伊藤圭

「私の薄くなった才能に、ネットが濃い才能を乗せてきてくれた」欽ちゃんが見たツイッターの世界

11/3(土) 7:35 配信

日本初のピンマイク導入、素人の起用、番組発のユニットで歌をヒットさせる……現在のテレビバラエティーの基礎を作ってきた萩本欽一がツイッターに挑戦した。太平洋戦争が開戦した1941年生まれで、今年77歳を迎えた“ミスター・テレビジョン”である欽ちゃんは今までインターネットと無縁の生活を送ってきた。欽ちゃんが覗いたネットの世界とは。(ライター・岡野誠/写真:伊藤圭/Yahoo!ニュース 特集編集部)

大学入学で「初めてのスマホ」

「スマホを持っているんだけど、一度も触れたことなかったんだよ。電話を取ったこともないし、かけたこともない。カバンの中に入っちゃっているから、鳴っても音さえ聞こえない。なぜ持っているかというと、(大学の)友だちとメシ食いに行くと、同級生が俺のカバンからスマホを取り出して、マネージャーに『今、食事をしているので消えたわけではございません』と連絡するためでさ」と笑う。

萩本がスマホに初めて触れたのは2015年の駒沢大学への入学がきっかけだ。

「必修でインターネットの授業があったの。その時、先生に言ったのよ。『俺、みんながやっていることはなるべくやらない。人がやってないことを探すのが仕事だから。みんながやってることには参加しない』って。そしたら、『授業だからやってよ』ってお願いされてねえ。学校の出席もスマホを使って取るんだけど、俺はいつも紙に書いて提出する。それくらい“機械”との付き合いは浅かったね」

スマホやパソコンを“機械”と呼ぶほどネットと関わりのなかった萩本がインターネットの世界に足を踏み入れたのはテレビの企画がきっかけだ。2018年5月29日、不定期で年に数回放送されているNHK-BS『欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)』の番組スタッフから「ツイッターを始めてください」と依頼された。しかも、番組放送の7月7日までに“55万リアクション(リツイート、いいね、返信の3つの合計)達成”という目標まで決められた。

「仕事だからさ、仕方なく始めたの。最初は面白いとも思わなかったね。スタッフから『学校で面白いことがあったら、撮って投稿してくれ』と言われたんだよ。困ったから、同級生の女の子に『何か面白いことない?』と聞いたら、俺の顔にうさぎの耳付けてくれたんだよ。自分でボタン押していると2行書くのに5分くらいかかるから、そのまま投稿してもらったよ」

ツイッター開始からわずか1週間で、いきなり今まで見たことのない欽ちゃんの姿が現れた。思い返せば、萩本は1960年代に『コント55号』で坂上二郎をいじり倒して時代の寵児となり、80年代前半には『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日系)、『欽ドン!良い子悪い子普通の子』(フジテレビ系)、『欽ちゃんの週刊欽曜日』(TBS系)という自身の冠番組で斉藤清六や見栄晴、風見慎吾など芸歴の浅いタレントの面白さを引き出し、売れっ子にしていった。これまで、常に“ツッコミ側”の人間だったのだ。

77歳にして女子大生に「いじられる」

その萩本が77歳にして、ボケ役になった。しかも、“いじる”のは20歳の同級生の女子大生である。そこに葛藤はなかったのか。

「気になるどころか、結構面白いよ。学生と近くなれる不思議な機械。ツイッターのおかげで、毎回授業の前に女の子にネタもらったの。青春時代、忘れた何かを思い出させる良い気分だったよ。あれを使ったことで、日に日に感激しているわけ。この機械を1台出すだけで、会話が成立する。いい懸け橋になってくれる」

番組で共演した50歳も年下の松井玲奈にも気兼ねなく相談した。

「『何考えてしゃべっているの?』と聞いたら、『特別なことを載せる必要ない』って。朝起きたら、『おはよう』とかさ。それって面白いのかい?って思ったよ(笑)。それから、『おはよう』とかもつぶやくようにしたね。しかもさ、玲奈ちゃんは1日5回くらい投稿しているって。でも、普通に過ごしてたら、5回も載せるようなことは起きないんだよな。だからさ、日常で何か悩み事はないか考え始めたよ。本当は悩み事なんてないほうがいいのにな(笑)」

番組スタッフは、さらなる企画を発案した。萩本の写真を自由に使った『コラ画像選手権』を開催したのだ。するとネット民から続々と投稿が舞い込む。萩本の顔がプリンの中に組み込まれたり、スケートボードをしたりする画像は大きな話題を呼んだ。

かつて、自身の冠番組の1週間の合計から“視聴率100%男”と呼ばれたテレビ界の伝説の男に対し、共演する芸人はどうしても及び腰になってしまう。いつの間にかタブーとなっていた“欽ちゃんいじり”は、恐れを知らない一般人の手によって解禁された。過去の芸能生活とは真逆の“いじられる”状態をどう感じたのか。

「70代も良いおもちゃになる。そんなにね、嫌な気しないもんね。こんなに面白がってくれるとありがたいよ」

取材中、萩本は「コラ画像選手権」の画像の数々をしげしげと眺めていた。「この画像って誰かスタッフが作っているんでしょ? …えっ? 素人が!? 素人が作ってるの!?はぁ〜。ネットは、今まで体験できなかった世界を見せてくれるね。すごいよねえ。ツイッターを始めたことで、年寄りの仲間から退いた気がするよ」

一方、ネットには負の側面もある。ちょっとした言葉尻を捉えられて、ツイートが炎上し、なかには活動休止に追い込まれるケースさえある。その現象をどう捉えているのか。

「(大学の)同級生がよく言葉にしていたよ。『これ載せますか? 炎上しますよ』『なんだ、炎上って?』『もうちょっとネットと付き合うとわかりますよ』ってね。嫌なことにはまだ触れてないね。でも…そりゃさあ、何事も良いこともあるし、嫌なこともある。少なくとも、今ネットで付き合っている連中は、嫌なことに参加しないだろうと思い込んでいるからな。嫌な思いをさせる人は、また別個から入ってくるんじゃないの」

ツイートからみえる独自の価値観

萩本はツイッターでしばしば独自の価値観をつぶやく。普段、疑われることのない通説に異論を提示する様は“炎上”を恐れて萎縮してしまいがちなツイッターユーザーの間で受けた。<僕は手打ちよりも、機械で作ったうどんが好きなの>というツイートはいったい、どういう意味だったのか。

「『うどんは手打ちのほうが美味しい』という理由がわかんないよ。機械は相当吟味した上で、この太さがいちばん良いと決定しているんだよ。偉大だよ。だから、俺はうどん屋さんに行くと、『手打ち? 機械?』と聞くの。そうすると、『ごめんなさい。ウチ、機械なんですよ』とみんな謝るんだよ。『おじさん、そうじゃないんだよ。俺は機械で作ったうどんが好きなんだ』と言っているのに、『いやいやいや、とんでもない。ごめんなさい、ごめんなさい』と頭を下げる。誰だよ、手打ちのほうがおいしいって言ったのは」

「いや、でも手打ちうどんのほうがコシもあるんじゃないですかね」と質問すると「手打ちだから、70歳や80歳のおばあちゃんが朝4時に起きて仕込まなきゃいけなくなる。みんなが『機械のうどんが好き』と言ったら、どれだけ人を助けられるかってことだよ。『機械を買う金がないから、仕方なく手打ちにしているんだよ』。その理由は好きだなぁ。他にいないから(笑)」

萩本の常人とは異なる考え方は、<もう50年ぐらいお風呂につかってないの。>というツイートにも表われる。

「昔はお風呂に入っていた。良い気持ちになるんですよ。筋肉が柔らかくなって、何にもしたくない気分になる。ビールを飲むと、たまらなく美味しい。そうやって毎日、自分にご褒美をあげていると、幸せってこない。みんなが休んでいる時に、仕事をすると何かが生まれるんですよ」

温泉地に旅行しても、決してお湯に浸からないという。

「部屋のシャワーで済ませるね。すると、その温泉が良いかどうか語れるんですよ。どうしてかというと、温泉でシャワー浴びる人いないんですよ。ある旅館でシャワーを出したら、お湯が横に飛んだの。昔のものは性能が良くないのね。でも、その古いシャワーにお客さんから文句が出ていない。つまり、温泉に入って相当満足しているってことじゃない?みんなと同じ温泉に入ったって、面白い話はないよ。古典的なシャワーに出会うと、たまらなくうれしいね」

中でも「運」については独特の考えを持っている。<昔やってたゴルフコンペでは、チームの中の運のバランスをとってたね。優勝した人にはあらかじめ用意したコメントを読んでもらう。「賞品のテレビはご辞退いたします。最下位の方に差し上げます。」これでうまくバランスがとれるんだよ>と常人は首を傾げたくなるような理論も披露している。

「たとえばさ、会社で怒られたら、小さな運が1つ増えたと思うといいよ。それが毎日たまっていくと、いつか宝くじも当たるんじゃないか。実際宝くじが当たるかどうかは別として、そう思う気持ちが大事なんだよな。怒られた日に『ヤケ酒だ』と飲むとね、美味しいんだよ。でも、痛い目に遭ったことを、酒飲んでチャラにすると、運にならないんだよね。怒られた日は飲んじゃいけないんですよ。逆にね、怒られなかった日には飲んだ方がいいよ(笑)」

姿の見えない、才能ある友を得た

6月27日には、こんなツイートがあった。<【運の分類】運になる→努力や苦労が運となる。運がある→運を貯まった状態の事。運がくる→人との出会いで運がやってくる>。萩本にとって初体験となったネットとの付き合いは、いずれかに当てはまったのだろうか。

「今回のネットは“運になる”だね。顔も名前も知らない皆が55万もリアクションしてくれた。そのお陰で、NHK総合で番組の総集編も放送できたからね。彼らが連れて行ってくれたんですよ。それと、これからのテレビの在り方を教えられた感じがしたね。番組でのネタを募集したら、たくさん来てさ。結局、テレビでもやった。1つの投稿から、多大な知恵と技が重なり合って膨らんでいく。面白いなんて言葉では表せないね。姿の見えない、才能のある友だちを得た。私の薄くなった才能に、ネットが濃い才能を乗せてきてくれたの」と興奮を隠さない。

これまでも振り返れば「運」が大きかったと萩本は振り返る。

「俺の人生ってね、自分で結論出して成功したことってないんですよ。誰かがね、方向を示してくれる。コント55 号も、二郎さんが『コンビを組もう』と言った。二郎さんのこと好きじゃなかったのよ(笑)。1人になった時も、『司会の仕事は入れないでくれ』とマネージャーに頼んだの。そしたら、『日本一のおかあさん』(TBS系)、『オールスター家族対抗歌合戦』(フジテレビ系)、『スター誕生!』(日本テレビ系)と司会の仕事ばかり来た。やってみると、番組が当たったの。嫌だなあと思った所に、運があった」

踏み出したばかりのインターネットの世界は萩本をどこに運んでいくのか。それは萩本の“運”次第、なのかもしれない。


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