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北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイルはあの「ムスダン」だった!?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

北朝鮮が先月から日本海に設定していた船舶航行禁止区域を解除してなかったことからミサイルの発射はある程度予知されたもののまさか、戦略潜水艦弾道ミサイル(SLBM)の水中発射試験とは米国も、韓国も、日本も予期してなかったのではないだろうか。

米韓の軍当局者は「模擬弾射出試験に過ぎない」と評価しているが、模擬弾の射出試験であれ、弾道弾の水中発射試験であれ、何回か同様のテストをしなければ実戦配備できないことは、発射に立ち会った金正恩第一書記自身も「戦略潜水艦弾道弾が生産に入いり近い内に実戦配備されれば敵対勢力の背後にいつ炸裂するかもしれない時限弾を持つことになる」と配備までにはもう少し時間がかかることを認めていた。

ところで、今回使用されたSLBMが北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ムスダン」ではないかとの指摘がある。「ムスダン」は北朝鮮では「火星10号」と呼ばれている。モデルは旧ソ連の潜水艦発射型弾道ミサイル「SSN-6」で、北朝鮮が1990年代に第三国から手に入れ、改良した地上発射型ミサイルと認識されていた。

「ムスダン」は2010年10月の労働党創建65周年の軍事パレードでお披露目されたが、ノドンやテポドンとは異なり過去に一度も発射実験されたためしがない。但し、一度だけ日本海に面した元山周辺に移動、配備されたことがあった。米韓合同軍事演習「フォー・イーグル」が実施された2013年4月の時だ。

この時は、この年の演習にオバマ政権が核攻撃可能なB-52戦略爆撃機やB-2ステレス戦略爆撃機、さらには巡航ミサイル・トマホークを搭載したロサンゼルス級原子力潜水艦「シャイアン」をさせたことに「我々への核攻撃を企てている」と猛反発しての対抗措置だった。「目には目を」とばかり、核爆弾搭載可能な「ムスダン」を発射させることで北朝鮮にも米国を核攻撃できる能力があることを示そうとした。最高司令部や外務省声明で「米国の敵対政策、核脅威に対抗するため第二、第三の軍事的対応を取る」と再三予告していただけに本気度を示すためにも発射の可能性は大だった。しかし、訪韓したケリー米国務長官が一触即発の状態を回避するため対話を呼び掛けたこともあって発射ボタンが押されずに元山基地から撤去された。

「ムスダン」は射程距離3000~4000kmと推定されている。事実ならば、グアムが射程圏内に入る。北朝鮮は朝鮮人民軍最高司令部の名で配備直前の2013年3月26日に「人民軍戦略ロケット軍は今この時刻から米国本土とハワイ、グアム島はじめとする太平洋軍作戦区域の中の米軍基地を打撃下に入れる1号戦闘勤務態勢に突入した」と宣言していた。

米国は当時、日韓と連携して朝鮮半島の東西南の3か所とムスダンが飛来してくる日本海と太平洋沖に前年12月のテポドン発射の時と同じようにイージス艦を配備していた。高性能レーダーと迎撃ミサイルを装備したイージス艦「フィッツジェラルド」、横須賀に基地のあるイージス駆逐艦「ジョン・S・マケイン」、米西海岸を拠点とするミサイル駆逐艦「ディケイター」などが待機していた。

「ムスダン」が発射されれば、高度30~40kmの上昇段階では航空機に搭載したレーザー(ABL)で、大気圏を突入する高度100kmまでの中間段階ではイージス艦のSM―3で、高度100kmから放物線を描き地上に落下してくる最終段階は、高度防御体系(THAAD)とイージス艦のSM―2、地上のパトリオット(PAC3)で迎撃する構えだった。これは、あくまで「ムスダン」が地上から発射されることを前提にしたもので、偵察衛星では探知不能の海底からの発射を想定したものではない。

元山など日本海側には北朝鮮の海軍潜水艦基地があって、人民軍潜水艦隊が配備されている。国際戦略問題研究所報告書によれば、北朝鮮の潜水艦保有数は2004年に77隻で、2007年には11隻増え88隻となっている。3年間で11隻も増えたということは、2015年4月現在、その数はさらに増え、100隻は超えているかもしれない。そして、その70~80%が日本海に面した東海艦隊に集中している。

今から3年前の2012年7月14日の「You Tube」に金光鎮人民武力部副部長が朝鮮革命博物館で金正日国防委員長に北朝鮮で建造されたとされる原子力潜水艦の模型の前で説明する動画が配信されていたことがあった。

画面に現れた北朝鮮の新型潜水艦はロシア軍のデルタ4級潜水艦と酷似していた。この映像を分析した軍事専門家によると、両者の違いは、人民軍新型潜水艦は弾道ミサイル垂直発射台空間が展望塔の前にあるのに対し、ロシア軍デルタ4級潜水艦は弾道ミサイル垂直発射台空間が展望塔になっていた。

人民軍新型原子力潜水艦の長さは140mで、167mのロシア軍デルタ4級潜水艦より少し短い。人民軍が運用する新型原子力潜水艦の水中排水量は1万トン程度と推定され、乗務員を100人ぐらい乗せて2ヶ月以上水下で密かに潜航する潜水艦であるとのことだ。

北朝鮮は2010年4月に米国の「核体制検討(NPR)の報告書」との関連で「米国の核脅威が続く限り我々は抑止力として各種核兵器を必要なだけ増やし、現代化させる」(外務省)との見解を発表していた。また3か月後の7月には「核抑止力をより多角的に強化し、強力な物理的措置を取ることで対抗する」(外務省スポークスマン)「米国の加重する核脅威に対処するため我々は新たに発展した方法で核抑止力を一層強化する」(金英春人民武力相=当時)とあらゆる形態の核、ミサイル開発を示唆していた。

オバマ政権は北朝鮮に外交的、経済的圧力を加え、孤立させることで北朝鮮を屈服させる「戦略的忍耐外交」を取っているが、その結果はというと、北朝鮮に核とミサイル開発のための時間的余裕を与えているだけである。再三にわたるテポドンやノドンに加え、2度にわたる核実験を許してしまっている。「戦略的忍耐」とはまさに「無策」の裏返しでもある。

北朝鮮は2013年1月に「今後発射されるあらゆる衛星も長距離ロケットも、高度の核実験も米国を標的にしたものであることを隠さない」との声明を出していたが、このまま放置すれば、「ホワイトハウスもペンタゴンも我々の精密打撃手段の射程圏内にある」との脅しが決してハッタリでないことにそのうちに気づくだろう。

オバマ政権はどう対応するつもりなのだろう?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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