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日本が誇るべきこと、省みること、そして内外に伝えるべきこと~「慰安婦」問題の理解のために

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
大沼保昭・元アジア女性基金理事(自宅の書斎で)

「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)という財団法人があった。村山内閣の1995年7月に発足。その最大の使命は、戦時中に日本兵相手の「慰安婦」となった海外の被害女性に対する償い事業だった。

その内容は、1)総理大臣の謝罪の手紙 2)国民の募金から1人当たり200万円の償い金 3)政府資金による1人当たり120~300万円ほどの医療福祉支援ーーといった「償い」を被害者に届けること。フィリピン、韓国、台湾、オランダ、インドネシアの5カ国で展開されたが、韓国では、日本政府が法的な責任を認めた賠償ではないとして、激しい反対運動が起きた。「償い」を受けようとする被害女性には、強い圧力が加えられた。このため、事業は難航。台湾でも同様の反発はあったが、現地の理解者の助けで、それなりの被害女性が「償い」を受け入れた、という。把握された約700人の被害女性のうち364人に「償い」を届け、基金は2007年3月末に解散。その活動ぶりは、今でもホームページを通じて確認できる(HPはこちら)。

総理からの手紙を示すフィリピンの被害者たち(アジア女性基金HPより)
総理からの手紙を示すフィリピンの被害者たち(アジア女性基金HPより)

基金に関わった人たちの回想録を読むと、被害女性たちにとって、総理直筆の署名がなされた手紙の意味が大きかったことが分かる。その文面を知って多くが涙を流し、号泣する人も少なくなかったという。ある人は「総理大臣が、日本が悪かったと詫びてくれた。これで身の証になる。先祖のお墓に入れる」と安堵し、「日本は私たちを見捨てなかった」と喜んだ人もいた。

それだけのインパクトを与えた総理の手紙には、こう書かれている。

〈いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて(中略)心からおわびと反省の気持ちを申し上げます〉(全文はこちら

過去の歴史を直視し、正しく後世に伝える、とも記されている。そして最後は、今後の人生が安らかなものであるようにという祈りの言葉で結んでいる。

橋本龍太郎氏に始まり、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎各氏と歴代四人の総理大臣が署名した。この重みは、とても大きい。

昨今、「慰安婦」問題について、政治家が語る言葉を聞いていると、この重みが忘れられているような気がしてならない。

問題の所在はどこか

そんな思いで、同基金の呼びかけ人であり理事だった、大沼保昭氏(執筆時は東京大学大学院教授、現在は明治大学特任教授)の著書『「慰安婦」問題とは何だったのか』(中公新書)を読んだ。基金が行ったこと、行い得なかったことが非常に抑制的な筆致で書かれ、成果より反省点、問題点、今後の教訓とすべき課題が詳しく書かれていた。

『「慰安婦」問題とは何だったのか』
『「慰安婦」問題とは何だったのか』

「償い」の募金には、多くの国民が協力した。大企業などの協力は得られなかったが、職場での募金や、基金の事業を知った様々な人たちからお金が送られてきた、という。その額は6億円に達した。当時、把握できた「慰安婦」の半数に「償い」を届けたにもかかわらず、基金にはしばしば「失敗した」という評価も下される。それは、韓国での事業展開が難しかったからだ。その原因として、基金自身の問題に加え、次のような諸事情があった、と大沼氏は書いている。

〈韓国世論を変える努力をまったくといっていいほど払わなかった日本政府の消極姿勢。(中略)強硬なNGOの説得に動こうとしなかった韓国政府の無為。元「慰安婦」を「売春婦」「公娼」呼ばわりして韓国側の強い反発を招いた日本の一部の政治家や「論客」と右派メディア。みずからが信ずる「正義」の追及を優先させて、ときに元「慰安婦」個々人の願いと懸け離れた行動をとった韓国と日本のNGO。強固な反日ナショナリズムの下で一面的な「慰安婦」像と国家補償論を報じ続け、多くの元「慰安婦」の素朴な願いを社会的権力として抑圧した韓国メディア。そうした過剰なナショナリズムをただそうとしなかった多くの韓国知識人。韓国側の頑な償い拒否に、被害者を心理的に抑圧する独善的要素があることを批判しようとしなかった日本の「左派」や「リベラル」な知識人とメディア。これらさまざまな要因が相俟って、韓国における元「慰安婦」への償いに不十分な結果をもたらしたのである〉

問題は、どこか1つに集中して存在するのではない。

たとえば日本のメディアは、戦後責任に関わる様々な問題のうち、「慰安婦」問題のみを突出してとりあげ、しかも韓国の「慰安婦」問題ばかりに注目した。しかも、報道の仕方はしばしば扇情的で飽きっぽく、対立を煽るだけ煽り、成果より「失敗」を強調し、そして別の話題に関心が移っていく…。

この本で指摘されている問題は、今に至るまでまったく変わっていない。むしろ、日本の中にも強硬なナショナリズムが育ち上がってきた分、問題は膨らんでいる、と言えるだろう。いわゆる「論客」だけでなく、一般の人たちも、攻撃的で単純な強い物言いを放つ。相手に負けじと自分たちの正当性を言い募る。

そういう風潮の中で、「100%の結果は得られずとも、少しでもよりよい状態を実現しよう」と地道に積み重ねてきた人たちの思いや努力、それによって得られてきた成果は、無残に踏みつぶされてしまっている。

そんなことをやっていて、何が得られるのだろうか。むしろ、今こそ、かつて得た成果を確認し、それを伝え、足りなかったものを補う努力をすべきではないだろうか。

私は、どうしても大沼氏に話を聞きたい、と思った。明治大学法学部の事務局を通じてメールを送ると、大沼氏からすぐに反応があり、その日のうちにインタビューに応じていただけることになった。

大沼保昭氏が語る「慰安婦」問題

現状は長年のツケがたまった結果

ーー今の状況を、どう見ていますか。

大沼保昭氏
大沼保昭氏

国民の一部の間に--一部とはいってもそれがある程度の数なわけですがーー澱のように積もったネガティブで攻撃的な感情が、どす黒く淀んでいて、それが「本音」を発言する政治家を通じて出て来ている、ということではないか。

世論調査では、橋下共同代表の発言に批判的な声が多い。ホッとしたが、それで安心してはいけない。こうした調査では現れにくい、「そうは言っても、橋下さんもいいこと言ってくれている」という感情は、ごく普通にまともに暮らしている人の間にも広がっている。それを見逃すと、今後の判断を誤るのではないか。

ーーなぜ、そうした感情が膨らんできたのでしょう。

私自身は、1970年代から日本の戦争責任の問題に取り組んできました。90年代初頭くらいまで、私のような意見は確かにマイノリティではありましたが、着実に理解が広がっている手応えはありました。ところが1991年、初めて元「慰安婦」が名乗り出て、状況が変わりました。いわゆる「慰安婦」問題に火が付き、宮沢内閣で河野談話が出され、村山内閣の時に、国民参加で問題解決の道を探ることになり、「女性のためのアジア平和国民基金」ができて、私も12年間努力しました。多くの方が真剣にこの問題を考え、心からお詫びをしようと協力をしました。しかし、残念なことに、そういう国民の気持ちは、韓国でほとんど評価されなかった。

すでに経済状態も厳しく、フラストレーションがたまっている日本国民にとっては、「100%満足のいくものではないかもしれなけれど、真摯に謝り、精一杯の誠意を示した。なのに、ゼロ回答か…」という失望感が広がりました。そこから、「中韓に謝ってもいいことない。かえって居丈高な態度をとられるじゃないか。欧米もなんだ。自分たちだって植民地支配をしていたし、性の問題で後ろめたいことがあるのに、善人ぶってお説教か」という怒りが出てきた。

この怒りは、正当なものだと思います。日本の有力なメディアも、政治家も、私たち専門家も、そういう国民の思いを、韓国や中国や欧米に伝えることを怠ってきました。特に、政府の責任は大きいと思います。担当者は、自分が担当している期間は波風立てたくないと、首をすくめて嵐が過ぎるのを待つだけ。「私たちはここまでやってきたんだから、堂々と発信して、韓国のメディアとも戦いましょう」と何十回言ってもダメでした。

日本のいわゆる「良識的な」メディアも、韓国のメディアの問題点は、まったく取り上げない。むしろ、「国家賠償を行わず、法的責任は取らなかったのは不十分」という論調でした。

このようなヘイトスピーチが日の丸と共に掲げられる昨今
このようなヘイトスピーチが日の丸と共に掲げられる昨今

そうしているうちに、国民の怒りを、極端で目を背けたくなるような形で語り、行動する人々が代弁するようになりました。本来は正当な怒りが、薄汚い、偏見に充ち満ちた言葉で発信されてしまうようになってしまいました。

ーー先生はこの問題について、どう取り組まれてこられたのですか。

中国や韓国で講演に呼ばれると、必ずこういう話をします。

「日本はかつて侵略をし、植民地支配を行った。当時の価値観からすると、悪いことをしている認識はなかっただろうが、今日見れば、それは大変悪いことだった。日本は罪を犯した。それを反省し、贖罪の意味を込めて、多額の経済援助、技術支援を行ってきた。その結果、東アジアの安定と平和がある。これは、(ヨーロッパが支配していた)アフリカと比べて見れば分かるはずだ。日本人も神様ではない。あなた方と同じ俗人だ。だから、いくら努力してもまったく評価をされず、非難ばかりでは、疲れてしまうんだ」

でも、そういうことは、他の方はあまりやって下さらない。今のような問題は、この20年間のツケがたまった結果だと思います。

--日本のジャーナリズムの責任は大きいですね。

そうです。しかも、大手の新聞社の方に話をしても、返ってくるのは弁解なんです。「社説はまともなんだけど、社会部が暴走した」とか。そうかもしれないけれど、では、あなたは社内で社会部の記者と膝詰めで「あなた方の思い込みが激しすぎないか」「過去の報道に反省すべき点はないか」という話をしましたか、と聞きたい。このような状況になったのは、ジャーナリズムが庶民の感覚をすくい上げることができなかったためでもある、という反省がないんですね。

ーーそういう中で「日本も主張すべきだ」という人たちが、アメリカの新聞に意見広告を出し、それに自民党総裁だった安倍氏ら国会議員が賛同するなど、積極的に「主張」を展開する政治家たちの行動も目立ってきました。

昨年4月、私がジョージタウン大学で教えていた時にも、大丈夫かなあと思う出来事がありました。ニュージャージ州のパラセイズパークという小さな町で、在米韓国人が慰安婦の碑を建てたのを自民党の国会議員が聞きつけて、外務省に「なんとかしろ」と言ったわけですね。総領事部が動いて市長に撤去を求めたが断られた。それがニューヨークタイムズに載ってしまった。そうしたら、今度は自民党の議員が4人、けんか腰で乗り込んで行って、やっぱり断られた。この時には、日本はなにをやっているんだ、という投書が新聞社にいっぱい来たそうです。まさに国辱ものなんですが、議員たちは意気揚々と帰っていったみたいです。政治記者などに聞くと、今の自民党にはリベラルな人はほとんどいないくて、確信的右翼のような方が多いらしく、心配になりますね。

ーー今は、「本音」を「分かりやすく」「シンプルに」語る人たちがうけています。

若い兵士の性欲処理は確かに「本音」でしょう。でも、「本音」というのは1つだけではありません。「慰安婦」となり厳しい生涯を生きなければならなかった人がいれば、自分が直接悪いことをしていなくても、「申し訳ない」という気持ちが湧いてくる。この気持ちだって「本音」です。なのに、前者だけが「本音」で、後者はきれい事のように描くのはおかしい。

常に「本音」を語って人気の橋下市長だが…(大阪市HPより、本件とは別の催しです)
常に「本音」を語って人気の橋下市長だが…(大阪市HPより、本件とは別の催しです)

ただ、そういう描き方は、この問題が建前ばかりで語られすぎた反動かもしれません。「慰安婦」だった人たちも、人間です。よりよく暮らすにはお金は必要だし、病気になれば病院に行く必要もある。それを言うと、「そういう言い方は、被害者の人間としての尊厳を侵す、第二次レイプに等しい」などいう批判が、被害者を支援するNGOあたりから飛んでくる。そういう建前ばかりが語られているからこそ、「本音」の発言が人々に受け、それを批判しなければならない、という不毛なことになってしまう。

多様性を認めることが必要

ーーこの本では、それぞれの問題点を挙げながら、この問題に関わるあらゆる人たちの意義を認めていますね。

そうです。たとえば、女性国際戦犯法廷。政府の関係者は全く評価しませんし、法的な要件は満たしていません。けれども、この法廷による審理と判決、それにこれに多くの人が関わったことが、被害者にどれだけ大きな満足感を与えたことか…。とても意味があることだったと思います。

考え方の違う人がやることを、一生懸命否定するより、「自分ができないことをやってくれている」と見ればいいんじゃないでしょうか。

それは、被害者支援のNGOも同様です。一本調子に建前を主張するのではなく、物事の多様性、人の心のひだのようなものを汲み取って欲しい。正義を追及しているとしばしば独善に陥ってしまうことがあります。私も、若い頃はかなり独善的だったので、正義という衣をまとってしまうと、一直線に突っ走ってしまう気持ちは分かるつもりです。でも、若い人が突っ走るなら年配の専門家が、NGOが突っ走るならジャーナリズムが、その姿を鏡に写して見せてあげて、「見てごらん。ちょっと猛々しく独善に見えないだろうか?」と指摘したり注意したりする役割があると思います。それがなされていない。

ーーたしかに…。

政府の中にも、一生懸命な人もいるし、絵に描いたような官僚もいます。被害者の経験や考えもいろいろです。

被害者も一様ではありません。「慰安婦」という言い方はごまかしだ、として"sex slave"と呼べという人たちがいます。確かに実態は("sex slave"という)その通りだった、という被害者もいますが、そういう呼び方をされるのはセカンド・レイプをされているようで許せない、という被害者もかなりいるんです。でも、NGOはそれは認めないし、マスメディアではそういう声は報じられません。

村山首相(当時)の前で呼びかけ文を読む大鷹淑子氏(アジア女性基金HPより)
村山首相(当時)の前で呼びかけ文を読む大鷹淑子氏(アジア女性基金HPより)

基金の理事の中では、大鷹(山口)淑子さんが個々の元「慰安婦」の方とのつながりを持っていました。彼女はスターなので、多くの人が彼女の元に集まってきて、しかも誠実な方なので、その後のお付き合いが続くんですね。その中に、韓国で被害者のリーダー的な役割をさせられていた方がいました。その方がちょっと最近心配だ、と聞いて、私が大鷹さんからのお土産を持って韓国に行きました。そうしたら、「家に来てもらっては困る」とホテルに来て下さったのです。その時に、彼女は「重い病気になった時に自分を助けてくれた軍医さんはすごくいい人だった」という話をしてくれました。そしてこう言うんですね。

「私を地獄に連れて行ったのは、日本人だった。地獄から救ってくれたのも、日本人だった」

でも、世話をしてくれる人たちの手前、そういうことはなかなか話せない。

フィリピンでも様々な話を聞きました。日本が犯した罪とは別に、1人ひとりの人生には様々な襞があります。決して、一本調子、一面的なものではありません。同じ人でも、時期によって、気持ちが変わることもある。そこを汲み取りながら、寄り添っていくことが大事なんですね。オランダでは、非常に熟達したNGOが、被害者の多様な気持ちをしっかりすくい取っていて、その仲介で償い事業を行うことができました。ここでは、大使館の協力も大きかった。

ーーところが、メディアはそういうところは、あまり報じない。なぜうまくいったのかは伝えないで、対立状況ばかりに目を向ける。その結果、「慰安婦」の問題は韓国との対立点という印象になってしまいました。

それこそ、まさにメディアの責任だと思います。

総理の手紙を再評価する

ーー日本の総理大臣が書いた謝罪の手紙も、韓国や米国で評価されていないだけでなく、日本国内でも十分知られてないのではないでしょうか。

小泉首相(当時)の肉筆の署名が入った元「慰安婦」へのお詫びの手紙
小泉首相(当時)の肉筆の署名が入った元「慰安婦」へのお詫びの手紙

ブッシュ大統領の手紙の翻訳(『「慰安婦」問題とアジア女性基金』より)
ブッシュ大統領の手紙の翻訳(『「慰安婦」問題とアジア女性基金』より)

今からでも、ぜひ多くの方に見ていただきたい。そしてそれを、たとえば戦時中に強制収容された日系アメリカ人に対するブッシュ大統領の手紙と比べてみてください。そっけない大統領の手紙に比べて、はるかにいい内容だと思います。閣議決定がないから公文書じゃないと言うNGOや一部の専門家がいますが、きちんと内閣総理大臣という肩書をつけて、肉筆でサインしたものを1人ひとりに渡したんです。このことは、もっと知られて評価されるべきだと思います。

それから、日本の戦時中の責任の取り方について、しばしばドイツと比較されますが、こういうこともあります。台湾の被害者たちが、「償い」を受け取ったとしても、日本政府に対する国家賠償訴訟は妨げられないという保証を求めました。私たち基金はそれをぜひ実現しようと、政府と激論を重ねてきました。政府の中にはそうした保証には抵抗が大きかったのです。けれども、最終的に基金の主張が受け入れられました。ドイツの「記憶・責任・未来基金」では、補償を受け取る条件として、法的な請求を放棄するように求められます。その点で、女性基金はドイツの基金よりも優れたものになりました。

日本が誇るべきこと発信すべきことは何か

ーー最近、日本の主張をもっと発信すべきだという声をよく聞きます。安倍首相も、橋下大阪市長もそう言っています。でも、力づくで強制的に連れ去って売春を強要した証拠はないとか、日本だけじゃなく他の国もやってたじゃないのかとか、発信すべきは、そういうことではないように思うのですが…。力ずくの強制はなくて、別の仕事に就くような騙しで連れて行き、そこから自由に離脱できない状況であれば、十分強制的ではないでしょうか。よく聞く「強制はなかった」という主張は、有形力の行使はなかったが、欺罔はあった、と言っているように聞こえます。

強制を示す文書がないから強制もなかったというのは、実にナンセンスです。文書は証拠の1つであって、あれだけ地域も年齢も境遇も違う人たちが、細部では異なる点はあっても、大筋のところで話は一致しているわけです。これは証拠がない、というのとは違う。文書がないから事実がないことにはなりません。そもそも、そんな文書を作るはずもない。

ーーなのに、そういうことを認めるのは、自虐的だとか…。

日本の民族、日本の国に誇りを持つことは大事なことです。誇りを持つに足る国だと思います。まず、そこははっきりさせましょう。特に、戦後の焼け野原から立ちあがり、豊かで安全で、自国より貧しい国には多額の経済援助、技術援助をする国を作り上げてきた。このことは、世界に胸を張って誇るべきことであり、もっと語られていいと思います。若い人たちにもぜひ誇りを持たせて欲しい。

ただ、だからといってかつてやった戦争まで、自衛のためであって侵略ではなかったとか、南京大虐殺はなかったとか、それは違うでしょう。南京の被害者は30万人というのは嘘だとーー嘘だと私も思いますがーーそれをギャーギャー言うことで誇りを持たせようというのは違うと思います。

日本が誇るべきは何か、を考えないといけないのではないですか。

私たちが誇るべきこと、省みること、内外に伝えるべきことは、それぞれ何なのか。

それを1人ひとりがじっくり考えていくことが大切だと、大沼氏の話を聞きながらつくづく思った。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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