Yahoo!ニュース

withコロナの働き方は? メンタルヘルス相談件数4倍増、企業は従業員の「心」のケアを!

白河桃子相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト
PexelsのАлександар Цветановиによる写真

緊急事態の終了。喜ばしいことだが、ようやく慣れた在宅勤務からまた勤務形態が変わることに、とまどう人もいる。出社や満員電車が怖いという人もいる。今、企業がするべきことは何か。働き方改革を推進する白河桃子が、企業のメンタルヘルス支援のピースマインド株式会社の荻原英人代表取締役社長と緊急対談をさせていただいた。

※対談は緊急事態宣言解除の翌日の5月26日、リモートで行われた。

悩みは一様ではない。自粛緩和で新しい不安の芽生えも

白河  今回、荻原さんに対談をお願いしたのは、withコロナの働き方を考えるうえで、心の問題を置き去りにしてはいけないと思ったからです。新型コロナウイルスにより日本中の人が、2つの初めての体験を強いられた。長期にわたる在宅勤務と、仕事と家事や子育てとの家庭内での両立です。働き方、暮らし方、両面にわたる、ものすごく大きな変化を経験したのです。在宅する社員も出勤する社員も、メンタル、ストレスの問題を抱えてもおかしくない状況です。

荻原  そうですね。当社は企業を対象にした従業員支援プログラムとして心理相談窓口を設けていますが、そこに寄せられた新型コロナ関連の相談数は、3月の緊急事態宣言前に比べ、宣言後は約4倍に増えました。

白河  4倍も…どのような相談が多いのでしょうか。

荻原  感染症対策のフェーズに応じて、相談内容の傾向に変化が見られました。2、3月時点では、感染そのものへの不安や、情報不足、今後の生活などに関する漠然とした不安が中心でした。宣言が出され外出自粛が徹底されるようになると、在宅勤務に関連する相談に中心が移りました。いちばん多いのが在宅勤務によるストレスです。上司や同僚とのコミュニケーションがとりにくい、子育てで思うような夫のサポートが得られないなど、より個別性の高い悩み、ストレスが聞かれるようになりました。

白河  御社はハラスメントや東日本大震災などの対応もしていますよね。新型コロナを災害ととらえ、災害発生後にたどる心理プロセスに当てはめて説明されています(図1)。現在の首都圏は心理的にはどのフェーズなのでしょうか。

画像

図1 コロナ問題の心理的プロセス

荻原  前例のない出来事に遭遇して混乱するショック期を経て、さまざまな問題や課題が表出する顕在期に移行するのですが、現在はこの顕在期の終盤くらいだといえそうです。

白河  次の幻滅期とは?

荻原  変化が収まりじょじょに回復に転じる時期です。ただし、回復のスピードは業種や職種によって大きな開きがあり、その格差が明らかになる時期でもあるので、適応の遅れから不安を抱く人も出てくると考えられます。またショック期や顕在期に「コロナを乗り越えよう!」とがんばってしまうと、たまっていた疲労がこの時期に表に出て、抑うつ感や無力感を覚えることも考えられます。

白河  自分も自分の友人たちも、おっしゃるような状況があると思います。特に弱者の支援で頑張っているNPO法人などの人もそろそろ疲れが出るかもしれません。

「元通り」ではなく、新しい働き方をつくるべき

白河  自粛が緩和されたからといって悩みがなくなるわけではなく、また次の悩みやストレスが出てくるわけですね。今、Twitterでは「出社鬱」「会社に行きたくない」などの呟きが見られます。全員が外出緩和を待ち構えていたわけではなく、「このままでいい」という、不思議な多幸感を持つ人も多いことが見て取れる。ところが企業の中には、「元の通り、全員出社でがんばろう」「早く遅れを取り戻そう!」と意気込んでいるところもあると聞きます。これでは取り残されたり不安を抱えたままになったりして、不調を覚える人も出てくるのではないか。自粛緩和の今こそ、危惧していました。

荻原  私もまさにそこが、今回の解除で経営者や管理職が気を付けるべきことだと思っています。ご指摘のように在宅ワークがストレスになる人もいれば、出社にストレスを感じる人もいる。先述のように、不安の中身も状況によって変わり、新しい環境への適応も人によって異なります。加えて、顕在期の終わりに来て、在宅勤務から通常勤務に戻るという、また新たな変化への対応に迫られています。一斉に勤務体制を戻すとか、急いで遅れを取り戻そうとすると、業務面でもメンタル面でも負荷が高まり、決していい結果を招きません。

白河  働き方を変えるだけでは、かえって生産性が落ちる可能性もあると思います。

荻原  いわゆる五月病と重なる点でも心配です。実は五月病といっても、例年、相談件数がピークを迎えるのは6月。4月に新しい環境に入り、1、2か月経って悩みが顕在化する傾向があるんです。ところが今年は年度初めが2か月遅れたようなもの。7、8月になって悩みが顕在化してくる可能性もある。その時期にはまだ新型コロナの環境変化は続いていると考えられます。夏に向けて、特にていねいな対応が必要となるフェーズを迎えると意識しておいたほうがいいでしょう。

白河  やはり拙速な一律対応は注意が必要ですね。人の心は一人ひとり違います。

荻原  はい。緊急事態宣言下の1か月余りの間、どの企業でもコミュニケーションや働き方に関し、さまざまな工夫をしたと思います。その工夫や経験を活用し、元に戻すというより、また新しい働き方をつくろうという構えで、ソフトランディングを目指すことが大切だと思いますね。

「不安は当たり前」「何でも話していい」と伝えることが大事

白河  新しい働き方をつくっていくために、今こそ企業は社員の声を聞くべきだと思います。総務省によると、コロナ前、テレワーク制度がある会社は19.1%しかありませんでした。利用率に至っては半数の企業が5%未満。しかし今回は7都道府県を中心に、初めて強制的にテレワークをした人が多いのです。もちろん混乱もありました。しかし、日本アイ・ビー・エムの調査によると、テレワークをしている人の52%が「今後も続けたい」と回答したそうです。このせっかくの働き方のパラダイムシフトを後戻りさせないためにも、社員の声をしっかり聞いて、持続可能な働きやすい環境とはどういうものか、考える必要があると思います。ここで変われなければ、未来はないと思っていますね。

荻原  確かにそうですね。今回現場の社員が経験して実践した新しい働き方を踏まえて、新しい働きやすい環境を考えていく必要がありますね。また、今回の大きなクライシスを経て、従業員の気持ちを汲み取りケアしていく必要があると実感している企業も多いようです。

白河  具体的に、企業はどうしていけばいいとお考えですか。

荻原  まず、こうしたクライシスに見舞われたとき、メンタル面でどのような変化が起こるのかを、働く人一人ひとりに理解してもらうことが重要です。「変化に直面すると不安を抱くようになる。それは当たり前のことなんだ」と理解できているだけで、つらさは大分違います。

白河  私も世界がロックダウンをするのを見ながら、最初はすごく怖かった。西海岸からオンラインで行われた「セルフマネジメント」セミナーで、「不安を認めていいんだ」と教わり、気持ちがラクになりました。また大きな変化を経験する時の、心のフェーズの変化も知ると、自分で「今はこのフェーズにいる」と客観視できて、心のありようをどう保てばいいかわかります。また人の心は自分で拠り所を見つけるのだなと思ったのが、友人たちとの繋がり。みんなで同じ韓流ドラマを見て、オンライン会をやったりするグループが二つもできた。ふだんは忙しくてドラマなんか見ない人たちばかりなのに。まさにコロナ禍だからの出来事です。

荻原  会社でも、心理教育を通して社員に伝えるといいでしょう。また、セルフケアやラインケアをしやすいよう、セルフチェックリストなどを用意することも勧められます。自分自身のストレスをモニタリングできると、無理のない範囲で気を付けることもできます。

画像

リスト1 ストレスによる心身への影響 セルフチェックリスト

画像

リスト2 管理職向けアイディアリスト

荻原  不安を口に出しやすい環境であることも大事です。そのためには、管理職者が日ごろから不安やストレスを否定しないこと。そして心配なことはないか声をかけ、話しやすい雰囲気を作るようにしたいものです。特に今年の新入社員は、大きな不安を抱えていると思われます。「できなくて当然」を前提に、「大したことじゃなくても相談して欲しい」「放置する期間が長くなるほど、取り戻すのが難しい」と、強く言ってあげるといいでしょう。

あわせて、不安に早く気付けるよう、チェックリストなども参考にしつつ管理職者が部下の状況を注意深くみる必要もあります。

白河  新入社員のケアは大事ですよね。年1回のストレスチェックをはじめエンゲージメント調査を実施している企業もありますが、略式でも、こまめに調査したほうがいいのでしょうか。

荻原  直接言いにくいことでも、アンケートを活用して声を拾うことはできますね。負担にならない程度に頻度を上げるのもいいと思います。オンライン上でもコミュニケーションの機会を増やすなどの工夫も有効です。その際、悩みがあったときの相談先を伝えたいもの。「必ずしも上司である自分に打ち明ける必要はない。同僚でもいいし、産業医やEAP(Employee Assistance Program)などの専門家に相談する方法もある」などとリソースを提示すると、安心感につながります。

新型コロナ禍の経験を無駄にしないために

白河  部下だけでなく、管理職者自身は誰に助けを求めたらいいでしょうか。専門家になりますか?

荻原  もちろんコーチやカウンセラーがいれば活用したほうがいいですが、まずは課題を自身で溜め込まず同じような立場の人に相談するといいのではないでしょうか。

白河  なるほど。上司同士のオンライン愚痴大会はよさそうですね(笑)。

荻原  私は今回リモートワークをすることで、オンラインミーティングはオフラインに比べて1対多で話しやすく、ほかの人の情報や課題を共有しやすいと感じました。オンラインで話すのはいい方法だと思いますよ。

白河  新型コロナは、働き方やコミュニケーション、暮らし方に強制的なパラダイムシフトを引き起こした。今企業は今後の「働き方」の制度をどうするか、で大忙しですが、この経験を生かすには、今こそ、働く人が抱える心の問題、ストレスに注目するべきだという思いが強くなりました。ありがとうございます。

相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト

東京生まれ、慶応義塾大学。中央大学ビジネススクール MBA、少子化、働き方改革、ジェンダー、アンコンシャスバイアス、女性活躍、ダイバーシティ、働き方改革などがテーマ。山田昌弘中央大学教授とともに19万部超のヒットとなった著書「婚活時代」で婚活ブームを起こす。内閣府「男女共同参画重点方針調査会」内閣官房「第二次地方創生戦略策定」総務省「テレワーク普及展開方策検討会」内閣官房「働き方改革実現会議」など委員を歴任。著書に「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」「御社の働き方改革、ここが間違ってます!」「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」「女子と就活」「産むと働くの教科書」など多数。

白河桃子の最近の記事