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「神経症傾向」が高いと買い占めに走る

橘玲作家
(写真:アフロ)

新型肺炎騒ぎのなか電車に乗ると、マスク姿の乗客に交じって、マスクをせずに吊革につかまりスマホをいじっているひとがいます。こういうときに、パーソナリティの多様性を実感します。

近年の心理学では、性格は大きく5つの独立した要素に分かれ、それぞれが正規分布すると考えます。正規分布(ベルカーブ)は平均がもっとも多く、両極にいくほど少なくなる分布で、学生時代にお世話になった偏差値を思い浮かべればいいでしょう。

代表的なパーソナリティのひとつが「神経症傾向」で、不安感のことです。これが正規分布するのは、世の中には極端に不安を感じやすいひと(その典型がうつ病)と同時に、極端に不安を感じないひとがいることを示しています。こういうタイプは生きていくのに不都合があるわけでもなく、かといって目立つわけでもないのでふだんは気づかれないのですが、感染症のような非日常では可視化されるのです。

なぜ不安感はばらつくのでしょうか? 進化論的には、「2つの異なるサバイバル戦略があるから」と説明されます。

旧石器時代のサバンナで、おいしい果物がたくさん実っている茂みを見つけたとしましょう。「不安感の低いひと」は、歓声を上げて茂みに駆け寄り、たらふく果物を食べるにちがいありません。これが「生存戦略1」です。

ところがその茂みには、腹をすかせたライオンが潜んでいるかもしれません。無警戒に果物をむさぼり食っている「不安感の低いひと」は格好の餌食です。

そんなときに生き残るのは、集団から遅れ、こわごわとあたりを見回している「不安感の強いひと」でしょう。おいしい果物は食べそこなうかもしれませんが、生命を落とすこともないのですから、これが「生存戦略2」になります。

ふたつの生存戦略が並立するのは、環境によってどちらが有利かが異なるからです。捕食動物が少なく食料の多い地域なら、「不安感の低いひと」は圧倒的に有利です。トラやライオンがうようよしている地域で生き残るのは、「不安感の強いひと」です。長い進化の過程で、いずれの環境にも適応できるように神経症傾向のパーソナリティが正規分布するようになったのです。

いまやヒトを襲う捕食動物はいないし、先進国では戦争や内乱もなく、殺人件数も減って世の中はますます安全になりました。ところがヒトの遺伝子はそうかんたんに変わらないので、いまでもサバンナの猛獣におびえていた頃と同じように強い不安を感じるひとが一定数います。神経症傾向が高いと、現代社会ではとても生きづらいのです。

「不安感の強いひと」は、ささいなことでも「このままでは死んでしまう」という生存の脅威に突き動かされ、不安を鎮めるためにどんなことでもします。症状も出ていないのに「検査してくれ」と保健所に怒鳴り込んだり、感染症予防とはなんの関係もないトイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンタオル(!)を買うために長い行列をつくったりするのはこのタイプです。

そう考えると、目の色を変えて買い占めているひとをすこしは温かい目で見られるようになりませんか?

『週刊プレイボーイ』2020年3月16日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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