原動力に

天月は、ライブでただ歌うだけではない。歌って踊り、総合的なエンターテインメントを志向する。そうした姿勢には、子供の頃に見たマイケル・ジャクソンの記憶も影響している。

「声優さんでも水樹奈々さんや宮野真守さんは、アーティスト業にもめちゃめちゃ力を入れてて、衣装やダンス、演出にもすごく凝ってる。それが面白いなと思ってるんです。ひとりである分、より強い世界観やパフォーマンスが必要だと思うんです」

2014年には、天月はメジャーデビューを果たす。インターネットですでに人気を集めていたにもかかわらず、なぜCDというパッケージを売る選択をしたのか。間髪いれずに、「それも楽しいと思ったんです」と答える。

「今、インターネットで音楽が聴けるし、音楽の価値は昔より下がってると思うんです。1曲あたりの単価も下がっている。だからといって、みんなの音楽への興味が薄れてるわけじゃないと思うんです。ただ、(音楽そのものは)配信で聴けるから、CDはグッズみたいなものだなと。だからこそ、僕はコンセプトやジャケット、歌詞カードとかのすべてにこだわって作ろうと思って。CDは、そういう自分の活動してきた道を、一個一個まとめていくアイテムだと思っているので、CDを出すことに抵抗はなかったです」

レコード会社と契約したあともニコニコ動画などで新曲を発表するなど、一般的なアーティストならば縛られるような部分についても、天月は自由に活動してきた。その活動を経た先に立ったのが、昨年の日本武道館のステージだった。約1万人のファンを前にして、天月はただ歌うだけではなく、ダンサーとともに踊ったり、バンドを従えたりと、自身が探求する「エンターテインメント」を展開した。

「ほっとするというか。『僕はまだ僕でいていいんだ』と思いました」

天月のニューシングル「恋人募集中(仮)」では、バンドサウンドが響く。ニコニコ動画出身の歌い手というと、まだまだデジタルなサウンドをイメージしがちかもしれない。天月の音楽は、歌い手への先入観を大きく裏切る。

「全部、生で録音してます。音楽通な人にも『こんなことやってんだ!』って楽しんでもらえるクオリティーにしたくて」

かつて好きなものがなかった高校生は、歌い手という文化に出会い、約10年を経て日本武道館を埋めるシンガーになった。それほどまで支持される理由について、本人は「まず自身が楽しんでいること」だと分析する。

「やりたいことをやって楽しんでいることが原動力になっているし、誰から見ても感じてもらえるんです。音楽に関しても、ありとあらゆるジャンルをやろうとしてるので、『ひとりだけど幅が広い』というのをもっと突き詰めていきたいです。そうやって広がっている様子を楽しんでもらえているのかな、って」

天月のやりたいことが尽きる日は来ないのだろうか? そう聞くと、彼は少しだけいたずらっぽく笑った。

「10年近くやっているけど、やりたいことが増えてきてるんで、ちょっと困ってるぐらいなんです」

天月(あまつき)
動画共有サイトにて2010年より動画の投稿を開始、ハイトーンで少年ぽさを色濃く残した歌声は、爽やかでありながらも甘い魅力があり、人懐っこくいたずらっぽさを感じさせるビジュアルと併せ、多くの人々の心を掴む。また、自身が企画した全国LIVEツアーを行ったり、演劇、朗読劇と活動の幅も広げ、日本のみならず海外のファン層も拡大しており、国内外のイベント出演オファーが相次いでいる。

取材協力:専門学校ESPエンタテインメント東京


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