【京都市東山区】建仁寺の小泉淳作展開会式に東大寺別当が駆けつけた意外な縁 東大寺所蔵襖絵も圧巻の展示
宋で禅を学んだ栄西禅師が建仁2年(1202年)に中国の百丈山を模して建立した京都最古の禅寺「建仁寺」は、各宗兼学の寺院として元号を勅許された格式の高い寺院です。元号寺院と言えば、京都では他に日本宗教の母山として名高い延暦寺、宇多天皇の創建による門跡寺院の仁和寺にしか許されていません。
その建仁寺に訪れた人々の目を、圧巻の迫力で魅了するのが、畳108畳分に相当する法堂の天井に描かれた双龍図ですね。古様に倣いながらもどこか人間味を感じさせる独創性に富んだ大作を描いたのは、小泉淳作(1924-2012年)画伯でした。
特定の美術団体に属さず、画壇とも距離を置いたことから「孤高の日本画家」と称される画伯の生誕100年を2024年10月に迎えるのを記念し、その建仁寺で2024年7月20日(土)~9月23日(月・祝)まで回顧展が開催されます。
7月19日に行われた開会式と内覧会の冒頭、臨済宗建仁寺派の小堀泰厳管長や小泉画伯遺族代表の平澤弓子さんらの挨拶がありました。今回、特別協力として東大寺から、華厳宗管長の橋村公英第224世東大寺別当も駆け付けました。
挨拶の中で、「鎌倉期において東大寺中興の祖とされる重源上人と建仁寺を建立した栄西禅師が同時期に宋で学び、東大寺の鎌倉再興の際に重源上人亡き跡を継ぎ、数多の伽藍を完成、落慶したのが栄西禅師だったこと。その縁もあって、小泉画伯の東大寺本坊の襖絵を貸し出した」ことなどが語られました。
本坊と塔頭禅居庵の展示会場には、生活のためにデザインの仕事をしながら、試行錯誤を続けた初期の作品から、40代半ばの日本の山や中国の連山を取材し生まれた深遠な山水画、描く対象を凝視し、徹底した写実から生まれた花や野菜、果物の静物画、命を削るようにして描き上げた奈良・東大寺本坊の襖絵を始めとする晩年の力作まで、約70年に及ぶ画業が展観されています。
奈良東大寺の光明皇后1250年御遠忌記念事業として奉納された襖絵40面の内、展示された蓮池16面としだれ桜4面の襖絵は、存在感があるとともに、そのつややかな彩色は心を和ませてくれるようでした。解説をしていただいた、泉屋博古館東京の野地耕一郎館長によると、「この襖絵が今この場に展示されていることがすごいこと」なのだそう。
館長からは、「小泉画伯は湯豆腐が大好きで、18時には作業を終えて、鹿ケ谷あたりまでよく食べに行った」などのエピソードも聞くことができました。建仁寺では、8月2日から、枯山水に雲海が出現したり、双龍図へのプロジェクションアートなどのイベント「ZEN NIGHT WALK KYOTO」(外部リンク)も開催されます。ぜひ立ち寄ってみてください!
京都・建仁寺小泉淳作展(外部リンク)京都市東山区大和大路通四条下る小松町584番地