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虫下し(駆虫薬)のフェンベンダゾールは本当にがんに効くのか? がん治療医の解説

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

きっかけは早期緩和ケア外来の診察室から

診察室での患者さんとの対話からは、様々な気付きがあります。

勉強しておられる患者さんも数多く、新治療の情報に関しては患者さん同士のネットワークで医師よりも早く入手している、という場合さえあります。

緩和ケアは末期になってからではなく、診断時から行うものです。その早期からの緩和ケアには「病気を理解する支援」「治療の意思決定」などが含まれ、単に症状を和らげるだけが緩和ケアではありません。

そのため、代替医療も含めて、治療を相談されることはよくあります。時間をかけてお話を伺い、専門家としての意見を伝えるのです。

少し前、患者さんからこのような質問を受けました。

先生、虫下しってがんに効くのでしょうか?

初耳だったのですが、気になることは早めに調べることが大切。

どうやら元ネタと思われる、フェンベンダゾールという虫下し薬を飲んで、小細胞肺がんが完治したとする米国のサイトはすぐに見つけることができました。

ただざっと調べると、その時点ではそれほど裏付けが有力なものではなく、様子見が妥当と思われました。

そこで私の頭の中でフェンベンダゾールという名前は時とともに薄れていったのですが、その間に大変なことになっていたのです。

YouTubeやメディアで拡散

2018年6月の日付で投稿されているジョーティッペンスの体験談。

そこには、小細胞肺がんを患ったジョーティッペンスが、抗がん剤治療と放射線治療を受け、それにプラスして(医師に内緒で)フェンベンダゾールといくつかの薬剤を飲み、劇的ながんの消滅を得た逸話が書かれています。

彼によると、40人程度が彼の方法で改善しているということです。

2019年になると、彼の話は口コミになり、テレビ局も取り上げました。

大きな影響を受けたのは、韓国でした。同国ではYouTubeが拡散に大きな役割を果たしました

米国で働く韓国人医師が、動画上でがん患者に駆虫薬をがん治療薬として研究するように政府に働きかけることを呼びかけ、それを見た視聴者が実際に政府への請願書を集めました。

さらには、数人のがん患者が駆虫薬を服用した後の副作用で病院に入院し、死亡者を1人出す結果になったにもかかわらず、別の韓国で働く医師がYouTube上で安全と主張するなど混乱が起こりました。

フェンベンダゾールには抗がん効果はあるようですが【参考文献1】【参考文献2】、元々ヒトに対して使われておらず、動物では骨髄抑制(骨髄の働きが抑制されて造血機能が障害され、白血球・赤血球・血小板が減少し、感染症や貧血、出血などの症状が現れること)や腸壊死などの副作用があります。

また同じベンゾイミダゾール系のアルベンダゾールはヒトに使用されていますが、がんに対しての治験ではやはり白血球が減少し、死亡例もあったとされています。

動物実験や試験管内の実験の結果が有望だからと言って、本当に有益な薬剤になるかを結論づけることはできません。

ましてや、副作用などが大きな問題になりうるかもしれません。フェンベンダゾールは、主として肝臓に存在する体内の酵素CYP2C19を使って代謝されるのですが、日本人は2割程度が低活性者であり、欧米人より割合が多く、その場合にフェンベンダゾールの薬物濃度が上がることが危惧されます。またCYP2C19に関係する薬剤を飲んでいると濃度が変化する飲み合わせの問題もあるでしょう。

日本でも、SNS等にも実践している人の投稿があります。

上述のように飲み合わせの問題があるのですが、担当医に話したら不許可となることを恐れて、秘密裏に実践している人が少なくないようです。

また中には、”推奨”(ジョーティッペンスが行った量。科学的に妥当かは不明確)の4倍量を使用して、致死的な副作用を出した可能性があるものまで見出されました。

現時点では、冷静に見守るという姿勢が好適でしょう。それにしてもジョーティッペンスの投稿日付から1年半でこれだけ話題になるのですから、情報の広がりがいかに早くなっているか、と痛感します。

日本でもYouTube等で取り上げられる

日本でもがんが治るなどとして、YouTubeの有名サイトでこのフェンベンダゾールの話が脚色され、とても見られています。

そうではないものもある一方で、これらの話にはしばしば「抗がん剤治療で効かなかった人が◯◯では治った」「効かない薬を売っているのは製薬会社や医者の金儲け」などと、標準治療への否定的な言及や陰謀論が添えられています。

ネット社会において、情報の拡散も本当に早くなりましたし、韓国でもYouTubeなどの動画がその有力な役割を果たしました。

すなわち今後、同じようなことが相次いで起こる可能性があります。

今まさに、病気で苦悩している方にとって、このような「がんが治る」という話はとても惹きつけられるものでしょう。

またしばしば短時間となりがちな診察時間のみにおいて、これらの”新治療”のことを医師などとよく相談することは一般に困難と言えるでしょう。

そのため緩和ケア外来やがん相談支援センターなどの、医療者が時間をかけて相談してくれる場とつながることが重要となります。

思いつめている時は、得てして冷静な判断が難しく、高額なものや健康を害するものに飛びつきがちです。

そして今、健康な方は、動物実験や体験談、陰謀論などの情報は常に冷静に受け止め、病気になった際も先入観に惑わされずに、相談によく乗ってくれる医療者と話し合うことが重要です。

もちろん有望ながん治療薬が新開発されるのは嬉しいニュースですが、しっかりとした検証の結果を待って判断することが大切だと言えましょう。

今後も「がんに効く」とする様々な情報が出てくることが予測され、YouTube等のこれまでとは異なった手段が拡散の後押しをするケースが出てくる可能性がありますが、述べてきたような捉え方や対処を行うことで、健康被害や経済的な損害を避けやすくなると考えます。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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