ドラギ・マジックは健在
どうやらドラギ・マジックは健在のようである。ドラギ・マジックとは欧州の信用不安が強まると、ドラギECB総裁が何かしらの手段を講じてそれを抑えに掛かること、との解釈も可能かも知れないが、私はそれよりも何ら具体的な手段を講じなくても、言葉だけで市場を安定化させてしまうことがマジックだと思っている。
2011年11月にはトリシェ総裁の任期満了に伴いドラギ氏がECB総裁に就任したが、11月から12月にかけて連続利下げを実施し、政策金利は1.0%に戻した。さらに非標準的手法として、流動性を供給するため期間36か月の長期リファイナンス・オペ(LTRO)を新設した。ドラギ総裁はユーロ圏の信用不安払拭のためには、とにかく行動するということをまず印象づけた。
そして、欧州の信用不安後退の大きなきっかけとなったのが、ドラギ総裁が2012年7月に、ユーロ存続のために必要な、いかなる措置を取る用意があると表明したことであった。これに加え2012年9月のECB理事会では、市場から国債を買い取る新たな対策を打ち出した。これにより市場に安心感を与えたものの、実はここでは何ら具体的な手段は講じていない。言葉だけで市場心理を好転させていた。これがマジックであったと思う。もちろんそれにはドラギ総裁への絶大なる信認が背景にあったと言える。
7月4日のECB政策理事会では、主要な政策金利を0.5%のまま据え置いている。ただし、追加利下げの可能性も強く示唆しており、今後、0.25%程度の引き下げの可能性はある。それよりも、今回はとっておきのカードを使ってきた。ただし、今回も言葉だけで。
理事会後の記者会見でドラギ総裁は、政策金利は長期にわたって今と同じか、より低い水準にとどまることが見込まれると発言した。これは一見、あたりまえのことを言っているように思われる。FRBや日銀は時間軸政策をとっており、それに慣れているとこの発言は何らサプライズとは思えない。
ところが、これまでのECBは将来の政策をコミットメントしないというのが原則だったのである。今回はその原則を放棄して、いわゆる時間軸政策に踏み切った格好となった。今回もドラギ総裁は何か具体的な手を打たずして、期待に働きかけて市場を動かした。
FRBの出口政策が意識されて市場が不安定となっていたことに加え、ポルトガルの政情不安もあり、ポルトガルだけてなく周辺国の国債利回りがここにきて上昇していた。まさに、うまいタイミングで切り札を出し、動揺を抑えに掛かった格好になった。
さらにイングランド銀行でも、7月1日に就任したばかりのカーニー新総裁が早速動きを見せた。金融政策そのものは据え置いたが、政策金利を市場が想定したよりも長期にわたって過去最低に据え置くことを示唆し、こちらも封印していた将来の金融政策見通しを示すガイダンスをはじめたのである。ECBとイングランド銀行は共に、時間軸効果を意識した政策に軸足を起き始めた、というよりもFRBの出口政策に対して、あらたなカードを出してきて、ECBとBOEは超緩和策の出口をあえて遠ざけて、市場心理を好転させた。
これに対して、日銀が異次元緩和で行ったのは異常ともいえる大量の国債買入であり、そう簡単に達成できるものではない2年以内で2%の物価目標の設置であった。これらは国債市場の流動性を不安定化させたばかりか、先行きの金利観も不安定化させている。円安・株高を招いたアベノミクスではあるが、これはアベ・マジックもしくはクロダ・マジックであったのか。少なくとも債券市場から見る限り、市場との対話に成功しているわけではなく、マジックと評されるかは疑問である。