話題作「六人の嘘つきな大学生」も担当。気鋭の脚本家・矢島弘一氏を支える縁と言葉
「毒島ゆり子のせきらら日記」「コウノドリ~命についてのすべてのこと~」など数々の作品で脚本を手掛ける矢島弘一さん(49)。朝倉秋成さんの小説を映画化した「六人の嘘つきな大学生」(11月22日公開、佐藤祐市監督)でも脚本を担当しています。次々と話題作で手腕を発揮していますが、根底にあるのはこの道に進んだ頃にもらった言葉だといいます。
30歳からのスタート
もともと、映画やドラマは大好きだったんですけど、まさかこうやって脚本を書くような人間になるなんて思ってもいませんでした。
そういう世界にあこがれはあるけれども、一方で「自分なんか…」という曲がった考えもあったので、そことは向き合わない。そんなゆがんだ(笑)学生でした。
実家が商売をしていたので、後継ぎとして仕事をすることになったんですけど、そこに物足りなさも感じていて。以前「矢島さんはいい声してるね」と言われたことを真に受けて(笑)、結婚式の司会とかもするようになったんです。さらにナレーションの学校にも通って、自分なりに少しずつそっちの世界に入っていったという感じでした。
そんな中、ナレーションの先生から「本当にこの世界でやりたいんだったら、ちゃんとお芝居を学んだほうがいい。表現力が大事だから」と言っていただきまして。その言葉をきっかけにお芝居の学校に通い出したのが30歳の頃でした。
縁があって小さな舞台に出してもらうようになるんですけど、なかなか自分が心底「面白い!」と思える作品に巡り合えない。30歳で、既に物心がつきまくっている年齢から始めたこともあったのか、自分が考える面白さにフィットするものがなかなかなかったんです。
既製品が合わなかったら、自分で作るしかないと思って自分で劇団を立ち上げたんです。そこに人を招いて作品を書いてもらっていたんですけど、それでも満足いかない。だったら、もう最後は自分で書くしかない。完全に手探りで、イヤイヤながら自分で作品を書いていった。それが原点です。
いきなりの言葉
小さな劇団で細々と演劇をやっていたんですけど、ある日、突然僕が大好きだったドラマを担当しているテレビ局のプロデューサーさんからご連絡をいただいたんです。お茶でもしないかと。初めてお会いする方だったんですけど、そこで言葉をいただきました。
「将来、あなたは映像作品を書く人になるはずだから。ドラマの世界に行ったら偉そうなことも言われるだろうし、書き直しも要求されるだろうけど、我慢しなさい。そのうち、自分がやりたいことが必ずできるから」
自分の好きな作品を手掛けてらっしゃる方が、わざわざその言葉を自分にくださる。こんなことがあるのかと思うと同時に、当然ながら、非常に大きな力をいただきました。
そして、映画「八日目の蝉」などで知られる成島出監督。たまたま共通の知り合いである俳優さんの関係でお会いすることがあったんですけど、その流れで「飲みに行きませんか」といっていただきまして。
僕なんかからすれば大監督で、当然お話をする機会もなかった。その方からいきなりお誘いをいただいて、そこでもありがたい言葉をいただきました。一緒に俳優さんもいたんですけど、その方々に向けても言ってくださったんです。
「あなたの演出や音の表現、自分は正しいと思う。だから、そのままやりなさい。そして、この演出家についていけば間違いないから、心配せずについていきなさい」
もちろん光栄で、まさにありがたいばかりの言葉だったんですけど、先日監督にお会いした時にうかがうと、監督自身も若い頃にもらった言葉で道が決まったとおっしゃっていて。もうこの世界を辞めようと思った時に、尊敬している大島渚監督から「君は必ず映画が撮れる人間になる。続けなさい」と言ってもらったと。
なんでしょうね、そんな一連の流れが自分にも来たとすると、より一層、ありがたいことだなと思います。
縁の力
今回、映画「六人の嘘つきな大学生」の脚本を担当させてもらうことになったんですけど、これも本当にご縁というか。
僕が今の所属事務所にお世話になる流れもあり、そこでお会いした方、これまでお仕事でご一緒させてもらった方がつながって「六人の―」のお話をいただきました。
最初は小規模というか、そこまで大きな作品にならないのかなとも思っていたんですけど、原作小説がさらにたくさん売れたこともあってか、どんどん作品の規模が大きくなっていって。
なんでしょうね、縁の力というか、何かの導きというか、そういうものを強く感じる人生だなとも思いますね。
いつも自分が脚本を書く時に考えているのは、そこに出てくるキャラクターを好きになるということです。興味を持つと言ったほうが正確かもしれませんね。どんなに嫌なキャラクターでも興味を持つ。
実生活では、この年齢になると嫌いな人とは会わなくなるし、仕事もしなくなっていくんですけどね(笑)。でも、自分が描く世界の人とは日々向き合わざるを得ないので、イヤだなと思う人にも興味を持って、良いところを見つけて好きになる。それは考えています。縁の話をしつつ、縁を大事にしているのか何なのか分からない話になってますけど(笑)。
ただ、いろいろな方と出会うことで今の自分があることは間違いないですし、今後もそうありたいと思う。ここも間違いのないことです。
今後の目標は?みたいなことを尋ねていただくこともあるんですけど、これがね、非常に難しくて。結局は今あるお仕事の中で「良いものをまじめに作る」。これしかないと思うんです。
それが最終的に大きな何かに結び付けばありがたいですけど、それも縁のものかもしれませんしね。面白味のない話かもしれませんけど(笑)、なんとかその積み重ねを続けていきたい。そう思っています。
(撮影・中西正男)
■矢島弘一(やじま・こういち)
1975年8月26日生まれ。東京都出身。劇団「東京マハロ」主宰。ケイダッシュ所属。脚本家、演出家、俳優。2006年、劇団「東京マハロ」を旗揚げし主宰を務める。12年、常磐貴子主演の松竹映画「引き出しの中のラブレター」の舞台版脚本を手掛ける。16年、初めてのテレビドラマ脚本となるTBS「毒島ゆり子のせきらら日記」で第35回向田邦子賞を受賞。TBS「コウノドリ~命についてのすべてのこと~」でも脚本を担当する。朝倉秋成氏の原作小説を映画化した「六人の嘘つきな大学生」(11月22日公開、佐藤祐市監督)の脚本を担当。出演は浜辺美波、赤楚衛二、佐野勇斗、山下美月、倉悠貴、西垣匠ら。10月12日スタートの東海テレビ・フジテレビ系のドラマ「バントマン」の脚本も手掛けている。