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年収600万円未満の夫は専業主婦の妻に「好きの搾取」をしている?

白河桃子相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

白河桃子X是枝俊悟対談「年収600万円未満の夫は専業主婦の妻に『好きの搾取』をしている?」

国際会議WAW2017の「無償労働」のテーブルに登壇するエコノミストの是枝俊吾さんと対談しました。2006年の大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で話題になった「主婦の給料月19.4万円」は妥当?や「新しい夫婦の恊働」を徹底討論します。

【1】専業主婦の労働は月給19.4万円の価値があるけれど……

● 白河 私は、「女性が食いっ逸れないこと」をテーマにしているので、ずっと「とにかく働こう」と言ってきました。しかし是枝さんと議論しながら、目からウロコが落ちたことがある。それは、無償労働の経済価値を女性自身が知らないことです。まずは「これだけの価値があるんだ」と「見える化」してほしい。そして自信をもってほしいんですね。なぜか日本の女性は自己効力感が低い人が多い。私なんかというセリフをよく聞きますが、私なんか・・・ではなく、すっごく価値があるのですよ。今回は「逃げ恥」で描かれた「契約結婚」を題材に、昭和結婚でまるっとひとくくりになっていた、愛、お金、家事、子育て、などの、結婚の要素を徹底的に因数分解し、新しい夫婦やパートナーとの関係を再構築してみたいと思います。エコノミストでイクメンの是枝さんが、これまで私がモヤモヤしていた、家事や育児、お金について、欲しい数字をドンドン出してくれました!

●是枝 数字もそうなのですが、ドラマでは平匡の生活ぶりが激変したことが描かれています。外食やコンビニ弁当ばかりだった食生活は、三食手作りの健康的な料理になり、ベッドシーツも毎日洗濯してきれいに。ホテルで暮らすような生活に一変して、これに「価値がない」わけがないですよね。月給19.4万円という数字はマンガには登場せず、ドラマにおいてはじめて持ち出されたものだったのですが、これがまたいい数字でした。

●白河 女子大生と座談会をしたら、就活がうまくいかない女子大生たちは、これだけもらえるなら専業主婦がいいと言いだしているそうですが……。ところがどっこい。これだけ家事にお給料を払えるリアルな平匡さんには、ほとんどお目にかかれないのです。

●是枝 みくりの月給19.4万円は、子どものいない専業主婦の働きとしては、フェアな金額です。計算の根拠については本で詳しく述べていますのでそちらを見ていただくとして、専業主婦にフェアな対価を支払うためには、夫の年収は約600万円が必要になるという……。

■ 図 みくりの給料はこうやって決まった!「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」より引用

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●白河 実際に妻にそれだけ払える男性がほとんどいないところが、婚活を難しくしています。600万以上稼ぐ独身男性はとても少ない。

●是枝 30代なら10人に1人の割合ですね。まったくいないわけではないところが、「もしかしたら」とか「私だったらなんとかして」と思ってしまうところなのでしょうか。

●白河 本当は、10人に1人の年収600万円の独身男性を奪い合うよりも、女性も働き続けることを前提に夫婦合計で年収600万円を目指す方が結婚への近道なのですが。

●是枝 とはいえ、現実の家事分担は妻に偏っていますよね。妻が働いて収入も得る一方で、家事育児もほとんどやることになるのでは割に合わないですよね。

●白河 男性の家事育児時間はだんだんに上がってきてはいますが……未就学児を持つ父親の1日の家事育児時間の平均は1時間程度です。しかも、これはあくまで、すごいイクメンの人も含めた平均で、日本の夫の7~8割は、妻が働いていてもいなくても、まったく家事や育児をやっていないのです(総務省「平成23年社会生活基本調査」より)。

【2】もしも妻にワンオペ育児の対価を払うとしたら夫は年収1250万必要!?

●白河 今、形の上では男女共働きが多いのですが、まったく「共育て」ができていない。今後は「ワンオペ育児」から「チーム育児」へ、「ワンオペ稼ぎ」から「チーム稼ぎ」に変わっていかないと、結婚する人なんて増えないと思うのですが、家庭内は未だ「昭和」。だからこそ、みくりの「好きの搾取」というセリフがみんなに響いたのだと思います。

●是枝 最初は「契約結婚」で家事の対価をきっちり決めていたのに、恋愛感情が生まれて、「籍を入れた結婚」に移ろうとしたら、今度は家事の対価はタダになる? そんなおかしな話はないですよね。ただ、平匡がわざわざ家事をタダにするという話をしてきたところは、裏があって、二人に子どもが産まれた場合、育児の対価もきっちり計算すると、とても平匡には払いきれないからなのです。

●白河 そう、問題は子どもが生まれてからですね。ブラック労働、最低賃金以下になる可能性も高い。みくりも「残業代ゼロ法案」と反対しています。

●是枝 実際に未就学児を育てる専業主婦の家事・育児の「労働時間」は週61.7時間で、これは、月当たりの残業時間が86.8時間にあたる「ブラック企業」並みの働きぶりです。

●白河 私が逃げ恥の話をツイートしていたら、フォロワーさんから、「ワンオペ育児の対価は?」と聞かれたので、それも是枝さんが算出してくれています。

●是枝 未就学児のいる専業主婦世帯で、もし仮に家事育児の対価をきちんと払うとすると、夫の年収は1,250万円必要になります。ただ、これは夫の年収が1,250万円以上であればワンオペでもいいということではありません。

●白河 あくまで夫がいくら稼いでいようと、子どもは二人の子どもなので、子育ては共同責任です。しかし理不尽なワンオペが多すぎるので、あえて出しています。この本は奥さんにワンオペさせている夫は、奥さんに読ませない方がいいですね……。ブラックなのがバレてしまう。

●是枝 今の日本の法律では(36協定があれば)残業代さえ払えば、企業は労働者を無限に働かせることができてしまいます。それではダメだろうということで、白河さんもメンバーになった「働き方改革実現会議」にて、法律で残業時間の上限を定めようということになりました。家事育児にも時間の上限が欲しいところですよね。

■図 妻が専業主婦なら夫はどのくらい家事・育児を分担すべき?「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」より引用

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【3】できる女性ほどワンオペ夫を選んでしまうというジレンマ

●白河 そもそも、ワンオペさせられそうな男性を夫に選ばなければいいという議論もありますが、できる女性ほど、ワンオペ夫を選んでしまいがちなのですよね。なぜ、できる女性はワンオペ夫を選びがちなのか……。

●是枝 恋人時代は、女性は仕事ができる男性に魅力を感じてしまいますからね。

●白河 日経DUALの対談でも明治大学教授の藤田結子先生が言っていますよね。「独身時代の魅力が結婚後はむかつきポイント」になると。

●是枝 年収1,000万円以上を稼ぐエリート男性であれば、仕事で最前線を走り続けるために、家事・育児にほとんどタッチしないという選択肢もありうると思います。ただ、その場合でも妻が一人で家事育児をするのは大変。夫が実際に家事・育児で手を動かすだけでなく、どのようにアウトソースするかを一緒に考えることでも家事・育児に関われるでしょう。

●白河 ただ、専業主婦自体が、じつはリスクも高いのです。二大リスクといえば、離婚と夫のリストラ、病気、年収ダウンなどがあります。エンジン2機で交代可能な形が今後は強いと思います。

昭和結婚では性別役割分業でしたが、その後、どういう分担が適切か明確にされないまま、夫がどんどん大黒柱機能を失い、妻は稼ぐ必要が多くなってきて、それでも夫大黒柱型の家事育児分担が続いている。だから今の人たちは、コスパが悪いとか、結婚にモヤモヤするのですよね。

● 是枝 冷静に考えると、夫が生活費を稼ぐ代わりに、家のことは全部妻がやってね、というのは割に合わないトレードですね。そんな中で、「逃げ恥」の終盤に提案されたのが「共同経営責任者」としての夫婦でした。「共同経営責任者」としての新しい夫婦のあり方について考えてほしい。

●白河 共同経営責任者として、時代や状況にあわせて柔軟に変化していく結婚2.0が必要ですね。

【4】昭和結婚ではまるごとオブラートに包まれていた「お金」「愛」「セックス」を紐解いた「ムズキュン」

●白河 お金だけでなく、昭和結婚では愛やセックスをどうするか?というのも、まるっと結婚という形でオブラートにくるんできました。それを紐解いて見せたのが「ムズキュン」でした。平匡さんが35歳童貞男子だったので、二人が恋愛関係になり、セックスに至るまでも大変丁寧に描かれている。つまり「性の同意」の原則ですね。今キャンパスレイプなどの防止に性行為の同意を教えるワークショップがハーバード大学などでも行われています。

●是枝 「逃げ恥」では、まず手をつなぐところから始め、ハグをして、と二人がスキンシップを深めるにあたって、「明確な同意」があったところも新鮮でしたね。キスだけは「明確な同意」なしに平匡からいきましたけれど。

●白河 「逃げ恥」ではほとんど、みくりの側から「同意の確認」がなされています。でも、20代男性は2人に1人が交際経験なし、30代童貞男子は4人に1人ですから、読者の未婚のみなさんが、こういったパターンになることは珍しくないでしょうね。

●是枝 カッコいい男性から「壁ドン」「顎クイ」など、グイグイ迫ってこられる少女マンガの描写にときめく女性もけっこういると思いますが、あれはファンタジーだからできることで、実際にやったら犯罪ですからね。

●白河 前に男子学生に聞いたら「イケメンに限る」といっていましたが、イケメンだって犯罪ですからね!

●是枝 結果的に訴えられないで済む場合があるだけであって、ダメなものはダメですね。

●白河 知人の女性たちが「いやよ、いやよはいやなんです」というキャンペーンをしています。

●是枝 ただ、これは女性側からアクションをとろうとしてこなかったことの裏返しでもあろうかと思います。相手から拒絶されるのは男性だって女性だって怖い。だからといって両方とも待っているだけじゃ何も始まらない。きちんと、相手のことを好きだと伝える。そのうえで、手をつなぐ、ハグする、キスする、セックスするなど、何かアクションを起こしたいときは、きちんと同意を取って関係を深めていくことを定着させるためには、男性も女性も努力する必要があると思います。

●白河 これから結婚を考える人にも、今後のパートナーシップのあり方をさまざまな形で示してくれた「逃げ恥」は社会学者の間でも話題になっていて、授業の題材にしている先生もいるそうです。既婚の方は自分の価値を知って、ぜひ新しい「恊働」や結婚2.0を模索してほしい。例えば共同経営者として毎週会議を開くとか、ヒントはドラマにたくさんありました。またこの分担率の試算をもとに夫とうまく交渉してほしい。

●是枝 結婚のなかに全部ひっくるめられていた要素を、きちんと「因数分解」していったのが「逃げ恥」の面白さでしたね。

●白河 二人で「共同経営責任者」になることはスケールメリットを生かすことと是枝さんは言いますが、この形は別に男女でなくても、同性同士でも同じでしょうし、また、恋愛関係がなくても可能ではないかと思います。例えば、「恋愛関係のない同性の親友」などと一緒に暮らす形もあるし、シェアハウスだって、一種のスケールメリットですよね。「逃げ恥」は結婚の解体新書でしたね。解体があるからこそ「新しい形のパートナーシップ」が生まれるきっかけになるのだと思います。

相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト

東京生まれ、慶応義塾大学。中央大学ビジネススクール MBA、少子化、働き方改革、ジェンダー、アンコンシャスバイアス、女性活躍、ダイバーシティ、働き方改革などがテーマ。山田昌弘中央大学教授とともに19万部超のヒットとなった著書「婚活時代」で婚活ブームを起こす。内閣府「男女共同参画重点方針調査会」内閣官房「第二次地方創生戦略策定」総務省「テレワーク普及展開方策検討会」内閣官房「働き方改革実現会議」など委員を歴任。著書に「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」「御社の働き方改革、ここが間違ってます!」「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」「女子と就活」「産むと働くの教科書」など多数。

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