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日本企業を支えてきた「インフォーマルネットワーク」が、オンライン化の進展で弱体化の危機に瀕している

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
組織内の「絆」はもう不要なのか?(提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

■公式な組織はどんな企業にも必ずある

一般的に、企業組織と言えば、社長を起点とした樹形図、いわゆる組織図で表される公式(フォーマル)な組織のことを指します。社長から役員、部長、課長と続いていく流れはマネジメントラインなどと呼ばれ、それを通じて最前線の従業員まで指揮命令が行き届いたり、逆に報告や提案が上がって来たりします。事業を推進していくためには絶対に必要なシステムですから、このフォーマルな組織がない企業はありません。アメーバ型組織とか自律型組織など、指揮命令系統や階層が曖昧で柔軟な組織もありますが、そのような組織でも、職務権限や役割分担などは何らかのものがあるはずです。

■もう一つの組織、インフォーマルネットワーク

企業にはもう一つの組織があります。それが非公式(インフォーマル)な組織です。公式な組織よりも、もっとフレキシブルなものですので、インフォーマル「ネットワーク」と私は呼んでいます。例えば、職場の仲の良い友人、昔の上司・部下などは公式には何の関係もありませんが、人と人とのつながりとしては厳然として存在します。基本的には、インフォーマルネットワークを通じて事業を推進していくことはないので、この人間関係は組織図に載ることはありません。ただ、実際にはこのインフォーマルネットワークを通じて、企業の中で様々なことが行われています。

■インフォーマルネットワークは何をしているのか

例えば、人事異動の情報や噂などはインフォーマルネットワークを通じて、あっという間に社内に広がったりします。また、インフォーマルネットワークを通して知り合った他部署の先輩に憧れて、目指すべきロールモデルになることもあります。昔の上司にキャリアや仕事に関する悩みを相談したり、今の上司にはなかなか言えない思いを新卒の同期なら打ち明けることができたりします。他にも、休みの日に職場の友人と遊びに行ったり、関係が深くなって社内結婚につながることなども多くあったのではないでしょうか。

■公式組織では、効率やスピードばかりを追求している

このように、社内に小さくない影響を与えるインフォーマルネットワークですが、これらの機能は公式組織にはなかなか無いものです。公式組織は一にも二にも事業を効率的に推進するため、無駄を省いて運営されます。ミーティングで雑談をすることは歓迎されませんし、私的な悩みについて時間を使うことも憚られますので、家庭の問題や心身の悩みなどをテーマに話をする機会は限られます。何事もスピードを求められ、目的が明確でない冗長なコミュニケーションは避けるべきとされるため、突飛で飛躍した発想よりも現実的で具体的な計画についての話が優先されます。

■インフォーマルネットワークには公的組織を補完する機能がある

しかし、企業には効率やスピードだけが必要なわけではありません。時には、遠い将来のビジョンに思いを馳せたり、非効率とはわかっていても人材育成のために時間を使ったり、信頼関係を構築するために社内の人とレクリエーションを行ったり、愛社精神や仕事へのエンゲージメントを高めるために、一緒に働く人々と相互理解を促進する場を持ったりすることも、長期的に企業が存続するためには大変重要なことです。そして、これらの冗長かもしれないですが重要な諸々のことは、インフォーマルネットワーク内では自然に行われていることが多く、結果として、公的組織には無い機能を補完していると言えるのです。

■日本企業は強いインフォーマルネットワークに支えられていた

この二つの組織・ネットワークのうち、日本企業においては、伝統的に強いインフォーマルネットワークが存在していました。日本では若年層の失業率が低いことからもわかるように、新卒採用に力を入れてきたためです。新卒同期は「最後の同級生」のような存在で、入社後何年経っても損得勘定なしにサポートし合うことも多々あります。この新卒同期がコアとなり、強いインフォーマルネットワークを作っていきました。また、日本企業は仕事を限定しないで採用するメンバーシップ型採用をしてきたので人事異動が盛んで社内の人的交流が多く、さらにインフォーマルネットワークを強化することになったわけです。そして、それが退職予防やメンタルヘルスの向上、人材育成、情報の流通と創造性の強化などの面で、多くの日本企業を支えてきたのではないでしょうか。

■採用や仕事の「オンライン化」はインフォーマルネットワークを弱体化する

ところが、コロナ禍によって、採用や仕事が一気にオンラインで行われるようになったことで、状況は変わりました。研究や実践の場を通じて、オンラインでのコミュニケーションは、情報は伝わりやすいが感情は伝わりにくいことが分かってきました。そのため、情報の交換を主とする公式組織の活動は比較的容易にオンラインに乗りました。ところが、感情の交流によって維持されることの多いインフォーマルネットワークはオンラインコミュニケーションでは醸成しにくく、このままでは徐々に弱体化していく恐れが出てきました。これは、強いインフォーマルネットワークに支えられていた日本企業にとっては大問題です。

■インフォーマルネットワークを維持するか、公式組織で代替するか

上述のように、インフォーマルネットワークは、意識していたかどうかは別として、確実にこれまで多くの日本企業を支えていました。企業活動のオンライン化で、このままだと無くなっていくというのであれば、オンラインでもインフォーマルネットワークを維持するか、それとも公式組織において同じような効果をもたらす施策を打つことで代替するか、何かしら手を打たなければいけません。オンラインでもこれまで同様にインフォーマルネットワークを作る努力をするのか、それとも難しいと判断して、例えばこれまではインフォーマルに発生していたロールモデルとなりうる先輩社員との出会いを、メンター制度などの公式のもので意図的に生み出すのか。今、日本企業は大きな判断を迫られているのです。

6/24(木)に部活のみかた主催のフォーラムで基調講演をいたします。新卒採用のオンライン化によるインフォーマルネットワークへの影響についてより詳しく紹介するとともに、その解決の糸口についても考察していきます。

フォーラムの詳細および申し込みは以下URLよりご確認ください

https://bukatsunomikata.co.jp/company/event/210624.php

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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