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マスターズ最終日、なぜ、F・モリナリは敗北し、T・ウッズは勝利したのか

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
昨年の全英オープンに続き、今年のマスターズでも優勝を競い合ったモリナリとウッズ(写真:ロイター/アフロ)

「転機は12番だった」

 

 マスターズ5勝目を挙げたタイガー・ウッズは、そう振り返った。

 アゼリアの花々に彩られたアーメンコーナーの12番(パー3)にやってきたとき、通算13アンダーで単独首位を走っていたのはイタリア人のフランチェスコ・モリナリ。そのときウッズは、モリナリから2打差の11アンダーだった。

 その12番でモリナリのティショットはグリーン手前の池に沈み、ダブルボギーを叩いた。安全にグリーンに乗せたウッズは2パットでパーを拾ってモリナリに並び、ついに首位タイへ。2人の明暗は、そこから分かれた。

 ウッズが13番、15番、16番と次々にバーディーを奪った傍らで、モリナリは13番こそバーディーを奪い返したものの、15番で再びダブルボギーを喫し、勝利から遠ざかっていった。終わってみれば、ウッズから2打差の5位タイになっていた。

 マスターズ初制覇と昨年の全英オープン制覇に続くメジャー2勝目に限りなく近づきながら、なぜモリナリは落ちていったのか。その「なぜ」を突き詰めていったとき、答えの向こう側には、ウッズの存在があった。

【心のミス】

 モリナリが落ちていった直接的な原因は、言うまでもなく、12番のティショットのミスだった。

「たった一度だけ、バッド・スイングをした」

 あの日、あのホールの155ヤードは「本来は9Iの距離だった」とモリナリは言う。だが、突風を恐れたモリナリは、あえて8Iを握った上で「軽めに打とう」。しかし、ボールを捉える瞬間、「本当にそれでいいのか?」という小さな迷いが微妙な手加減を誘発した。

「ほんの少しだけ、打ち方が弱かった」

 だからモリナリのボールは池に飲み込まれたのだ。

 

 前日までは終始、冷静沈着で自信に溢れていたモリナリが、なぜ、最終日のあの12番で、そんな手痛いミスをしてしまったのか。

「前半はしっかりやれていた。でも後半はメンタル的な失敗をおかした」

 モリナリは3日目を終えたとき、単独首位に立っていたのだが、「2日目のほうが内容は良かった」と感じていた。2日目から3日目へ、自身のゴルフが悪化したのなら、最終日は乱れるかもしれない。そんな小さな恐れが「心のミス」につながった。

 

 そして、得体の知れない微かな(かすかな)恐れは、もっと以前から胸の中に棲みついていたのだとモリナリは言った。昨年7月の全英オープンでウッズと優勝争いを演じたモリナリは、自分が勝利したにもかかわらず、そのときすでに、こう感じたそうだ。

「遅かれ早かれ、タイガー・ウッズは必ずメジャーで勝ちに来る」

 それが「今」なのかもしれない。そう感じながらウッズと勝利を競い合ったマスターズ最終日のモリナリは、昨年の全英オープンでウッズと最終日最終組を回ったモリナリとは心の持ちようが異なっていた。

 たとえ、どんなに微かな恐れ、小さな迷いであっても、それが「ある」と「無い」とでは、とりわけゴルフにおいては大違い。

「心のミスは、痛かった」

 それが、モリナリの敗因だった。

【ピュアな想い】

 イタリアの英雄、コンスタンチノ・ロッカが米国のスター、ジョン・デーリーに惜敗した1995年全英オープンを、当時12歳だったモリナリ少年はテレビ画面に張り付きながら眺め、「いつか僕がメジャーの舞台にイタリア国旗を掲げてみせる」と胸に誓った。

 

 それから23年が経過した昨年の全英オープン最終日。モリナリはウッズとともに最終組でプレーしていたが、彼の心の中にあったものは「イタリア人がメジャーで初めて勝つ姿を母国の人々に見せてあげたい」というピュアな想いだけだった。迷いや恐れは何もなく、それが彼の強さになっていた。

 だが、今年のマスターズ最終日、ピュアな想いを胸に秘めていたのは、「メジャーで勝つ姿を子供たちに見せてあげたい」とひたすら願い続けていたウッズのほうだった。

 モリナリの心には「今度こそ、ウッズが勝ちに来るかもしれない」という恐れがひっそりと潜み(ひそみ)、その恐れがさらなる恐れや迷いにつながり、そんな負の連鎖が心のミスとなり、スイングの狂いにつながった。

「心のミスは、痛かった」

 それでもモリナリが明るい表情で敗因を語ることができたのは、敗北を喫した相手が他の誰でもなく、ウッズだったからだ。

「イタリア人の僕にとっても、ウッズはやっぱり憧れの存在であり、彼こそはスポーツの世界の象徴だ。

 ウッズの復活の物語を、誰よりも先に、誰よりも間近に眺めることができたのは素晴らしい。今回の心のミスから僕は学んだ。次回こそは、、、、」

 

 そう、次回こそは、迷いを抱かず、ウッズの復活をも恐れず、愛する人々のために、ピュアに勝利を目指していきたいとモリナリは言った。彼にそう教えてくれたのは、他の誰でもない、5度目のグリーンジャケットを笑顔で羽織ったチャンピオン、タイガー・ウッズだった。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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