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嘘だらけの劉暁波の病状に関する中共プロパガンダ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
今年6月末、ノーベル平和賞の劉暁波氏が仮釈放 即時釈放求め香港でデモ(写真:ロイター/アフロ)

あたかも劉暁波氏が手厚い治療を受けているような動画が流れている。これは中共が仕組んだプロパガンダであると、中国内外にいる劉暁波関係の人権派弁護士や関係者らが断言した。筆者に来るメールから真相を追う。

◆脳細胞を破壊される危険性もあった

ノーベル平和賞受賞者で獄中にいた劉暁波氏が中国社会に対する発信力を維持することを恐れた中国政府は、投獄した当初、劉暁波氏を「外見的には健康そうで、脳細胞だけを破壊する処置」を何度も試みようとしたという。その方法を見抜いていた家族や人権派弁護士などの関係者が何とかそれだけは防ぐことに成功した。

しかし癌にかかっている彼の体を治療することを拒否し、また彼が海外で治療を受けたいと望んでいたことも受け付けなかった。彼の妻の劉霞さんは軟禁され、極度のストレスで重症の抑うつ症にもなっていた。そのため二人は北京や海外で高度の治療を受けることを望んでいたが、それは拒否された。

中国当局が望んでいたのは、劉暁波の精神が死には至らない状態で精神活動能力を失い、言論活動が不可能になることだった。ちょうど北朝鮮に収容されていたアメリカ人学生オットー・ワームビアさんが解放はされたが、脳細胞が活動不能となっていて亡くなった状態と似ている。北朝鮮と中国のやりそうなことだ。劉暁波氏の場合、それは失敗に終わった。

◆肝臓が破裂して大出血

しかしじわじわと肝臓がんが悪化するのを待ち、同様に言論活動をして中国の民主化に影響を与えることができないまでに徐々に弱らせようとしたのだが、劉暁波氏の病状は悪化し、肝臓が破裂して大出血を起こしたのだという。そのときには末期癌になっていて全身に転移し獄死が懸念された。そうなると言論の自由を求める中国内外の民が民主を求めて一斉に立ち上がる可能性がある。習近平の香港訪問に影響するとまずいと判断した当局は、劉暁波氏を瀋陽にある中国医科大学付属病院に獄外入院させた。

◆ネットに流した治療に集中しているプロパガンダ映像

そのことがネットを通して知られるようになると、奇妙なユーチューブが流れ始めた。

劉暁波氏が牢獄で非常に良心的で手厚い扱いを受け、そのことに非常に満足しているということを撮影した映像だ。これが何を意味するのか、人権派弁護士など関係者に分析をお願いした。その結果、以下のようなことが分かった。

劉暁波の顔の表情から見て、これは2008年12月に 「零八憲章」の起草者として拘束され、2009年6月に 「国家政権転覆扇動罪」などの容疑で北京市公安局に正式に逮捕された直後くらいの時期のものだと教えてくれた。

これは中共がよくやる手口で、2020年6月に刑期を終えて出獄したときに、継続して言論活動ができないように命を終える準備をさせ、しかし「当局は十分に手厚い治療を行なった証拠を残すための、中共の常套手段だ」と、強い言葉で中国共産党の周到な残虐性を非難した。

◆海外の医者による治療を拒否した中国

獄外治療を許された劉暁波たちは、夫妻ともに海外で治療を受けられるように当局に申請した。海外への渡航は中国政府が拒否したが、劉暁波側には「それだけの体力がないから駄目だ」と病院側が告げたので、関係者が「このように座ることもできるので海外渡航は可能だ」ということを示す意味で、病院で椅子に座って食事を与えてもらっている写真を隠し撮りして投稿したのだという。一瞬だけ、そういう姿勢を取ってもらったそうだ。

筆者のところには「ドイツやEUあるいはアメリカは自国で治療を引き受けるとオファーを出してくれているのに、最も近い日本からは、そのようなオファーが来てない」という嘆きが届いていた。まだ中国政府が、正式に海外治療を拒否するという声明を出す前のことである。日本政府は「人権」というものに対して、それを守らなければならないという正義感が弱いと残念がっていた。

次の段階として、瀋陽の病院側は「海外の医者が瀋陽の病院に来てくれて治療に当たってくれるのなら、それは拒まない」と言っているという情報が入った。

そこで筆者は緊急に、日本社会に「どなたか治療に行ってくれる専門医はいないか」とい呼び掛ける発信をしようと準備していた。その発信をする前に、また人権派弁護士等、関係者からメールが来た。中国政府が、それも拒否したという情報だった。

理由としては海外の医者は中国における医療行為を行なう資格を持っていないというものだったが、それは全く矛盾しており、それまでは地震など他の災害時における海外の医者を受け入れてきたではないかと、関係者は怒っている。

◆中国当局が流させた病院における家族への説明動画

そこで中国当局は、劉暁波氏の家族に、海外の医療団を受け入れなければならないほど、治療に困っておらず、劉暁波氏自身は非常に満足しているということを表明する映像をネットに流した。それが「これ」だ。

家族がこの撮影中に「病院に感謝する」という言葉を言わない限り、劉暁波の治療をストップするぞという強迫をしたのだと、人権派弁護士は教えてくれた。もし専門医が来て劉暁波本人と会話をした場合は、「当局がどのようなことをしてきたかという真相」が分かってしまうことを当局が怖れた結果、「これこの通り、十分な治療を行ない、家族も感謝している」ということを海外に知らせるためのプロパガンダ映像に過ぎないとのこと。

◆人権シンポジウムで中国こそがリーダーと

2017年中国・欧州人権シンポジウムが7月2日、オランダのアムステルダムで開催された。これに関して、中国国営テレビのCCTVが誇らしげに「中国こそは人権問題において世界のリーダーシップ的役割を果たしている」と報道した。唖然としたが、以下、中国政府のプロパガンダの役割を果たす中国国際放送局の日本語版ウェブサイトをご覧いただければ、一目瞭然。そこには中国国務院新聞弁公室の崔玉英副主任が開幕式で以下のように挨拶していることが書いてある。

「中国は人類運命共同体理念を構築する提唱者だけではなく、この理念の推進者と実践者でもある。中国共産党及び中国政府は人権を非常に重視し、保護している。自国の国情にふさわしい発展の道を歩むことを堅持し、国民の権利を常に第一に位置付けている。また、国際人権事業の発展を積極的に推進し、国連の持続可能な開発目標を実現するために大きな貢献をしてきた」

この欺瞞、この虚偽、この虚構――!

これが中国だ。筆者は日夜、このことと闘っている。

7月7日と8日にはドイツでG20首脳会議が始まる。どの国の首脳が習近平国家主席に「劉暁波に関する人権問題」に関して苦言を呈する勇気があるか。それは一種の踏み絵でもある。注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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