ドキュメンタリー映画「ガザ 素顔の日常」 私たちが知らない人々の日常から見えてくる封鎖と戦争の衝撃
パレスチナ自治区ガザを扱ったアイルランド人監督によるドキュメンタリー映画『ガザ 素顔の日常』(2019年)が7月2日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開される。ガザを舞台に、タクシー運転手、大家族の少年、海水浴場のライフセーバー、漁師、仕立屋、チェロ演奏を習う少女、役者、ラッパー、救急隊員など、何人もの人々の日常を重ねていき、これまでニュース映像では出てこなかったガザの人々の素顔を描き出している。
映画には二人の監督がいる。アイルランドのテレビでドキュメンタリーを撮ってきたガリー・キーンと、アフリカ、中東、アジアなどを舞台に写真を発表してきた写真家のアンドリュー・マコーネル。紛争地を舞台にドキュメンタリーを撮ろうとしたキーンが、ガザにあるサーフ・クラブの写真を連作をウエブで発表していたマコーネルにガザを舞台にした映画を撮る話を持ちかけたという。撮影は2014年から18年まで5年にわたった。
映画は5,6人の子供たちが海に潜り、手作りの大きなサーフボードに乗って、バランスをとる場面から始まる。この映画の中でが、ガザの海が繰り返し舞台として登場する。長いビーチはガザの人々にとって数少ない娯楽の一つである海水浴の場であり、若者たちにとってのサーフィンの場であり、海に面したガザの主要な産業の一つである漁業の場でもある。
サーフボードに乗っていた子供の中に、難民キャンプに住む14歳の少年アフマドがいる。父親と3人の妻のもとに計14人の子供がいて、3部屋しかない家に計18人の家族が暮らす。アフマドは漁師になって船長になるのが夢で、漁師の船に乗せてもらって網の補修などの手伝いをしている。
ガザの海は2007年から始まるイスラエルの封鎖によって海岸から5キロ以内で封鎖され、常時、イスラエル軍の船が巡回している。実際にイスラエル軍に拘束されて、2年間服役して、出所して戻ってくる漁師やその家族も登場する。
1人の登場人物を通して、その家族や生活からガザの状況へと広げていく手法がとられる。タクシー運転手と冗談を言い合ったり、カフェで男たちがテーブルを囲んでカードゲームをしながら、世間話をしたり、たわいない日常と、生活が描かれる。
若者3人がトランプで遊ぶシーンがある。ガザのいたるところで見られる光景だ。若者の1人が「俺は魂の救済者」「今を求めてひたすら考える」とアラビア語で韻をふみながら節をつけて語る。ラップである。若者の脇で子供たちがその歌をじっと聴いている。次のシーンで若者は自宅で自作のラップを手振りを交えながら歌っている。
「死に場所へ戻せ それが彼の望みだ 昨日に戻れるなら 俺は明日を変える 俺たちはチャンスが欲しい……」
ベッドの上に電子ピアノのキーボードをおいて曲をつくりながら語る。
「第2次インティファーダの時、俺はまだガキだった。10歳だったと思う。撃たれた時もまだ16歳だった。4時間地面に放置された間にイスラエル兵たちが『立てるか』と聞いた。『立てない』と答えると、俺は再び撃たれた」
彼のベッドの横には車いすがあり、彼に障害があることが分かる。その後、車いすに座ったラッパーは防音ルームでのラップの新曲のレコーディングの場面。「障害があっても、自分でこうやって行動して、自分に満足を感じたいんだ。自分は声をあげているのだと……」と語る。
1999年に生まれたという10代の少女カルマも主要な登場人物の1人。カルマはガザでほとんどの女性がつけているイスラム式のベールをつけていない。母親もつけていない。家族が集まる広い庭のある家から、ガザの富裕層であることがうかがわれる。カルマは英語で語る。
「よその国の人から見た私たちは『戦争ばかりの地域で暮らす人間』です。単にかわいそうと同情されるのはとても苦痛です。物事の表面だけでなく、本質を見てほしい」
カルマが音楽教室に通いチェロのレッスンを受けている場面もある。
「言葉にできない気持ちはたくさんあります。言葉にならない思いを自分の音で伝えられたらうれしいです」
ガザに富裕層がいることは余り伝えられないが、ガザには大地主の有力家族がいくつかあり、いまでもガザの経済や政治、文化に強い影響力を持っている。カルマの母親が協力しているベドウィン出身の女性デザイナーのファッションショーが行われる場面もある。カルマもモデルとして美しく豪華な衣装を来て登場する。デザイナーはカルマら参加した若いモデルに語り掛ける。
「現状はままならないけれど、国境検問所が開いたら、あなたたちをどの国にでも連れて行くわ。フランスやアメリカからモデルの仕事のオファーがたくさん来ているの。あなたたちにはガザの誇りであってほしい」
その言葉によって、続く封鎖によって若者たちの夢や未来が奪われていることに気付かされる。封鎖が始まって今年で15年になる。その間、世界から切り離され、「天井のない監獄」と呼ばれるガザに押し込められた若者たちの鬱屈した思いと、その中で自分を表現したいという思いが交錯する。しかし、表現手段を持っている若者はわずかだ。多くの若者たちの怒りは、ガザを取り囲む壁の向こうにいるイスラエル兵に向かう。
映画の中ほどで、2018年5月15日にガザで始まった若者たちの大規模なデモ「帰還の大行進」の場面がある。この日は、1948年のイスラエル建国とパレスチナ難民問題の始まった日から70周年の抗議運動である。
若者たちの群衆がガザを支配するイスラム組織ハマスの呼びかけに応じてデモに参加し、取り巻くフェンスのところまで行き、フェンスの向こうにいるイスラエル軍車両に向けて投石する。イスラエル軍は催涙ガス弾を発射し、そのうち実弾を撃つ。多くの若者が死傷し、救急車に運ばれる。救急車で若者たちを救護する救急隊員の男性が語る。
「ここ10年以上、ガザの若者は、未来も希望も奪われてきました。唯一憂鬱のはけ口となるのが(イスラエルの)フェンスなのでしょう。投げた石が兵士に当たらなくても、銃弾が飛んできます。社会に必要な若者たちが手や脚を失うハメになります」
ニュースの映像では衝突で死傷者がでる場面だけが流れる。この映画では、若者たちの日常を描くことで、その無謀な抗議は、日々の封鎖の中で、蓄積されている怒りが噴き出しているのだと分かる。
ガザが世界のトップニュースとなるのは、2008年12月から2021年5月まで4回あったイスラエル軍によるガザ攻撃の時である。この映画の撮影が始まった2014年には50日間続き、2200人以上のパレスチナ人が死んだイスラエルの大規模侵攻があった。
しかし、この映画では2014年のガザ攻撃の映像は、後半に5分、6分程度流れるだけだ。ビルにミサイルがさく裂して真っ黒なきのこ雲が上がる。病院では次々と負傷者が運び込まれる。担架の上で泣いて親を呼ぶ子供。家族を失って泣き叫ぶ女性……。ガザといって私たちが思い浮かべるのは、まさにそのような戦争の映像である。ところが、この映画の中では、これまで繰り返し見たことのあるガザの戦争の映像が全く違って見えてくる。
最初に登場する難民の子供アフマドが友人とともにガザの通りに出て、上を見上げている。いきなりミサイル着弾の爆発音が通りに響き渡り、画面が揺れる。アフマドらは両手で耳を押えて、逃げ出す。さらに続いて、爆発音が響き、通りに出ていた人々が血相を変えて逃げ惑う。戦争は、人々の日常を切り裂く、圧倒的な暴力と破壊として襲ってくる。
これまでイスラエルの攻撃を受けるガザは、イスラム組織が支配し、イスラエルと対抗するガザだった。犠牲になるのが民間人だとしても、政治的、軍事的な対立関係の中にある人々である。それに対して、この映画はガザで生きる人々の日常を時間をかけて追い、一人一人の生活を見せることで、映画を見る者はガザの人々の日常を見る。人々の素顔の日常が見えて初めて、日常を破壊する戦争の正体も見えてくる。
監督の一人のキーンはアイルランド・メディアのインタビューで「実際にガザに生きている人々の声を伝えようとした。ガザはテロリストの巣窟だという考え方のもとで、人間性を奪われている。しかし、(武装闘争に関わる)ごく少数の人々を除いて、ほとんどの人はひどい状況のもとで、私たちと同じく、生計を営み、家族を養っているのです」と語る。
もう一人の監督のマコーネルはアイルランドに隣接する紛争の地である北アイルランドを引き合いに出して、「紛争地に生活する現実も、私たちと同じく、ごく普通の日常の繰り返しです。しかし、人々の日常は決して正しく伝わりません。ガザも全く同じで、誤解されているのです」と語っている。
この映画はガザの人々の日常を伝えることでガザの素顔を見せ、イスラエルによるガザ攻撃という戦争の真実をも伝えている。