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偉業がかかるクラシック最終戦菊花賞はそれぞれの競馬観が試される

勝木淳競馬ライター
昨年の菊花賞。阪神競馬場のゴール板(筆者撮影)

昨年の菊花賞、阪神競馬場でこんな声を聞いた。

「阪神の菊花賞なんて、この先、いつ見られるか分からないよな」

ベテランと思しきファンはそう話すと、しみじみとゴール板の装飾を眺めた。京都芝3000mの味わいは菊花賞にふさわしいものだが、阪神のそれは貴重でもある。確かに今度、菊花賞が阪神で行われるのはいつだろうか。

■皐月賞馬とダービー馬が菊花賞で激突するのは23年ぶり

今年のクラシック最終戦菊花賞は3年ぶりに京都に戻る。舞台は定番であっても、出走メンバーは近年では珍しく、皐月賞馬とダービー馬がそろう。2000年エアシャカールとアグネスフライトが激突して以来、23年間、二冠馬が三冠に王手をかける場合を除き、両馬の対決は実現していなかった。2000mで強い競馬をすれば、秋はマイルや天皇賞(秋)に進み、2400mでの勝利は凱旋門賞へつながる。これが21世紀のスタンダードになっていた。菊花賞が3000mだから避けられるというより、世代の頂点に一度立った以上は、次の舞台を目指すという上昇志向のあらわれのような気がする。いかに効率的に、馬を傷めることなく、タイトルを積み重ねるか。GⅠ馬の引退後に待っている種牡馬の世界はそれだけ厳しい。

皐月賞と菊花賞の二冠は、00年エアシャカール、12年ゴールドシップのほかにもキタノカチドキ、ミホシンザン、サクラスターオー、セイウンスカイと前例は多くあり、ソールオリエンスはこれら名馬たちの背中を追う。

■ダービーと菊花賞二冠なら50年ぶり

しかしタスティエーラが挑むダービーと菊花賞の二冠は厳しい。達成した牡馬は1973年タケホープしかいない(牝馬クリフジはオークス、ダービー、菊花賞の変則三冠)。それもタケホープは皐月賞未出走で、三冠を完走した上で、後半二冠を奪取した馬はいない。タスティエーラはまさに前人未踏の大記録をかける。さらにダービーから菊花賞直行というローテーションも少なく、ダービー馬がこの臨戦過程で挑戦したことはない。タスティエーラは誰も通ったことがない道を行く。

歴史を踏襲するソールオリエンスと未開の地を進むタスティエーラ。どちらに肩入れするか。我々の競馬観が試される。

■1~4着タイム差なしのダービー

いや、菊花賞はソールオリエンスとタスティエーラの対決とは限らない。焦点はそこまで単純ではないのは、ダービーの結果を見ればわかる。1着タスティエーラと4着ベラジオオペラは同じ2.25.2。ダービーで1着から4着までが同タイムだったのはこれがはじめてだった。史上稀にみる大接戦はその力差がないに等しいことを語る。4着ベラジオオペラは出走できなかったが、3着ハーツコンチェルトも合わせ、上位3頭は横一線だ。

ダービーはハイペースだった皐月賞とは一転、パクスオトマニカが先導役を務め、後ろを離してはいるものの、遅めのペースで流れた。前半1000m通過1.00.4で、向こう正面では12秒台後半が3度出現した。隊列が決まってからは、各馬じっと我慢を要求され、そこで力をためられるか否かが問われた。

後半800m11.9-11.6-11.9-11.8と瞬発力より持続力が求められ、先に動いたのがハーツコンチェルト、好位でじっとしていたタスティエーラ、その背後にいたのがソールオリエンスだった。後ろにいて先に動かざるを得なかったハーツコンチェルトは神戸新聞杯で5着に敗れた。少し器用さに欠けるのはハーツクライ産駒らしく、先に動き、その力をきっちり引き出した。菊花賞は京都の下り坂を利用できる。ハーツクライと菊花賞の相性はあまりよくないが、坂の下りを利用できないタイプが多いようで、ハーツコンチェルトはそこがカギになりそうだ。

タスティエーラは好位につけられる機動力を強みに、遅めの流れを活かし切り、ダービー馬の称号をつかんだ。決して、長い直線を活かし、末脚を武器に勝ち切ったわけではなく、東京だから勝てたという感じではない。むしろ、これは菊花賞に向けてプラスに働くだろう。ソールオリエンスはタスティエーラの斜め後ろのインという理想的なポジションをとれたが、直線に入ってすぐタスティエーラに瞬時に離された。その動きや周囲の動きからすぐにトップスピードに入ることができなかったという見方はある。最後はじわじわとタスティエーラとの差を詰めてきており、距離が延びるのは面白い。ダービーでうかがわせた若干の反応の悪さはなくなっているのかどうか。タスティエーラを逆転するにはそこが必要だろう。

■逆転を狙う馬たち

札幌記念2着トップナイフは三冠皆勤だけではなく、京都2歳S、ホープフルS、弥生賞ディープインパクト記念と3戦連続2着と堅実さがあった。皐月賞とダービーは後ろから競馬を進め崩れたが、札幌記念2着はそれまでの先行策をみせ、再浮上を感じる。2000m戦であと一歩足りない競馬が目立つのは、いかにもステイヤーらしいとも思える。札幌記念はプログノーシスのまくりに屈したが、先行勢がみんな苦しくなるなか、4コーナー先頭からソーヴァリアント以下の差し馬勢は封じており、強さが際立つ。スタミナ勝負なら最後の一冠で輝きを放つ可能性もある。

京都新聞杯、神戸新聞杯とGⅡ2勝のサトノグランツは新馬とダービー以外はすべて連対中と崩れていない。ここ3戦連続33秒台前半の決め脚が最大の武器。父は菊花賞馬サトノダイヤモンド。同じ京都の菊花賞で強みを活かせば、父と同じくラスト一冠に手が届く。

振り返れば皐月賞1番人気はファントムシーフだった。開幕当初の主役は共同通信杯V以降、皐月賞3着、ダービー8着とトーンダウンしたが、神戸新聞杯3着は反転のサイン。馬体重12キロ増は成長のあらわれであり、ハービンジャー産駒は3歳秋に充実する傾向がある。ここに新潟記念を勝ったノッキングポイント、夏に条件戦を勝ちあがったドゥレッツァ、リビアングラスもいて、クラシック最終戦は、牝馬三冠とは一転して、混戦。二冠馬誕生か、それとも三冠すべて別の馬で分けあうのか。興味は尽きない。

競馬ライター

かつては築地仲卸勤務の市場人。その後、競馬系出版社勤務を経てフリーに。仲卸勤務時代、優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)、AI競馬SPAIA、競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』にて記事を執筆。近著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ(星海社新書)

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