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大麻合法化論を考える 本当に害は小さいのか、医療目的の使用の是非は?

原田隆之筑波大学教授
(提供:hide/イメージマート)

大麻合法化論

 大麻に関する事件が報道されると、最近では「大麻合法化論」が話題になることが増えた。果たして大麻は合法化すべきなのだろうか。

 まず、そもそもなぜ大麻が違法とされているかというと、それは国連の「麻薬単一条約」で禁止されており、ほぼすべての国連加盟国がそれを批准しているからである。もちろん、日本も例外ではない。そして、国内法として「大麻取締法」によって規制薬物とされているからでもある。

 とはいえ、法がすべてであるという硬直化した議論にはあまり意味がなく、時代の変化によって、あるいは最新最善の科学的エビデンスに基づいて柔軟に議論する余地は多分にある。

大麻の害

 大麻合法化についての議論では、「アルコールやタバコに比べると害がない」という意見が必ず出るが、それは事実だろうか。

 有名な研究では、権威のある医学雑誌「ランセット」に掲載された論文で、さまざまな薬物の依存性や害を比較したものがある。

 それによると、依存性が大きい薬物は、順にヘロイン、コカイン、タバコ、アルコール、睡眠薬(バルビツール)、覚醒剤、大麻であった。また、害については、ヘロイン、コカイン、睡眠薬、アルコール、覚醒剤、タバコ、大麻の順であった(図1)。

図1 薬物の依存度と害(Nutt et al., 2007 を基に作成)
図1 薬物の依存度と害(Nutt et al., 2007 を基に作成)

 たしかに、大麻はアルコールやタバコよりは順位が下である。しかし、これはそもそも依存性や害の大きな薬物同士を比べたものであるうえ、その差はわずかでしかないことにも注意すべきである。

 そして、この論文の著者は、単に依存性や害の大小だけで議論するのではなく、使用パターン、頻度、量などによって、危険度は大きく変化すると注意喚起をしている。つまり、これらの薬物同士を比べてどれがより安全であるといった議論はナンセンスで、「どれも危険である」という理解をすべきだということである。

 さらに、近年の「品種改良」によって、大麻に含まれる有効成分であるTHCの含有濃度が、この20年間に4倍にまで高まっているというデータもある。つまり、危険性がより大きくなっている可能性があるということだ。

 また、別の複数の研究をみると、さまざまな薬物を使用した際に依存症になる割合は、ヘロイン35%、アルコール4%、覚醒剤20%、大麻9%などとなっている。タバコに至っては、80%を超えている。また、10代で大麻使用を始めた場合、この割合は17%程度まで増加することが示されている。これは覚醒剤に匹敵する数字であり、これらのデータでは、アルコールよりも大麻のほうが危険であることが示されている。

 世界保健機関(WHO)は、大麻の害として、脳機能の障害(認知機能、記憶、知能)、呼吸器の障害(慢性気管支炎など)、生殖機能の障害、精神障害のリスク増大などを挙げている。加えて、大麻使用下での交通事故などの危険性も度々警告されている。

 このように、大麻は他の薬物に比べると依存性や害が小さいという知見があることはたしかである。とはいえ、さまざまな薬物のなかで比較的害が小さいからと言って、それをもって合法化するべきという理由になるのだろうか。大麻を合法化するならば、それよりも害が小さいとされるMDMAやLSDなども合法化すべきなのだろうか。

 一方、アルコールやタバコは合法であるが、これらの研究を見ると大きな依存性や害があることは間違いない。どれだけ国や専門家が注意喚起し、依存症対策を実施しても、依然としてわが国では2,000万人の喫煙者がいるし、1,000万人の問題飲酒者がいる。そして、それに伴う健康上の害、犯罪、事故などが多数発生している。

 この上、さらに別の薬物を解禁して、これ以上のリスクを増やす必要があるのだろうか。また、害の大きさだけを基準に議論するならば、逆にアルコールやタバコを非合法化するべきという議論のほうがより合理性があるようにも思える。

合法化は世界の潮流か

 別の意見として、「いまや大麻合法化は世界の潮流だ」というものがある。これも果たして事実だろうか。

 現時点で嗜好目的の大麻使用を合法化している国は、世界でわずか3か国しかない。それはウルグアイ、アメリカ(一部の州のみ。連邦法では非合法)、カナダである。言うまでもなく、これは国連条約違反である。カナダが大麻合法化に踏み切った2018年、スムヤイ国連国際麻薬統制委員長は、「国際的な薬物統制の法的枠組みに明らかに違反し、合意された国際的な法的秩序を尊重することをないがしろにするものだ」と非難した。

 また、よく誤解されることであるが、オランダなどヨーロッパのいくつかの国は、大麻の合法化はしておらず、「非犯罪化」にとどまっている。それは、少量の使用や所持だけでは、刑事罰の対象としないという政策である。

 このように、3か国が相次いで合法化に至ったからと言って、それを世界の潮流だとは到底言えないであろう。

 合法化や非犯罪化をした理由については、まずこれらの国では大麻だけでなく、さまざまな薬物問題が非常に深刻で、ハードドラッグと呼ばれるヘロインやコカインの取締りに法執行機関の力を集中させたいことが大きな理由の1つである。さらに、ブラックマーケットでの大麻の流通をなくすことが理由として挙げられている。いわば、やむにやまれずという側面が大きい。

 一方、日本では大麻事件が増えていると言っても、逮捕される人は年間3,000人ほどである。これを国民の約4割に大麻使用経験があるというアメリカなどに比べると、問題ははるかに小さい。その日本で、わざわざ大麻の規制を緩める理由があるだろうか。

 合法化をすると、大麻使用者は間違いなく増える。事実、カナダ保健当局は、増加した大麻使用者への対応に追われている。さまざなポスター、チラシ、パンフレットなどを作成して、健康上のリスクが生じるような大麻使用を避けること、若年層は大麻を使用しないこと、大麻を使用したら車の運転をしないことなどを繰り返し注意喚起している。大麻合法化によって、これらの事態が生じることは目に見えていたはずだ。

 一方、薬物使用の非犯罪化という政策は、薬物使用者の健康リスクや犯罪リスクを減らし、薬物使用自体を抑制するというエビデンスがある。これは、刑事罰を恐れることなく治療などのサービスにつながりやすいからだ。国連も合法化については厳しい非難をしているが、薬物使用者への刑罰に代わる措置(治療、教育、福祉、リハビリ)などについては推奨している。

医療目的の大麻使用

 別の議論として、医療目的の大麻合法化という意見がある。

 これは、大麻草をそのまま医療目的に使用することのほか、大麻の有効成分であるカンナビノイドを合成、または抽出して大麻製剤として用いるということである。これは多くの国で認められており、世界的な潮流と見てよいだろう。

 大麻製剤には、がんや多発性硬化症の疼痛緩和、がんの化学療法に伴う副作用の緩和、てんかん発作の予防など、さまざまな効果がある。医療目的に加えて人道的な見地からも、このようなケースで大麻製剤の使用を検討することには大きな意義がある。

 日本でもモルヒネ、覚醒剤などは医療目的の使用が認められている。しかし、大麻だけは医療目的でも使用してはならないと規定されているのは、非常に疑問である。したがって、この点に関しては、最新最善のエビデンスを基にして議論を進める必要があるだろう。

 日本では、世界的に見ても違法薬物に対する拒否感が強い。これは、国民の遵法意識の高さとも相まって、薬物使用者が非常に少ないことの大きな原因であると考えられ、それは世界に誇るべきものである。

 しかし、薬物と聞いただけで、ヒステリックに拒否反応を示し、一切議論をしないという態度に行きついてしまうことは、残念というほかない。どの立場に立つとしても、社会文化的背景や科学的エビデンスを吟味しながら、対立する主張にも冷静に耳を傾けつつ議論をすることが求められる。

 

文献

CAMH Lower Risk cannabis use guidelines

Hall W et al. Curr Opin Psychiatry 2007

Nutt et al. Lancet 2010

Nutt et al. Lancet 2007

Volkow et al. N Engl J Med 2019

WHO https://www.who.int/substance_abuse/facts/cannabis/en/

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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